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【素核研セミナー報告】Belle II実験、タウ粒子のレプトンフレーバーの破れの探索およびレプトンフレーバーユニバーサリティーの検証

Belle II実験は2022年夏からの運転停止期間(LS1:Long Shutdown1)での加速器・測定器の改良が終了し、今年1月29日に加速器の運転を再開しました。

並行して、LS1までに収集された実験データを用いた多くの解析が行われています。1月16日にKEKつくばキャンパスにて「タウ粒子のレプトンフレーバーの破れの探索およびレプトンフレーバーユニバーサリティーの検証」の新結果に関するセミナーが開催されました。この結果は、昨年12月に米国で開かれた国際会議TAU2023で発表されたもので、セミナーでは、素核研Belleグループの宇野健太氏が説明しました。

タウ粒子のレプトンフレーバーの破れの探索

素粒子物理学の標準理論では、レプトンの種類を決めるフレーバーと呼ばれる性質は、どのような相互作用においても変わることがない (レプトンフレーバー保存の法則)と考えられていました。フレーバーは3種類あり、電子、ミューオン、タウに対応します。例えば、ミューオンはミューニュートリノに変わることができますが、ミューオンが電子に変わることはできません。ところが、1998年のニュートリノ振動の発見によって、同じレプトンでも、電荷を持たないニュートリノについては、フレーバーが入れ替わることが分かっています。もし、電子、ミューオン、タウといった荷電レプトンでもレプトンフレーバー保存の法則が破れていれば、標準理論を超える新しい物理法則に起因すると考えられるため、その探索を世界各地の実験で行っています。

Belle II実験では、SuperKEKB加速器で大量のB中間子を生成すると同時に、タウ粒子もたくさん生成します。Belle IIで収集したデータを使ってタウ粒子の崩壊パターンを詳しく調べ、タウのレプトンフレーバー保存を破る崩壊事象の探索を行っています。今回は、その中でもタウから3つのミューオンに崩壊する事象の探索結果を報告しました。

タウから3つのミューオンに崩壊する事象は、ゴールデンチャンネルと呼ばれています。理論的にも理解しやすく、事象ごとには完全に分離することができない、よく似た他の素粒子反応の事象 (バックグラウンド事象と呼ばれる)が少ないため、実験的にも観測しやすいと考えられています。バックグランド事象が多いと、見たい事象を効率よく探索することが難しいため、データ解析においてはバックグラウンド事象を除くことがとても重要です。

先行実験と今回のBelle IIによるタウから3つのミューオンへの崩壊の探索結果(※1)。タウから3つのミューオンに崩壊する上限値を表す。先行実験よりも厳しい上限値となっている。

先行実験と今回のBelle IIによるタウから3つのミューオンへの崩壊の探索結果(※1)。タウから3つのミューオンに崩壊する上限値を表す。先行実験よりも厳しい上限値となっている。

これまで収集したデータからは、タウから3つのミューオンに崩壊する事象を観測することはできませんでしたが、対象とする反応が起きる確率がそれ以上ではない上限値を、押し下げることが出来ました。この上限値を下げることは、新しい理論のさまざまな仮定をより厳しく排除することにつながる非常に重要な成果です。

レプトンフレーバーユニバーサリティーの検証

レプトンフレーバーのユニバ―サリティ(普遍性)とは、荷電レプトン(電子、ミューオン、タウ)がそれぞれ異なる質量を持つこと以外、性質が同じであるという考え方です。もし、レプトンのふるまいに違いがあれば、素粒子物理学の標準理論を超えた新しい物理の存在を示唆します。これまで、B中間子の崩壊事象においてレプトンの普遍性の破れを示唆する観測結果が報告されています。Belle II実験では、タウ粒子の崩壊事象において、ミューオンと電子の場合で違いがあるかどうか検証を行いました。これまでもタウ粒子崩壊でのレプトン普遍性は見つかっていなかったのですが、今回さらに精度を上げた測定においても、標準理論とのずれは見つかりませんでした。

精度よい検証をするためには系統誤差を減らすことが重要です。実験の誤差には2種類の誤差があります。事象数から必然的に生じる統計誤差と、測定器機器や測定方法により発生する系統誤差です。統計誤差は観測する事象数が増えればその誤差は小さくなっていきますが、測定機器や測定方法に起因する系統誤差を小さくするためには、原因を見つけ出し、その影響を最小限にすることが求められます。

― 今回の探索、検証結果を踏まえて、宇野氏はデータ解析で注力した点と今後の展望について述べました。

「タウから3つのミューオンに崩壊する事象は、発見されれば直ちに新原理・新粒子が関与している兆候です。逆に言うと極めて稀にしか発生しないと考えられますから、この崩壊を高い効率で捉えることが重要になります。今回、機械学習をデータ解析に取り入れるなど工夫を凝らしたことで、効率的な探索が可能になりました。Belle II実験で収集したデータ量は、まだBelle実験の半分程度です。これにも関わらず、先行研究を上回る高感度の探索を実行できたことが大きなポイントです。一方、レプトン普遍性の検証を高い精度で行うためには、系統誤差の削減が重要になります。この系統誤差を減らすために測定器全体の理解を深め、誤差の生じる原因を洗い出し、確かめていくことに注力しました。多くの人と議論しながら一つ一つ細かいところを潰していき、系統誤差を先行研究と同程度まで減らすことに成功しました。苦労したこともあって、この結果を公表できた時は非常に嬉しかったです。」

 

Belle II実験は1月に再開しており、今後収集データ量も増えていきます。膨大なデータを用いることで、測定精度の向上が期待でき、多彩な新物理現象発見の可能性につながると考えています。

 


 

※1 先行実験と今回のBelle IIによるタウから3つのミューオンへの崩壊の探索結果の参照文献:

  • Belle: K. Hayasaka et al., Search for Lepton Flavor Violating Tau Decays into Three Leptons with 719 Million Produced τ+τ− Pairs, Phys. Lett. B 687 (2010) 139, arXiv:1001.3221.
  • BaBar: BaBar collaboration, J. P. Lees et al., Limits on tau Lepton-Flavor Violating Decays in three charged leptons, Phys. Rev. D 81 (2010) 111101, arXiv:1002.4550.
  • CMS: CMS collaboration, A. M. Sirunyan et al., Search for the lepton flavor violating decay τ → 3μ in proton-proton collisions at √s = 13 TeV, JHEP 01 (2021) 163, arXiv:2007.05658.
  • LHCb: LHCb collaboration, R. Aaij et al., Search for the lepton flavour violating decay τ → μ μ+ μ, JHEP 02 (2015) 121, arXiv:1409.8548.

※2 レプトン普遍性の破れの検証結果の参照文献:

  • CLEO: CLEO Collaboration, A. Anastassov et al., Experimental test of lepton universality in tau decay, Phys. Rev. D 55 (1997) 2559, [Erratum: Phys.Rev.D 58, 119904 (1998)].
  • BaBar: BaBar Collaboration, B. Aubert et al., Measurements of Charged Current Lepton Universality and |Vus| using Tau Lepton Decays to e−ν ̄eντ , μ−ν ̄μντ , π−ντ , and K − ντ , Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 051602.

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