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米フェルミ研からの実験最終結果報告~ミューオンg-2を世界最高精度で測定
2025年6月4日
2025年6月3日(米国中部時間)午前10時、日本時間6月4日未明、米国シカゴ近郊にあるフェルミ国立加速器研究所(FNAL)から、ミューオンg-2(異常磁気能率)の最終実験結果が発表されました。
異常磁気能率とは、素粒子が持つ磁石の強さのうち、量子効果に起因するものです。標準理論に基づき、精密に理論計算することができますが、未知の粒子や力が存在すれば、その効果が理論計算からのずれとして測定されると考えられています。ミューオンのg-2の場合、20年前からその測定値と理論値に大きなずれが見られており、ミューオンg-2を精密に測定することにより、標準理論を超える「新物理」の兆候を探ることができると世界中の素粒子物理学分野の研究者が注目しています。
FNALで行われたミューオンg-2実験の最終結果について
FNALでは、2018年からミューオンg-2実験を開始し、2021年と2023年に測定結果を発表しました。実験は2023年にデータ収集を終えており、今回の結果は、全実験データを用いた最終結果になります。今回発表された結果は、ミューオンg-2を127ppb (parts-per-billion, 10-9) の精度で測定したもの、つまり7-8桁目に誤差があるレベルであり、世界最高精度でミューオンg-2の値を決定しました。
後述するように、現時点で理論予測が一貫していないため、ミューオンg-2測定結果を新しい物理に起因するものと結論づけることはできません。今後のさらなる研究の進展が望まれます。
FNALプレスリリース:
Muon g-2 announces most precise measurement of the magnetic anomaly of the muon
(ミューオンg-2実験、ミューオンの異常磁気能率を世界最高精度で測定)
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Muon g-2共同実験グループによる最終結果(上図のFERMILAB AVERAGE)は過去3年間のデータに基づき、従来と矛盾ない結果に。世界的な実験平均値をさらに確かなものにしました © Muon g-2 collaboration
素粒子標準理論の予想値について
ミューオン g-2 の最新の理論予想値としては、素粒子標準理論の予想値をとりまとめた「ホワイトペーパー」の最新版が5月28日に公開されています。(https://arxiv.org/abs/2505.21476)
2020年に出版されたホワイトペーパーでは、実験値から有意に小さい値を理論的に予想しており、注目されました。今回のホワイトペーパーでは、電子・陽電子衝突実験のデータに基づく計算値と、実験値との矛盾がない格子QCDの計算値の状況が示され、2つの理論値を矛盾なく説明することが困難であることが説明されています。今回は、格子QCDの計算精度が向上し独立な格子QCDグループの間で矛盾のない結果が得られたことから、こちらが代表値とされました。実験値と比較するためにはこの理論値の差異を理解する必要があり、今後の大きな課題として残っています。その中で、高エネルギー加速器研究機構(KEK)つくばキャンパスにあるSuperKEKB加速器を使ったBelle II実験は、電子・陽電子衝突実験のデータに基づく計算に新しいインプットを与えるため、期待されています。理論研究コミュニティー(muon g-2 theory initiative)は、課題を克服して、最終的には理論値の精度を2倍に向上することを目指しています。
J-PARCで進めるミューオンg-2/EDM実験の準備状況
KEK素粒子原子核研究所では、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCを舞台に、ミューオンg-2/EDM※実験の準備を進めています。
この実験では、世界初の技術でミューオンを冷却(減速して向きを揃える)したあと、改めて加速し、レーザーのように非常に絞られたビーム(低エミッタンスビーム)を生成します。これにより、FNALで使われた実験装置の20分の1のサイズのコンパクトな実験装置を用いて、超精密測定を行うことが出来ます。FNALとは異なる方法で行うため、FNALの結果を独立に検証できる点で重要な意味をもっています。
実験グループは2024年に、ミューオンの冷却・加速の実証に成功しました。また、実験施設の建設が進み、今年4月には初めてビームを実験エリアに取り出すことに成功しました。今後は、新しい実験エリアに加速装置と実験装置を段階的に整備していく計画です。
FNALからの最終実験結果を受けて、FNALg-2実験を代表して6月下旬にKEKでセミナー講演を予定している上海交通大学のLiang Li教授とJ-PARCミューオンg-2/EDM実験の代表を務める素核研の三部 勉(みべ つとむ)教授からコメントをもらいました。
【Liang Li教授コメント】
“This result is truly a landmark measurement—one that will remain in textbooks for decades to come. It represents the most precise measurement of the muon anomalous magnetic moment and stands among the finest achievements in the history of science. With a final precision of 0.12 ppm, the Fermilab Muon g-2 experiment brings the storage-ring technique to its peak performance; surpassing this accuracy with the same method and apparatus will be extraordinarily difficult.
Yet the story of muon g-2 is far from over. Alternative approaches—whether at J-PARC, MUonE, or future muon facilities—promise new ways to probe this fundamental quantity. Intriguing discrepancies surrounding the muon g-2 persist. Today’s milestone will inspire the next generation of measurements. The quest to fully understand the muon’s magnetic anomaly continues.”
(日本語訳)
「この結果は、まさに画期的な測定であり、今後何十年にもわたって教科書に残ることでしょう。これはミューオン異常磁気モーメントの最も精密な測定結果であり、科学の歴史における最も優れた業績のひとつとして位置づけられます。最終的な精度が0.12 ppm(訳注=127ppb)に達したことで、FNALのMuon g-2実験は、ストレージリング手法の性能を極限にまで高めました。同じ手法と装置でこれを超える精度を達成するのは極めて困難でしょう。
しかし、ミューオンg-2の物語はこれで終わりではありません。J-PARC、MUonE(欧州合同原子核研究機関(CERN)でのハドロン真空偏極測定)、あるいは将来のミューオン施設など、代替的なアプローチが、この基本的な量を探る新たな道を提示しています。ミューオンg-2をめぐる興味深い不一致は依然として残っています。今日のこの画期的な成果は、次世代の測定への刺激となるでしょう。ミューオンの異常磁気を完全に理解するための探求は、これからも続いていきます。」
【三部教授コメント】
当初提案していた精度を超える素晴らしい測定結果です。今後、J-PARCでもミューオン加速とコンパクトな磁石を用いる新しい方法でしっかりと検証していきたいと思います。さらに加速ミューオンを利用した多様な研究を計画しており、今後にご期待いただきたいです。
※EDM
素粒子には、磁石の強さのほかに、電気双極子モーメント(EDM)と呼ばれる電気的性質があります。粒子の中で電荷の偏りがある(あるいは粒子が球対称ではない)場合はゼロではないことになりますが、標準理論では極めて小さいと予想されています。EDMが見つかれば時間反転の対称性を破る物理法則が成り立つ証拠となります。ミューオンg-2/EDM実験では、EDMの測定に適した測定器を設置し、より感度よくEDMを探すことが出来ます。
(引用元:https://www2.kek.jp/ipns/ja/news/4860/ )