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スパコンで挑む質量生成の謎 2006.3.2 |
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〜 国内最速のスーパーコンピュータが稼働 〜 |
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自然界の物質は、原子分子や微生物から巨大な星や銀河にいたるまでみな質量を持っています。その質量はどうやって生まれているか知っていますか?素粒子理論をよくご存じなら、ヒッグス粒子という名前を聞いたことがあるかもしれません。すべての素粒子の質量はヒッグス機構によってもたらされていると考えられていて、それに付随するヒッグス粒子は今、世界中の科学者が巨大加速器LHCを建設して見つけようとしているものだと。でも、ヒッグス機構による質量は物質の質量のほんの2%程度でしかありません。では、残りの98%はどこから来たのでしょうか? すべての物質は細かくばらしていくと原子からできています。その原子の中では、重たい原子核のまわりを軽い電子が回っています。電子の質量は原子核の質量の1000分の1以下ですから、電子の質量は無視できる程度です。原子核のほうは陽子と中性子がゴタゴタと塊を作ったようなものをイメージすればいいでしょう。その質量は陽子と中性子の質量から来ているわけです。では、さらに中をのぞいてみるとどうなっているでしょうか。陽子や中性子はクォークと呼ばれる素粒子からできています(図1)。それぞれアップ(u)とダウン(d)という名前のクォークが uud と udd という組み合わせでくっついたものが陽子と中性子です。これらのクォークの質量は、実は3つのクォークの分を足し合わせても陽子や中性子の質量のおよそ2%にしかなりません。残りの98%は、クォーク同士をくっつけるダイナミクスを通じて作られているのです。 鍵をにぎるカイラル対称性 そのダイナミクスを理解するキーワードは「カイラル対称性の自発的破れ」です。いま、質量ゼロの素粒子があったとしましょう。電子やクォークのようなフェルミ粒子の場合には、±1/2 のスピンを持っています。つまり自転しているわけです。質量ゼロの粒子は常に光速で飛んでいるので、その進行方向に対して右巻きあるいは左巻きのスピン(自転)をもった粒子があることになります(図2上)。もし私たちがこの粒子よりも速く飛んで追い越すことができれば右巻き粒子は左巻きに見え、左巻き粒子は右巻きに見えてその区別はあいまいになるのですが、アインシュタインの特殊相対性理論によれば、光速で飛んでいる粒子を追い越すことはできないので、この右巻きと左巻きというのは素粒子の固有の性質だと言えます。このように右巻き粒子と左巻き粒子を区別する対称性のことをカイラル対称性と言います。カイラル対称性とは質量ゼロの素粒子がもつ対称性なのです。 さて、その右巻きと左巻きの粒子や反粒子の間に非常に強い引力が働いたらどうなるでしょうか。もはや彼らは自由に光速で飛び回ることはできなくなって、互いにくっつこうとします。量子力学では真空と言えども常に粒子と反粒子がごく短時間のうちに対生成と対消滅を繰り返しているのですが、それらの間にも強い引力が働いて、粒子と反粒子が右巻きと左巻きのペアで互いにくっついて真空中に「埋まってしまった」状態になっています。この真空中を走る粒子は常に埋まった粒子反粒子対にぶつかりながら進むので光速よりも遅くなり、別の言い方をすると質量を獲得するわけです(図2下)。このことを「カイラル対称性が自発的に破れた」と言います。クォークは陽子や中性子の中でこうやって質量を獲得して、私たちの質量の98%を作っているわけです。 量子色力学 クォーク間の強い引力の正体は量子色力学(QCD)として知られています。クォークには「赤、青、緑」の3つの「色」の自由度があり、「色」を交換することで力を及ぼし合います。もちろん現実の色とは何の関係もなく、おちゃめな科学者が勝手にそう呼んでいるだけです(そう言えば素粒子には、ストレンジとかチャームとかふざけた名前のものがいろいろあります)。 量子色力学は、高いエネルギーの素粒子散乱実験では精密に検証されています。漸近自由性という性質のおかげでエネルギーが高くなると力が弱くなって、計算が簡単になるからです。逆にクォーク同士が結び付いて陽子や中性子を作るような低いエネルギーでは力が非常に強くなって通常の方法ではまったく計算ができなくなります。ですから、カイラル対称性の自発的破れも、量子色力学を使って厳密に計算して証明されてはいないのです。 最速スパコンが挑む 量子色力学を使って計算する方法が一つだけあります。それは、この理論を4次元格子の上にのせて計算機でシミュレーションを行う方法で、格子QCDと呼ばれています(図3)。量子色力学は、その理論ができてからすぐに計算機シミュレーションが始められ、常にその時代の最先端の計算機を使って研究がされてきました。時空の次元が4次元であるせいもあって自由度の数が非常に多く、シミュレーションに極端に多くの計算が必要になるからです。そのため、最先端の計算機でも陽子や中性子がようやく一つ入る大きさの箱の中をシミュレーションするのがやっとのところです。 この格子QCDを使えば、カイラル対称性の自発的破れをシミュレーションで確かめられるはずです。しかしながら、格子化した理論ではカイラル対称性を実現すること自体が容易ではなく、基礎となるクォークの運動方程式一つをとっても非常に計算量が大きくなってしまうために、これまで大規模なシミュレーションは行われていませんでした。 こうした状況を打開するために、高エネルギー加速器研究機構では新しいスーパーコンピュータを導入しました。日立製作所(図4)とIBM製(図5)のスーパーコンピュータは、合わせて59テラフロップス(1秒間に59兆回の計算ができる)の性能をもつ現時点では国内で最速の計算機(2006年3月1日の運転開始時)です。このうち IBM のブルージーンは、1つのラックの中に約2000個の CPU を搭載してそれらを高速ネットワークで接続したもので、少し大きめの冷蔵庫くらいの大きさで 5.7 テラフロップスの性能をもちます。格子QCDの計算では、一つの CPUがいくつかの格子点を担当し、隣の CPU がもつ格子の情報はネットワークを使ってやりとりすることで計算を進めていきます。一個の冷蔵庫くらいの大きさの最新鋭計算機が陽子一個の中のシミュレーションに使われるわけです。 このスーパーコンピュータを使って研究者たちは、質量生成のなぞに迫ります。でもそれだけではありません。格子QCDを使えば、B中間子−反B中間子転移の確率や、K中間子崩壊の様子、さらにはQCDが作り出すさまざまな新種のハドロンまでシミュレーションで調べることができます(図6)。新スパコンの活躍が期待されます。
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