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SuperKEKB/Belle II運転再開、Belle II実験に期待される物理について

SuperKEKB加速器とBelle II 実験の運転が再開され、2025年11月19日より崩壊事象データを収集しています 。理論センターの遠藤 基(えんどう もとい)教授 とBelle グループの石川 明正(いしかわ あきまさ)准教授にBelle II 実験で期待する物理成果についてお話を聞きました。

 

ーー素粒子標準理論の先にある未知の物理を探ることが、現代の素粒子物理学の重要なテーマの一つとなっています。この課題に挑むため、さまざまな素粒子実験が行われていますが、その中でBelle II 実験の強みは何ですか?

石川:Belle II 実験の大きな強みは、B 中間子を大量にクリーンに生成できることです。B 中間子の生成自体は、KEKだけでなく CERN の LHC 加速器でも行われています。ただし、LHC は陽子同士を衝突させるため、さまざまな粒子が同時に生成され、その中から目的の B 中間子を見つけ出さなければなりません。したがって、探索できるのは特徴的な崩壊に限られてしまうのです。一方、Belle II では電子・陽電子を衝突させる SuperKEKB 加速器を用いています。電子と陽電子は衝突すると対消滅し、その結果として 2つのB 中間子のみが生成されるため、背景となる余計な粒子がありません。だからこそ、特徴が少ない崩壊も含めて幅広く探索することが可能になるのです。中でも強みとしているのは、B 中間子が見えない粒子に崩壊した場合でも探索できることです。2つのB 中間子の片側を完全に再構成することでエネルギーや運動量の保存則からもう片側に「何が起きたか」を推定できるんです。

 

ーー遠藤さんは、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)との共同研究で、素粒子の崩壊にひそむ関係性を数式で解明したとして、2025年5月に名古屋大学と共同プレスリリースを出しましたね。

参考:レプトンのふるまいはどれも同じか? – KEK|高エネルギー加速器研究機構

遠藤:bクォークが崩壊したときに、我々の知らない粒子や相互作用が介在している可能性があります。その点を明らかにしたいと考えています。bクォークは単体では取り出せず、B 中間子やB バリオンといった複合粒子の内部に存在します。単純に考えると、B 中間子の崩壊で見つかったものは、他のハドロンでも同様に見えるはずじゃないですか。しかし、その“はず”を理論的にどのような関係式で結び付ければよいのか分かっていなかった。これで見えたらこっちでも見えるはずという直感はあるものの、それをどうやって定式化すべきか分かっていなかった。5月にプレスリリースした成果はその関係式を理論的に導いたということです。

 

ーーそれを実験研究者は検証に使う、ということですね。

遠藤:「レプトンフレーバーの普遍性」が本当に破れているのかどうかを検証することができます。もう一つの使い方は、もしさまざまな現象が観測され、未知の粒子の性質や質量、相互作用を決定したいとなった場合に、関係式に沿った量ばかり見ても、結局は同じ情報しか出てこないですよね。そこで、どの観測量をどう選べば新しい情報を引き出せるか、この関係式を使って区別することができるんです。

石川:「レプトンフレーバーの普遍性」に破れがあるかもしれないとして、世界的にも注目されています。それを検証していく際には、遠藤さんが述べたような関係式を使って、複数の手法を組み合わせて検証を進めていきます。そして、もし本当にアノマリー(標準理論では説明のできない実験結果のこと)が存在するのであれば、複数の測定結果を統合することで、新たな粒子の質量や相互作用などを決めるのが一つの目標ですね。

レプトンフレーバーの普遍性

ーーいま一度「レプトンフレーバーの普遍性」について教えてください。

遠藤:標準理論では、クォークが電子やミューオンなどのレプトンと結びついて崩壊していくのですが、その結びつき方は、レプトンの質量による差はあるものの、レプトンの種類によらず同じであるはずです。これを「レプトンフレーバーの普遍性」と呼んでいます。ところが、この不変性に“破れ”があるかもしれないという指摘が、かなり以前に米国のBaBar 実験で最初に出てきました。その後、Belle 実験、LHCb 実験、そして Belle II 実験でも、単体ではそこまで強いことは言っていないものの、全体としては「どうも標準理論からずれている傾向がある」というのがあって、これは新しい物理を示唆する可能性があり、注目されています。この普遍性の検証はやらなければいけないことですね。これがBelle II 実験の強みでもあるんです。この普遍性の詳細な検証はBelle II でしかできない。

石川:終状態にニュートリノが複数出てくる崩壊では、LHC のように多くの背景事象が混ざる環境だと、背景事象の素性を正確に見積もるのがとても難しいです。なので、精密測定をするのはものすごく大変だと思います。Belle II では、複数のニュートリノが出る場合でも、残った粒子を使って必要な制限を加えることで、今言ったような崩壊過程を見ることが出来ます。これはBelle II の重要な強みの一つだと思っています。

遠藤:目標は世界最高精度(での普遍性検証)ですよね?

