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宇宙から反物質が消えた謎にせまるT2K実験 新たな検出器をインストール

T2K実験は、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCを舞台に、ニュートリノ振動(※1)を詳しく調べて宇宙から反物質が消えた謎の解明を進める国際共同実験です。実験精度向上に向けて、2023年の7月から前置検出器ND280の一部の検出器を入れ替えて、新しい検出器のインストールが始まりました。

 

SuperFGD(Super Fine-Grained Detector)は約2トンの標的質量を持つ超精密・微細な飛跡検出器で、さまざまなニュートリノの反応をより詳しく調べることができます。また、High-Angle TPC (High-Angle Time Projection Chamber )によって、これまで測定が難しかったビームに対して大きな角度を持った粒子も詳しく測定できるようになります。そして、新たにTOF(Time-of-Flight)検出器を導入し、粒子の飛来方向同定や粒子識別の精度向上が期待できます。

検出器の組み立てやインストール作業を主導した、KEK素核研ニュートリノグループの松原綱之(まつばら つなゆき)さん、谷川 輝(たにがわ ひかる)さんの二人に話を聞きました。


超精密・微細な検出器 SuperFGD

これまでのFGDは約1x1x184立方センチメートルの棒状プラスチックシンチレータを縦横に並べた構造でしたが、今回導入したSuperFGDは1立方センチメートルのキューブ約200万個を、縦横それぞれ約190センチメートル、高さ約56センチメートルに並べたもので、キューブ内の穴の中を光ファイバーが貫いています。これにより、3次元的に、どのキューブを粒子が通過したかを測定することが可能になります。2017年頃にこの検出器の開発が本格的に始まり、各国の大学・研究所で分担して各パーツの製造を行い、2022年10月からJ-PARCニュートリノ実験準備棟にて組み立てが始まりました。

 

― 世界でも類を見ない検出器の組立作業だったとか

(松原さん)まずは、キューブを設置するボックスを組み立て、一層分ずつキューブを積み上げていくところからスタートしました。一層約35,000個のキューブは縦横に釣り糸を通してあるだけで一つ一つはバラバラです。キューブを崩さないように、運搬には気を使いました。層状に積み上げたキューブはそれぞれ穴の位置が縦横で揃っていないといけない、また、その穴もボックスの穴の位置に対して揃っていなければいけないわけです。そもそもこういうコンセプトの検出器自体これまで誰もやったことがないことなので、コンセプト通りに組み立てが出来るのか見通しがつかず最初は不安でしたが、現場で試行錯誤しながら完成させることができました。

― 層状に組み上げた後に、それぞれのキューブから釣り糸を抜いてファイバーに入れ替える作業を1日2交替制で行ったと聞きました。どれくらい時間がかかったのでしょうか?

(谷川さん)1カ月くらいですね。一度の作業に10人ずつのシフトを組んで作業しました。なので、1日20人の研究者がひたすらファイバーを通す作業を何時間も行いました。ファイバーの挿入作業と並行して、キューブの中のファイバーの状態を確認するクオリティチェックと呼ばれる検査を同時に行う予定でした。ところが、想定よりも早いペースでファイバーの挿入作業が進んでしまい、一つ一つのファイバーの検査が追い付かない事態になり、途中で挿入作業を止めるなど調整が必要でした。

― 三次元構造にしたことで何が期待できますか?

(谷川さん)ニュートリノと原子核の反応によって荷電粒子が出てきます。中でも飛跡の短い陽子などの粒子は従来の検出器ではうまく捉えて再構成することができませんでした。ニュートリノ振動を詳しく調べるには、ニュートリノと原子核の反応をよく理解する必要があります。新型検出器では、1センチメートル角で細かくそれらの粒子を再構成できるので、よりしっかりとニュートリノと原子核の反応を測定することが可能になります。

(松原さん)今後はこの新型検出器で飛跡の短い、低エネルギーの陽子の放出を伴う反応などを詳しく測定することで、ニュートリノと原子核との反応に由来する実験的な誤差を抑え、最終的にはニュートリノと反ニュートリノの振る舞いの違いの検証を高精度で行うことを目指しています。

新型ガス検出器 High-Angle TPC(ハイアングル ティーピーシー)

ガス検出器(TPC)は、ニュートリノと原子核との反応で出てきたミューオンと呼ばれる粒子などの飛跡を精度良く検出し、運動量もしっかり測定することができます。新型のTPCは組み立てと試運転まで欧州合同原子核研究機関(CERN)で行われ、2023年8月に日本に運ばれました。

 

―従来型との違いは?

