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last update:07/03/01  

   image 染色体の構造を変換する    2007.3.1
 
        〜 ヒストンシャペロンCIAの働き 〜
 
 
  遺伝子には、生命を形作る「設計図」がすべて納められています。細胞の中に核を持つ真核生物では、遺伝子は核の中の染色体という構造の中に収められています。この染色体は常に同じ形をしているわけではなく、必要に応じてその構造が変化します。この現象はあらゆる真核生物に共通して起きるので、多くの研究者の興味を集めています。

今日のニュースの主役は、染色体の構造変化に関わるヒストンシャペロンと呼ばれるタンパク質のお話です。フォトンファクトリーの放射光によって、どのような仕組みで染色体の構造が変化するのかが少しずつ判ってきました。

収納上手な染色体

遺伝子の本体であるDNAは、人間の細胞の場合、総延長2mにもなります。私たちの細胞の1個1個に、自分の身長より長い「設計図」が入っているなんて不思議だと思いませんか? この長い設計図のDNAは、どうやって小さな細胞の中に入っているのでしょうか? 実はDNAは複雑な形に折りたたまれて、染色体という高次構造となり、細胞核の中にきっちり収まっているのです。

染色体は、ヒストンと呼ばれるタンパク質群の複合体にDNAが巻き付いた「ヌクレオソーム」と呼ばれる基本構造の繰り返しからなっています(図1)。このヌクレオソームがさらに折り畳まれて、直径10ミクロンに満たない細胞核の中にDNAを収納することができます。しかし、ヌクレオソームの構造はいつも一定ではありません。細胞核の中では、DNAの設計図が読み込まれてRNAが合成される「転写」、細胞が分裂する際に起きるDNAの「複製」、DNAが損傷を受けた際に起きる「修復」など、DNAが関わるさまざまな反応が起きています。このような反応の際に、DNAは折り畳まれたままでは働くことができません。つまり、ヌクレオソームが形成されたり破壊されたりしながら、染色体は刻一刻とその構造を変えて、生命活動を行っているのです。

ヌクレオソームを構成しているのは、遺伝子DNAと、ヒストンと呼ばれるタンパク質群であることは先ほど述べましたが、ヒストンには図1で色分けしたようにいろいろな種類があります。分子が複数個集まって構造を作っているものを「多量体」といいますが、ヌクレオソームでは8つの分子が集まった八量体の形を取っています。ヌクレオソームの形成は、まず、ヒストン(H3-H4)2四量体がDNA上に結合し、続いて2つのヒストンH2A-H2B二量体がそこへ取り込まれて起きるらしいことが、これまでの研究で判ってきました。また、ヌクレオソームの破壊はこの逆の順序で起こると考えられています。

これらの過程では、クロマチン関連因子と呼ばれる種々のタンパク質が重要な役割を果たしています。ヌクレオソームの形成や破壊は、これらの多くの種類のタンパク質が協調的に働くことで制御されていると考えられています。

ヌクレオソームの構造変換の鍵

クロマチン関連因子のうち、「ヒストンシャペロン」という種類のタンパク質群がヌクレオソームの形成や破壊の最も基礎的な過程を担っていることが最近の研究から明らかになってきました。シャペロンとはもともと社交界デビューする若い女性を介助する付き添い役の婦人をさす言葉で、生物学では「若い」タンパク質がちゃんと仕事ができるように助けるタンパク質をシャペロンと呼んでいます。ヒストンにも多くの介助役、つまりヒストンシャペロンがいますが、そのうちCIA/ASF1と呼ばれる介助役は、酵母から我々人類に至るまでのあらゆる真核生物で、普遍的に見られるヒストンシャペロンです。このため、このCIA/ASF1は真核生物に共通した重要な働きをすると考えられ、多くの研究が行われてきました。CIA/ASF1は転写、複製、修復のどの反応にも関与することが判ってきましたが、ヒストンに対してどのように結合し、どのように働きかけて介助を行うのかは、まだ謎のままでした。

ヒストンシャペロンの介助の仕組みを明らかにするために、産業技術総合研究所・生物情報解析研究センターの千田俊哉(せんだ・としや)主任研究員とバイオ産業情報化コンソーシアム・生物情報解析研究センターの夏目亮(なつめ・りょう)博士は、東京大学・分子細胞生物学研究所の堀越正美(ほりこし・まさみ)研究室と共同で、ヒストンシャペロンCIA/ASF1とヒストンH3-H4の複合体の立体構造をKEKフォトンファクトリーの放射光を用いて明らかにしました。このタンパク質複合体の結晶は、図2にある0.075×0.075×0.03mm3ほどの小さなものでしたが、フォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)の高性能タンパク質構造解析ビームラインNW12で結晶構造解析に十分な質のデータを取ることができ、ヒストンシャペロンCIA/ASF1がヒストンH3-H4にどのように結合しているのかを原子のレベルで明らかにすることに成功しました。

ヒストン四量体がまっぷたつに?