石川:そうですね、もうそろそろ達成すると思います。

ダークセクターの探索

ーーダークセクター(ダークマターを含む未知の素粒子の総称)の探索も進めているそうですね。

石川:先ほど述べたレプトンフレーバーの普遍性とは別の物理ですが、ダークセクターの探索はBelle II 実験の重要な物理目標の一つです。ダークマターそのものは直接見えませんが、エネルギーや運動量の保存則を使うことで存在を推定できます。Belle II 実験のようなクリーンな環境は非常に有効です。

遠藤:ダークマターと言ってしまうと語弊があるかもしれません。Belle II 実験で見つけることができるのはダークマターとは限らず、そのため、あえて幅を持たせて「ダークセクター」と表現しています。もしかすると、ダークマターそのものではなく、それを生成する際に媒介する粒子かもしれない、という可能性も含んでいます。

ーー「暗黒光子」や「暗黒ヒッグス」といった新しい粒子の可能性についてはどうですか?

石川:「暗黒光子」については解析を進めています。「暗黒ヒッグス」は「暗黒光子」に崩壊する可能性が指摘されていて、Belle 実験ではすでに強い制限を与えています。Belle II 実験でルミノシティがさらに上がれば、こうした崩壊過程をより詳細に調べることで「暗黒ヒッグス」の探索、発見につながる可能性があります。

ーーすでに光子、ヒッグスは見つかっているのに、なぜ「暗黒」が付くのでしょうか?別の粒子が存在すると思われているということですか?

遠藤:そうですね。「暗黒」と名の付くものに共通しているのは、標準理論に従う通常の粒子とは非常に弱くしか相互作用しないということです。そのため直接観測が難しく、未知のセクターとしてまとめて扱われています。

ミューオン g-2と標準理論のズレ

ーーミューオン g-2(異常磁気能率) と標準理論のズレの問題についてはどうでしょう?

遠藤:これは長年続いている問題です。ブルックヘブン国立研究所やフェルミ国立加速器研究所の実験では、ミューオンのg-2が標準理論による予測値からズレている可能性が示唆されてきました。ところが、標準理論の予言を構成する要素のうち、最も計算が難しいとされる部分は、g-2とは独立な実験データを入力として用いることで評価されているのですが、そもそもその実験データの正確性に疑義があるのではないかと、Lattice(格子QCD)グループが主張し始めています。現時点では、その実験データが本当に正しいかどうかがまだ決着しておらず、理論計算に用いる実験インプットの精度が極めて重要だという状況です。

石川:実験の方でも、これまでは複数のグループが概ね整合した結果を出していたのですが、ロシアの実験グループの最新の結果がまったく異なる値を示しており、全体として状況が混沌としています。

遠藤:さらに最近、Latticeによる計算で、g-2 そのものではなく微細構造定数に関わる補正を評価したところ、実験データを用いた従来の計算結果とずれていることが分かりました。彼らが「どの実験データをどの程度ずらせば Lattice の計算と整合するか」を検証したところ、ロシアの実験グループが主張しているズレの方向とは異なる結果になりました。このような状況のため、Belle II でも関連データを詳細に調べていくことになると思いますが、問題の鍵となるエネルギー領域が、従来想定されてきたよりも少し低いところに存在する可能性があります。

参考:g-2理論研究の最前線 ― 第7回ミューオンg-2理論計算イニシアチブ研究会を開催

石川:これは極めて高い精度が求められる測定なので、個々の系統誤差を一つずつ潰していく作業が非常に大変です。系統誤差を抑えるためにはいくつもの手法を試しながら進めることが重要なので、Belle II コラボレーションの中で複数のグループが作業に取り組んでいるところです。

 

ーーBelle II 実験では多くの物理検証が可能だと思いますが、測定対象はどのように選んでいるのですか?

石川:B 中間子の崩壊は大きく分けるとツリー崩壊とループ崩壊の二つがあります。ループ崩壊は、直接は見えない粒子の影響が間接的に量子効果として結果に現れる崩壊で、途中の過程に「ループ(輪)」の形をした寄与が入るためこう呼ばれます。起こる確率は小さくてもループ崩壊の方が新しい物理に対して感度が高いと言われていて、私はそちらを注目することが多いです.
一方でループの入らないツリー崩壊は理論的に見通しよく扱え、標準理論そのものを正確に決めるために重要です。我々は標準理論からのズレを見たいので、そもそも標準理論が正確に分かっていなければ、どれだけ実験結果がズレていても新しい物理だとは言えないからです。

遠藤:先ほどの話で出てきたレプトンフレーバーの普遍性の破れはツリーレベルの崩壊がズレているという話ですよね。ですから、どちらで新しい効果が見えるかは、実際に測ってみないと分からない。

石川:逆に言えば、ツリーレベルで新しい物理の効果が見えている可能性があるというのは非常に驚きでした。

今後の展望

ーー理論研究者の立場から、実験研究者に測ってほしいものはありますか?

