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データ、とどけます 2008.7.3 |
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〜 共有財産としてのスーパーコンピュータ・シミュレーション 〜 |
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1秒間に数十兆回の計算ができるスーパーコンピュータを使って、素粒子のさまざまな性質を再現したり、予言したりする研究が進められています。スーパーコンピュータの数には限りがありますが、そこで行われた計算結果を多くの研究者で共有すれば、より多くの知見を得ることができます。 日本各地の素粒子理論の研究者が協力して、数値計算の結果を共有する仕組みを作り上げました。 「紙と鉛筆」から「数値『実験』へ」 理論物理の研究には、紙と鉛筆だけを使って研究者の頭の中で考えを巡らせていくタイプの研究もありますが、最近はコンピュータの助けを借りて数式の変形を行ったり、数式に数値をあてはめて実際に計算を行ったりするタイプの研究も増えています。 原子核を束ねる強い力(核力)は、量子色力学(QCD)という理論的枠組みを使って解いていきます。この量子色力学は、素粒子であるクォーク同士の間に働く、強い力を記述していますが、数学的に解いて答えを求めることが困難な理論です。このため、空間と時間を格子で近似して、その上でクォークのふるまいを調べる、格子QCDのシミュレーションが盛んに研究されています。スーパーコンピュータを使った大規模な数値計算によって、クォークの世界を計算機の中に再現するのです。 原子核の中の陽子や中性子がクォークからどのように作られているのか、あるいは、Bファクトリー実験で起こる素粒子反応現象をどのように精密に理解できるのか、などの疑問に答えるには、紙の上でできる計算だけでは得られない情報が必要です。そのため、理論が正しければ得られるはずの現象を探るために、数値「実験」として、シミュレーションを行っているのです。 貴重な計算時間と大量の結果 格子QCDの数値シミュレーションはとても大規模になります。その理由のひとつは、時間と空間を合わせた四次元で計算を行わなければならないからです。それぞれの方向に格子の大きさを倍にすると、四次元では合わせて16倍になってしまいます。また、格子と格子の間に働く力の情報を計算するので、格子の数が増えれば、必要な計算量はさらに増えていきます。 そこで格子点を多くの演算プロセッサの上に分割し、手分けして計算する、「並列計算」と呼ばれる手法を用います。しかも一つの格子点でのクォークの振る舞いは、その他の全ての格子点のクォークと関係するため、すべての点からクォークの情報を集めてくる必要があります。演算速度だけでなく、通信速度も要求されるのです。このため正確な計算には、スーパーコンピュータを使うことが不可欠となります。 個人戦から団体競技へ このようにして大規模な数値計算によって作られたデータを、できるだけ有効利用するには、どうすればよいのでしょうか。 格子QCDシミュレーションでは、まずグルーオン場の「配位」というデータを作ります。これはクォークの間に働いて力を伝える、グルーオンと呼ばれる粒子の状態の、スナップショットをとったようなものです。このグルーオン場の配位をいくつも作り、それらの上で、例えば陽子が伝わってゆく様子を調べます。最後に多くの配位についての平均値を取ったものから、陽子の質量や散乱の様子を求めることができます。つまりグルーオン場の配位があれば、様々な量を計算することができるのです。 このように多くの情報を含むグルーオン場の配位は、格子QCDを研究する研究者にとっては貴重な財産です。スーパーコンピュータを使ってせっかく使った配位のデータを、可能な限り有効活用しようという考えから、配位データを公開し、研究者の間で共有しようという提案がされてきました。また、ひとつの研究グループの中でも、離れた研究機関で手分けして行う計算のために、データを高速に移動させる仕組みが必要になってきました。 これらの要求に答えるためには、何が必要でしょうか。まずは、データを溜めておくためのディスクが必要です。現在では大容量のディスクが比較的安く手に入るようになりましたが、データが壊れてしまわないように、信頼性が重要です。また離れた研究機関にあるディスクを、あたかも一つのディスクのようにみせかけ、装置の種類やそれぞれの容量を、ユーザが気にかけなくてもよいような仕掛けも必要です。このようなことを可能にするのが、「グリッド・ファイル・システム」と呼ばれる技術です。この仕掛けでは、産業技術総合研究所・筑波大学などが中心となって開発した、Gfarmというグリッド・ファイル・システムを利用して、格子QCDデータを共有します。 もう一つ重要なのは、高速なネットワークです。日本全国の研究機関には、国立情報学研究所の提供する、SINETと呼ばれる高速なネットワークが張り巡らされています。このSINETの上に、計算素粒子物理のための仮想的な専用ネットワーク(HEPnet-J/sc)が設定され、これまでも格子QCDの研究に用いられてきました。しかしこれまでは、離れた研究機関の間で、単純なディスクのコピーによってデータをやりとりしていたため、使い勝手が悪く、また管理上の手間もかかるものでした。グリッド・ファイル・システムの導入によって、そのような欠点を解決することができたのです。 JLDGの運用開始 高エネルギー加速器研究機構では、筑波大学計算科学研究センター、京都大学基礎物理学研究所、大阪大学核物理研究センター、広島大学理学部物理学科、金沢大学自然科学研究科と共同で、Japan Lattice Data Grid(JLDG)の運用を開始しました。これは格子QCDのデータを共有するために、Gfarmシステムを使ってHEPnet-J/scの上に構築された、広域分散型のファイル共有システムです。 JLDGでは、これまでに行われていたデータ共有の不便さを解消し、データを効率的に利用できるようになりました。ユーザは、データが実際にはどの研究機関の上にあるのか、などを意識することなく、データに高速にアクセスすることができます。公開されているデータを利用するだけでなく、研究グループごとに「仮想組織」を登録し、離れた研究機関の間でのデータの共有をグループ内で行うこともできます。またディスクを必要に応じて追加してゆくことや、自動的に複製をつくることができ、管理にかかる手間も少なくなりました。JLDGによって、国内の研究グループによる格子QCD研究が促進されることが期待されています。 データ共有に向けての活動は、もちろん国内だけのものではありません。国際的にも、「国際格子データグリッド」(International Lattice DataGrid,ILDG)が結成されており、JLDGはその中での地域グリッドの役割を果たしています。ILDGは2002年にその構想が提案され、その後に配位データを共有するための仕組みの策定などを経て、2007年7月に正式運用が開始されました。JLDGは、筑波大学計算科学センターにおいてILDGに接続され、JLDGで一般に公開されているデータは、ILDGを通しても世界中からダウンロードして使うことができます。 研究そのものだけでなく、研究を効率的に行うことができるような仕組みを作ることも、研究者にとって大切な活動のひとつです。
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