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last update:07/06/28  

   image 放射線医療のシミュレーション    2007.6.28
 
        〜 Geant4の医学応用 〜
 
 
  放射線治療は近年注目されているがん治療法のひとつで、外科手術を伴わないため、患者さんに優しい治療法であるといえます。しかし放射線はがん細胞だけでなく正常な細胞にも照射されるので、適切な治療のためには、治療に必要な放射線の量を正確に計算して、がん細胞に集中的に照射することが不可欠です。

今回は、素粒子の測定器の中でどのような反応が起きるかを正確に調べるために開発された「Geant4(ジアント・フォー)」というシミュレータプログラムを放射線治療に応用するための基礎的な研究についてご紹介しましょう。

放射線によるがん治療

現在、がんの放射線治療で主に使われているのは、X線やガンマ線、大型の加速器を使って加速された陽子線や炭素線などです。がんの種類やその進み具合によって、様々な治療方法がとられています。

加速器を使った放射線治療については以前の記事でもご紹介しましたが、陽子線を利用するものは、現在、日本国内に5カ所あります。また、放射線医学総合研究所では炭素線を使った治療が行われています。さらにいくつかの病院でも、新しい粒子線施設の建設が計画されています(図1)。

放射線を使ったがん治療では、メスを使ってがんを切り取るのではなく、体の外から放射線を照射することによってがん細胞を破壊することができますが、同時に周辺の正常な細胞にも影響を及します。人体に放射線を照射する際には、放射線による人体への影響を慎重に見積り、正常な細胞への影響を最小限にとどめながら、がん細胞への効率的な照射を行う必要があるのです。

陽子や炭素線のような粒子線は、物質の中を進んでいくと次第にエネルギーを失っていきますが、止まる直前に高い線量(体に対する放射線の影響の強さ)が体内に吸収されるという特徴を持っています。粒子線のエネルギーを調節して、止まる場所をちょうどがんの位置に合わせておくと、がんに対して高い線量を照射することができます。つまり、正常組織の障害をできるだけ低くしながら、がんに対して効果的な治療をすることが可能になるのです。

放射線の振る舞いをコンピュータで予測

高エネルギー加速器を使った素粒子実験で粒子が測定器の中でどのように振る舞うかを調べるGeant4という測定器シミュレータプログラムについても、以前ご紹介しました。このシミュレータを使うと、加速器等で作られたさまざまな素粒子と物質との反応を予測することができます。

Geant4では、粒子が物質に入った時に起きる現象を、粒子のエネルギーや種類、物質の形状や材質に基づいて計算し、反応の様子をシミュレーションします。しかし、実際の物理現象は非常に複雑なため、高精度で高速なシミュレーションを行うためには、具体的にどのような状況で粒子線が吸収されるかを知るする必要があります。このためKEKでは、Geant4の開発グループと国内の放射線医療施設の研究者と共同で、「高度放射線医療のためのシミュレーション基盤の開発」というテーマの共同研究をすすめています。

この共同研究では、陽子線や炭素線による粒子線治療施設での放射線シミュレーションに必要な技術に関して研究開発を行っています。これにより、実際の治療で使用されている線量計算の妥当性の検証や、新しい放射線治療手法の開発、治療用の加速器の設計などへの応用を進めることができます。

照射機器による治療を再現する

実際のがん治療では、どの位の放射線をどの方向から照射するのがもっとも効率的かを決めなければなりません。がんの形状は1つ1つ異なっているので、これらの条件はそれぞれのケースに合わせて決める必要があり、その基礎となるのは、がん細胞および正常細胞への放射線が与える線量の正確な計算値です。正確な計算結果を得るためには、照射機器や人体などの複雑な形状をシミュレーションの入力情報として、正確に記述することから始まります。

治療では、加速器で加速された粒子を様々な照射機器群を通過させることで、個々のがん治療に最適化な形状に整形してから人体に照射します。この照射機器群をシミュレーションの入力情報として与える必要があります。そこで、各粒子線施設の照射機器群をGeant4の入力情報として記述できるようにしました(図1)。各照射施設で異なった照射機器が使われていますが、共通に記述できる部分は共通のモジュールとして、効率的な実装が行われています。このモジュールを組合せることで、各施設での照射システムのシミュレーションが行えるようになります。