構造解析で得られた複合体の構造は図3のようなものでした。これを見て千田さんたちは奇妙なことに気づきました。複合体の結晶を作るときに、単量体のヒストンシャペロンCIA/ASF1と一緒に混合したのは、ヌクレオソーム中の構造と同じヒストン(H3-H4)2四量体の形でした。それにもかかわらず、生成した結晶中の複合体の構造は、図3のようにひとつのCIA/ASF1分子に対して四量体の(H3-H4)2ではなく、ひとつのヒストンH3-H4二量体分子が結合していたのです。

ヒストンシャペロンCIA/ASF1にはヒストン(H3-H4)2四量体を分割する働きがあるのでしょうか? ヒストン(H3-H4)2四量体が何かの因子の作用によって分割されるということはこれまで一例も知られていなかったことです。千田さんたちは、ヒストンシャペロンCIA/ASF1と、ヒストン(H3-H4)2四量体が存在している溶液を混ぜたときに溶液中で何が起きるのか、生化学的な手法で分析してみました。その結果、CIA/ASF1にはヒストン(H3-H4)2四量体を分割する働きがあることが判りました(図4)。後でお話ししますが、これは生物学的に非常に大きな意義を持つ実験結果でした。

CIA/ASF1はヒストンH3-H4二量体に結合する

この複合体の立体構造をもう少し詳しくみてみましょう。ヒストンシャペロンCIA/ASF1がヒストンに結合している部位は、2ヶ所あることが判りました。そのうち1ヶ所はヒストンH3のへリックスα2とα3の領域に結合していました(図5A)。このヘリックスα2とα3は、ヌクレオソーム中ではH3同士が結合するのに使われている領域で(図5B)、ヒストン(H3-H4)2四量体の形成はこの領域同士が結合しなければできません。この構造から、ヒストンH3-H4二量体は、ヒストンシャペロンCIA/ASF1か、あるいはもう1つのヒストンH3-H4二量体か、どちらか一方だけ、つまり両方同時には複合体を形成できないことが判ります。引き続く研究により、ヒストンシャペロンCIA/ASF1のこの結合領域に変異を起こすと、遺伝子DNAの転写反応に大きな影響が出ることがわかりました。転写反応が始まる時には、コンパクトに収納された状態のDNAを収納から「取り出して」やらないといけないため、その領域のヌクレオソームが破壊される必要があります。転写に伴うヌクレオソームの破壊には、今回明らかにされた三量体の構造形成が伴うと考えられます。

「Yawara split」モデル

CIA/ASF1のヒストンへのもう1ヶ所の結合部位は、ヒストンH4のC末端側のストランド(鎖)βCと結合して逆平行βシートという構造を形成していることが判りました(図6A)。このヒストンH4のストランドβCは、ヌクレオソーム中ではヒストンH2AのC末端側のストランドβCと結合して平行βシートを形成しています(図6B)。ヌクレオソーム中の構造と比較すると、ヒストンH4のストランドβCは、その向きが約180度近く変化を受けていることがわかります。ヌクレオソームの破壊の際には、最初にH2A-H2B二量体が他のクロマチン関連因子の働きによりヌクレオソームから離れるので、その際にはヒストンH4のストランドβCは露出し、そこにCIA/ASF1が結合できることが予想されます。

CIA/ASF1がヌクレオソーム破壊時においてヒストン(H3-H4)2四量体と初めに結合する部位がどこかは断定できませんが、ヒストンH4のストランドβCの領域、あるいはヒストンH3のへリックスα2とα3のいずれかにCIA/ASF1がまず結合して、それからヒストンH3-H4二量体を引き抜く、というイメージが浮かびます。そのイメージは柔道の心得「柔よく剛を制す」を連想させるため、ヌクレオソームの破壊におけるCIA/ASF1の作用の仕方は「Yawara split」モデルと名付けられました。

エピジェネティックコードの分配

ヌクレオソーム構造の発見以来数十年もの間、一度形成されたヒストン(H3-H4)2複合体は四量体のままだと信じられてきました。しかしこの研究で、ヒストンシャペロンCIA/ASF1の作用によってヒストン(H3-H4)2四量体は二量体に分割されることがわかりました。CIA/ASF1はDNAが複製される際に、新しいヌクレオソームを形成するのに働いていることがこれまでの研究でわかっています。また、細胞質で新たに合成されたヒストンH3-H4は、ヌクレオソームに取り込まれる前の状態は二量体であり、CIA/ASF1や他のクロマチン関連因子とともに複合体を形成している、ということも知られています。これらのことからDNAが複製されるときには、ヌクレオソームの破壊にともなってCIA/ASF1によってヒストン(H3-H4)2四量体が二量体に分割し、細胞質側から取り込まれた新しいヒストンH3-H4二量体とともにそれぞれの娘ヌクレオソームに取り込まれうるという概念が導かれます(図7)。

