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【素核研セミナー報告】B中間子の二つの中性パイ中間子への崩壊での時間依存CP対称性の破れを初測定

Belle II実験は、2024年からRun 2運転を開始し、順調にデータ収集を進めています。3月19日には、瞬間ルミノシティで世界最高記録となる 5.2 × 1034 cm⁻²s⁻¹ を達成し、これまでに約770 fb⁻¹ のデータを蓄積しています。これらのデータをもとに、多くの物理解析が進められており、このたび、B中間子が二つの中性パイ中間子に崩壊する過程(B→π⁰π⁰ )における時間依存CP(電荷と空間反転)対称性の破れの測定結果が発表されました。これは、SuperKEKB 加速器のナノビーム方式と、Belle IIのピクセル検出器(PXD)によって可能となった新しい手法に基づく成果です。

この成果について、3月31日にKEKつくばキャンパスにて素核研セミナーが開催されました。セミナーでは、主な解析者の一人である、イタリア国立核物理研究所(INFN)トリエステのKieran Amos氏が説明しました。

今回の成果について

今回発表された成果は、これまで測定が極めて難しいとされてきた、「B中間子が二つの中性パイ中間子に崩壊する過程(B→π⁰π⁰ )」での時間依存CP対称性の破れを初めて測定したことです。このB→π⁰π⁰ 過程での測定が困難だと考えられてきた理由は、信号となるB中間子の崩壊位置を正確に特定できない点にあります。通常、Bファクトリーで時間依存CP対称性の破れを調べるには、測定器の中で対生成されたB中間子と反B中間子の崩壊時刻の差を測定する必要があります。そのためには、それぞれのB中間子の崩壊で生成された荷電粒子の飛跡から崩壊点を調べます※1(図1上)。しかし、B→π⁰π⁰ 崩壊の場合には、中性パイ中間子(π⁰ )はほとんどの場合2つの光子に崩壊します。光子は検出器内に飛跡を残さないため、崩壊位置を求めることができません。このため、従来はB→π⁰π⁰ 崩壊での時間依存CP対称性の破れの測定は非常に困難だと考えられてきました※2。

こうした状況を打開したのが、量子もつれ(エンタングルメント)を利用した新しいアイデアです。SuperKEKB で生成されるB中間子と反B中間子は量子もつれの状態にあり、一方の情報からもう一方の性質を引き出すことができます。この性質を利用し、測定が難しいB→π⁰π⁰(信号B)の崩壊点を測定する代わりに、もう一方のB中間子(タグB)の崩壊点に加えてB中間子と反B中間子の対が生成された場所を精密に測定することで、CP対称性に関する情報を間接的に取得する手法が採用されました(図1下)。

新手法を可能にしたナノビームと高精度ピクセル検出器

しかし、この新手法には大きな課題があります。加速器の電子や陽電子のビームはバンチという塊になって回っています。たとえば、前身のKEKB加速器では、ビームが衝突してB中間子対が生成する場所は、バンチの大きさ程度に広がっており、B中間子対の生成点は大まかにしかわかりません。B中間子対の生成点の測定を可能にし、この新手法を実現させるのに役立ったのが、SuperKEKBのナノビーム方式と、Belle II のピクセル検出器(PXD)です。

SuperKEKBでは、ビームを極めて細く絞り込んだうえで、大きな角度をつけて衝突させる「ナノビーム方式」が採用されています(図2参照)。ナノビーム方式により、極めて狭い領域で衝突が起きており、B中間子対の生成点、つまりタグB中間子がどのタイミングで崩壊したのかを精度よく決定することができました。

さらに、Belle II に搭載されたピクセル検出器(PXD)も不可欠な役割を担っています。図3の中心に小さく写っているPXDは高精細なシリコンセンサーを用いた検出器で、ビームラインからわずか約14ミリメートルという非常に近い位置に配置されています。この高い位置分解能により、タグB中間子の崩壊位置を極めて高精度で再構成することが可能となり、時間測定の精度を大きく向上させています。


Kieran氏にお話を聞きました。

――このアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
この手法は、私たちのグループがトリエステで開発したものです。その後、共同研究者に紹介したところ、1999年にCLEO実験の研究者によって類似のアイデアが提案されていたことが分かりました。ただし当時は、今回のような測定を実現するための技術が十分に整っておらず、ほとんど注目されなかったようです。

 

――今回の成果に至るまで、どれくらいの期間がかかりましたか。
この希少崩壊の分岐比を測定していた数年前の時点で、すでに着想はありました。ただ、理論的なアイデアとして明確に整理してから、実際に測定結果として完成させるまでには、およそ1年かかりました。

 

――解析で最も難しかった点は何ですか。
従来とは異なる「タグB中間子の崩壊時刻」を用いた測定手法そのものを構築し、検証することでした。これまでの測定とは考え方が大きく異なるため、その妥当性を確認するのに苦労しました。さらに、この崩壊自体も非常に扱いが難しいものです。分岐比が非常に小さく、約100万回に1回しか起きないため、利用できる事象が限られています。一方で背景事象は非常に多く、信号を抽出するのが困難でした。

 

――そのような背景事象はどのように区別したのでしょうか。
背景を識別するために、さまざまな手法を用いています。その中でも重要なのが「コンティニューム抑制」と呼ばれるアルゴリズムです。これはBelle IIで大きく改良されたもので、検出器で観測される粒子の空間分布やエネルギー分布の違いを利用して、B中間子由来の事象と背景事象を区別します。

B中間子は、生成時のエネルギーのほとんどをその質量として受け取るため、ほぼ静止した状態で崩壊します。その結果、崩壊で生じる粒子は球状に広がります。一方で、背景となる軽いクォークの事象では粒子が高速で飛び出すため、ジェット状にまとまった分布を示します。このような粒子の広がり方の違いを利用して、信号と背景を効率的に分離しています。

 

――今回の測定結果は、素粒子物理の分野にどのような影響を与えると考えていますか。
今回の成果は、特にクォークの弱い相互作用を研究する分野において、大きな影響を与えると考えています。これらの研究は素粒子物理の中でも重要な領域を占めており、今回の手法によって、標準理論やその拡張をこれまでよりも効率的に検証する新たな方法が開かれました。そのため、この分野にとどまらず、素粒子物理全体に対しても大きな波及効果があると期待しています。


※1:ビームエネルギーが非対称なSuperKEKBで生成されたB中間子は光速の約3割と高速で動いており、崩壊点の差を測定すれば、崩壊時間がわかります。

※2:中性パイ中間子(π⁰)のうち約1パーセントは電子と陽電子と光子に崩壊するので、この崩壊を用いれば従来の方法でも原理的に測定は可能です。ただ、そのためには今回の解析に用いたデータの20倍以上のデータが必要です。

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