また、人体中で放射線がどのように照射されているかを知るために、人体のCTスキャンによる輪切りデータを3次元的に再構成して表示します。これに、放射線シミュレーションの様子を重ね合わせることで、放射線がちゃんとがんに照射されているかを、視覚的に把握することができるようになります(図2)。

計算結果を検証する

シミュレーションで得られた結果はどのように検証されるのでしょうか? それには実験データとシミュレーションの結果とを比較しながら、様々な検討作業が必要になります。

プログラムに入力した機器のモデルは正しいのか? 入射粒子のエネルギー分布や空間分布は? そして、Geant4が計算する物理過程の記述はどこまで正確なのか? などです。

Geant4は、これまでの素粒子の実験や理論から得られた粒子と物質の相互作用の知識の集大成です。素粒子の電磁相互作用やハドロン相互作用、弱い相互作用を非常に広いエネルギー範囲にわたって計算することができます。しかし、陽子線や炭素線の原子核反応の物理過程を医学応用で要求される精度でシミュレーションするためにはまだまだ検証しなければならないことがたくさんあります。以前ご紹介した、原子核乾板を用いた実験データの検証などもその一つです。シミュレーションの検証作業はもっとも重要な部分であり、Geant4の開発グループでは、様々な観点からGeant4の物理過程の検証作業を行っています(図3)。

グリッド技術との関わり

シミュレーションの精度を上げていくと、計算量が増えるために計算のスピードは遅くなります。そこで、精度と計算速度の妥協点を探しながら計算を行うことになります。一方で、昨今のコンピュータ性能の発達はめざましく、また、新しいコンピュータ技術の開発もどんどん進んでいます。

その中でも「グリッド」と呼ばれる技術が高エネルギー実験の分野では注目されています。グリッド技術を使うと、世界中のデータセンターのコンピュータ同士を仮想的に接続して、1つの大きなデータ記憶装置と何万個ものCPUをもった計算サーバとして機能させることができます。例えばCERN研究所のLHC実験では、この仮想システムを使って、年間数千テラバイトに達する非常に大規模な実験データの解析を行おうとしています。

医学応用のシミュレーションでも、このグリッド技術を利用することで、世界中のデータセンターの空いているCPUを使ってシミュレーションを行い、高速で高精度のシミュレーション計算が実現可能になると考えています。KEKでもグリッドシステムを構築し、どうしたらもっとグリッド技術を使いやすく、よりいいものにできるのか、研究開発を行っています。

Geant4の開発グループは、様々な異なる分野の技術を組み合わせて、社会生活をしっかりと支えることができる応用技術を開発することを目指しています。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→日本Geant4ユーザ会のwebページ
  http://www.geant4.org/G4UserGroup/ja/
→Geant4グループのwebページ(英語)
  http://geant4.web.cern.ch/geant4/
→放射線医学総合研究所(放医研)のwebページ
  http://www.nirs.go.jp/

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[図1]
Geant4によって記述された照射機器群。各放射線治療施設の照射システムをGeant4で実装し、シミュレーションを行っている。
拡大図(69KB)
 
 
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[図2]
開発中のgMocrenという可視化ソフトを使って、放射線シミュレーションの様子を3次元表示したもの。CTスキャンのデータは、DICOMという標準規格でやり取りされる。gMocrenでは、CTスキャンの断層映像から、CT値を元に人体の3次元画像の再構成を行っている。
拡大図(86KB)
 
 
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[図3]
粒子線治療では、陽子や炭素線のブラッグピーク(上段)という非常に特徴的なエネルギー損失が重要となります。このブラッグピークや照射機器群で奥行方向に拡散された拡大ブラッグピーク(下段)が、シミュレーションで再現されるかを、基本的な物理量として詳細に調べます。左側は陽子線で右側は炭素線の水中での線量分布の実験とシミュレーションの比較例。
拡大図(61KB)
 
 
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[図4]
グリッド技術を利用した放射線シミュレーションのイメージ図。医学応用での利用を想定した場合、ネットワークの制限等の理由から、ブラウザ経由でグリッドのリソースにアクセスする方法が考えられている。
拡大図(79KB)
 
 
 
 
 

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