(松原さん)従来のTPCは標的部分のFGDを挟むようビーム軸方向に並べて設置されており、前方方向に出てくる粒子の検出には優れていましたが、縦方向に出てくる粒子の反応をしっかり見ることができませんでした。新しいTPCは、SuperFGDを上下に挟んで設置します。この配置により、これまで検出が難しかった入射ビームに対して大きな角度方向に飛び出す粒子もしっかりと捉えることができます。これがHigh-Angleと呼ばれる所以です。ほかにも、放電を防ぐ改良や、粒子が途中で止まらないように、構造体の層を薄くする改良が施されています。

最後に、High-Angle TPC とSuperFGDを囲むように新たに設置された検出器がTOF検出器です。あらたにTOF検出器を導入することで、粒子の飛来方向同定や粒子識別の精度向上が期待できます。

実際のインストール作業の様子を写真で紹介します。

ハイパーカミオカンデ実験に向けて

2027年の観測開始を目指してハイパーカミオカンデ検出器の建設が進んでいます。今回新たに設置した前置検出器によってニュートリノと原子核の詳しい反応を測定することは、ハイパーカミオカンデ実験(※2)の精度向上にも繋がります。

(松原さん)ハイパーカミオカンデ実験では、たくさんニュートリノの反応を取れるようになるので今よりもデータ量が増えます。データ量が増えることで統計誤差(データ量の不足による誤差)はとても小さくなるのですが、その分実験にまつわる系統誤差による影響が相対的に大きくなります。それが実験の感度に制限をかけてしまう可能性があるため、この新しい検出器で系統誤差を抑えることは将来的にも重要です。

 

2023年12月からビーム運転が開始され、新型検出器でのニュートリノビームの観測を開始し、新たに取得した実験データからニュートリノ事象候補の観測を捉えることに成功しました。詳しい内容はプレスリリースに掲載しています。
https://www.kek.jp/ja/press/202401161400/

2024年春に残りのHigh-Angle TPCとTOF検出器をインストールし、一連のアップグレード作業が完了する予定です。


 

※1ニュートリノ振動
ニュートリノは電気的に中性で、最も軽いクォークや電子の100万分の1以下の質量しか持たない素粒子です。ニュートリノは他の物質とほとんど反応しないため、私たちの身近にあっても感じることができませんが、今も太陽から放射されるニュートリノが、毎秒数百兆個も私たちの体をすり抜けています。ニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類(世代)あることが知られています。この3世代あるニュートリノが飛んでいるうちに互いに入れ替わることが分かっています。例えば、加速器でミューニュートリノを作っても、距離と共に、ある割合でタウニュートリノに変化し、さらに進むとまた元のミューニュートリノに戻ります。これを繰り返すので「ニュートリノ振動」と呼んでいます。この現象の発見によってニュートリノが質量を持つことが示され、2015年に梶田隆章氏がノーベル物理学賞を受賞しました。

※2ハイパーカミオカンデ実験
ハイパーカミオカンデ計画とは、次世代のニュートリノ研究、および陽子崩壊の観測を目指す実験計画です。現在、J-PARCでのニュートリノビームの出力増強を進めるとともに、スーパーカミオカンデ検出器の約8倍の有効体積を持つ水チェレンコフ検出器を建設中です。2023年10月現在、22カ国から約600名の研究者が参加する国際共同研究プロジェクトで、2027年実験開始を目指しています。
https://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/hk/


T2K実験(長基線ニュートリノ振動実験)とは

J-PARCニュートリノ実験施設で発生させた世界最強強度のニュートリノビームを295キロメートル離れた岐阜県飛騨市神岡町にある「スーパーカミオカンデ」に向けて発射し、スーパーカミオカンデ検出器で観測します。J-PARC内の前置ニュートリノ検出器では振動する前のニュートリノを観測します。両方の観測結果を用いて、ニュートリノがどのような振る舞いをするのかを研究しています。J-PARCがある茨城県東海村と神岡町(Tokai to Kamioka)の頭文字を取って「T2K実験」と名付けられました。T2K実験はニュートリノの研究において世界をリードする感度を持ち、現在は世界14の国・国際機関にある78の研究機関から、約570名の研究者が参加しています。

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