ヒストンの化学修飾が、遺伝子の発現、つまりDNA転写の調節などに重要な目印となっていることは、エピジェネティックコード、つまり遺伝子以外の場所にある遺伝暗号、という概念で広く知られています。簡単に言うと、設計図は遺伝子DNAに書かれていますが、その設計図のどこを読むかということに関してはヒストンの目印が決めていることになります。したがって、細胞が分裂して同じ細胞が増える際にはこのエピジェネティックコードも正しく娘細胞に均等に伝えられて維持される必要があるでしょう。逆に、細胞が分化する際には、染色体上のある領域のエピジェネティックコードは不均等に分配され、それぞれ違った設計図の読み方をされる必要があると考えられます。今回示されたCIA/ASF1によるヒストン(H3-H4)2四量体の分割という発見は、CIA/ASF1が複製時に作用する場合にはヒストンH3あるいはH4上のエピジェネティックコードの均等分配が起きうる、ということを示しています(図7)。また、他の因子によってCIA/ASF1の活性が負の制御を受ければ、エピジェネティックコードが不均等に分配されるということも考えられます。

1953年にワトソンとクリックがDNAの構造を明らかにし、この構造からDNAの「半保存的複製」、つまり二重鎖の片方を鋳型としてもう片方の鎖を合成するという様式が明らかになりました。これは遺伝暗号(ジェネティックコード)を正しく次の世代に分配する巧妙な方法ですが、今回の研究は、エピジェネティックコードも同様に分配されうることを示した、いわば「ヌクレオソームの半保存的複製」という概念を作り出したことになります。これはDNA複製という基本的な生命現象の謎に迫る半世紀ぶりの新しい概念の登場と言えるでしょう。

この研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「生体高分子立体構造情報解析」プロジェクト、および科学技術推進機構(JST)によるERATO「堀越ジーンセレクター」プロジェクトの一環として行われました。また、文部科学省の科学研究費補助金もこの研究で用いられました。この研究の成果は、2月11日にイギリスの科学雑誌「Nature」にオンライン発表されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html
→生物情報解析研究センターのwebページ
  http://jbirc.jbic.or.jp/
→東京大学分子細胞生物学研究所のwebページ
  http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/indexe.html
→新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のwebページ
  http://www.nedo.go.jp/
→科学技術推進機構(JST)のwebページ
  http://www.jst.go.jp/

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[図1]
ヌクレオソームの立体構造図。ヒストンH3を青、ヒストンH4を緑、ヒストンH2Aを橙、ヒストンH2Bを赤であらわす。2つのヒストンH2A-H2B二量体と1つのヒストン(H3-H4)2四量体で構成されるヒストン八量体の周りにDNA147塩基対が1.65周り分巻き付いている。2つのヒストンH3分子同士の相互作用がヌクレオソーム構造の維持に重要な働きを担う。
拡大図(172KB)
 
 
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[図2]
ヒストンシャペロンCIAとヒストンH3-H4の複合体の結晶。
拡大図(100KB)
 
 
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[図3]
ヒストンシャペロン CIAとヒストンH3-H4の複合体の構造。
拡大図(100KB)
 
 
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[図4]
ゲルろ過カラム、静的光散乱測定器、示差屈折率計を組み合わせた分子量分析。図中実線で示した静的光散乱の測定強度(LS)と、破線で示した示差屈折率の測定強度(RI)の比(LS/RI)が分子量に比例することから、試料の分子量を見積もることができる。ヒストン(H3-H4)2四量体(青、peak 1)とCIAの単量体(赤、peak 3)を混合するとヒストン(H3-H4)2四量体は破壊され、CIA−ヒストンH3-H4三量体(緑、peak 2)が生成する。
拡大図(26KB)
 
 
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[図5]
CIA-ヒストンH3-H4複合体における、CIAとヒストンH3の相互作用部位(A)と、ヌクレオソーム構造における2つのH3同士の相互作用部位(B)。ヒストンH3がCIAと結合した場合、ヌクレオソーム構造中にみられるヒストンH3同士が結合せず、ヒストン(H3-H4)2四量体を維持できないことがわかる。
拡大図(80KB)
 
 
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[図6]
CIA-ヒストンH3-H4複合体におけるCIAとヒストンH4の相互作用部位(A)と、ヌクレオソーム構造におけるヒストンH4とヒストンH2Aの相互作用部位(B)。ヌクレオソーム中の構造と比べると、ヒストンH4のβCの向きが大きく変わっていることがわかる。
拡大図(65KB)
 
 
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[図7]
複製に伴うヌクレオソームの半保存的(semi-conservative)複製が成立すれば、エピジェネティックコードの均等分配が起きうる。ヌクレオソームの半保存的複製が起きない場合(conservative/dispersive)、エピジェネティックコードの不均等分配が起きると考えることもできる。
拡大図(61KB)
 
 
 
 
 

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