遠藤:フレーバー物理がやっていることは、標準理論の予言と実験結果を高精度で比較し、そのズレを見ることです。そのためには、実験と理論どちらにおいても高い精度が必要です。そう考えると、両者で精度が出しやすいのは、セミレプトニック崩壊(B 中間子が軽い中間子へと崩壊する際にレプトンが作られる)だと思っています。まずは、そこをしっかりと高精度で測ることが重要です。あとは、ミューオンg-2の検証ですね。

 

石川:ハドロニック崩壊ではない過程が重要だ、という点には私も同意します。私が新物理の研究を始めたのも、B 中間子がK 中間子と二つのレプトンに崩壊する過程でした。理由の一つはループの崩壊であること、もう一つは理論的に計算しやすいことです。遠藤さんが言うように、レプトンや光子が含まれる崩壊は、理論と実験の両方で精度を出しやすく新物理の探索に重要です。以前「Belle II実験でB中間子からK中間子と二つのニュートリノへ崩壊する物理現象を捉えた」という成果がありましたが、あれも理論的に精度が出しやすい崩壊例です。私が調べている、B→Kℓℓやb→sγといった崩壊も同様で、非常に面白いと思っています。

ーー逆に、実験研究者が理論研究者に期待することは何でしょうか?

石川:標準理論の予言精度をさらに高めてほしいですね。特に重要なのがQCD(量子色力学)の理解です。B 中間子はb クォークと軽いクォークと結合状態なので、強い力の影響を必ず受けます。崩壊過程にも強い力が関わっています。この強い力を正しく理解できなければ、正確な理論予言はできません。Belle II からもQCDに役立つ測定は可能なので、そうしたデータを活用して理解を深めてほしいと思っています。

ーー「標準理論の予言精度を上げる」とは、具体的にはどういうことなのでしょうか。

遠藤:標準理論にはいくつかパラメーターがあり、それが分かれば計算できそうに見えますが、QCDなどはそう簡単ではありません。要するに、手計算で扱えるかどうか、という問題です。QCDは手計算が難しいため、何か別の手法が必要になります。以前はハドロン模型を使って計算していましたが、現在はコンピューターを使った計算が主流です。今後は、スーパーコンピューターやGPU計算、機械学習などを使って、どこまで精度を上げられるかが重要になってきます。

 

ーー実験成果は、長期的なスパン、短期的なスパンで違いがあるのでしょうか?

 石川:そうですね。長期的には、十分なデータを蓄積しないと見えない現象もありますし、データを溜めることで誤差を小さくしていく測定もあります。例えば、小林益川理論に関連するB 中間子の混合現象です。これはB0 中間子と反B0 中間子が時間とともに入れ替わる現象で、粒子と反粒子が入れ替わる非常に興味深いものです。この過程は必ずループ崩壊で起こり、そこに新しい粒子が寄与する可能性があります。この現象自体は1980年代にすでに発見されていますが、非常に高精度で測定することで、新しい物理の兆候が見えるかもしれません。
一方、短期的に決着がつきやすいものとしては、アノマリーがあります。複数報告されている中の一つがレプトンフレーバーの普遍性の破れの探索です。世界平均で、標準理論から約4σのズレが見えています。これは比較的短期間で決着が着くと思っています。

遠藤:B 中間子の混合現象は、Belle II の前身であるBelle 実験でも測っています。当時は、新物理がここで見えるのではないか、と期待がありました。最近は理論側ではあまり話題になっていませんが、もし測定精度が一桁向上すれば、理論側でも再び注目される可能性があると思います。

 

対談はここまで。


Belle II 実験は、電子・陽電子衝突というクリーンな環境を生かし、B 中間子の多様な崩壊を世界最高精度で測定できる点に大きな強みがあります。本対談で語られたように、レプトンフレーバーの普遍性の検証、ダークセクターの探索、ミューオンg-2問題への貢献など、Belle II 実験が切り開こうとしている物理は多岐にわたります。これらはいずれも、標準理論がどこまで正しいのか、あるいはその先に新しい物理が存在するのかを問う、現代素粒子物理学の重要なテーマです。また、理論が導いた関係式を実験が精密に検証し、その結果が次の理論的理解につながる。その中から、新物理や、新しい粒子・相互作用の兆候が見えてくる可能性もあります。

素粒子の世界に潜む謎が、どのような形で姿を現すのか──その最前線を担う実験として、Belle II 実験の今後の成果に大きな期待が寄せられています。

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