現代の物理学では、物質中の原子核を構成する陽子や中性子は、さらにクォークから構成されていると考えられています。クォークは単独では存在することができず、これまでに見つかった粒子は必ずクォークが2個あるいは3個の組み合わせでした。
今年7月、兵庫県にある大型放射光施設SPring-8でクォーク5個からできた新しい粒子が発見されたというニュースは記憶に新しいですが、KEKのBファクトリーで実験を続けているBelleグループでも、今回、クォーク4個から構成されると思われる新粒子を発見しました。
謎の多い『クォークの閉じ込め』
1960年代頃までは陽子や中性子が物質の根源の粒子と思われていました。ところが宇宙線や加速器の実験などから、他の粒子がたくさんみつかるようになり、1964年に米国の物理学者ゲルマンらが「陽子や中性子はクォークというもっと小さな粒子の組み合わせでできている」と提唱しました。当時実験家はクォークが単独で存在する状態を必死で探しましたが見つかりませんでした。
その後、陽子の内部の構造を高エネルギーの電子で探る実験などが繰り返され、陽子はやはりクォークから構成された複合粒子である、という実験的証拠が積み重ねられてきました。
現在では、陽子や中性子の仲間はクォーク3個から構成され、パイ中間子やK中間子の仲間はクォークと反クォークから構成されると考えられています。
物質はクォークから構成されているのに、クォークを単独で取り出すことができないのはなぜか。この謎を説明するために、量子色力学が考案されました。
『色』の力学
量子色力学では、クォークや、クォークを結び付ける力の粒子であるグルーオンは3種類の状態を持っていると考えられています。数学ではこの状態はSU(3)(エス・ユー・スリー)という対称性で表されると考えられ、それらがうまく組み合わされた状態の時だけ、粒子が存在できると説明されています。3種類の状態に光の三原色を割り当てると、ちょうど三原色が組み合わされて「白色」の状態になった時に、粒子のエネルギーが安定な状態となり、陽子や中性子や中間子として観測される、と、考えられています。
「白色」となる組み合わせはクォーク3個、クォークと反クォークの対、の他にも、クォーク2個と反クォーク2個、クォーク4個と反クォーク1個、などが考えられます。これらの組み合わせの粒子はエキゾチック粒子と呼ばれていますが、量子色力学が提唱されてから30年近く、見つかっていませんでした。
SPring-8での発見
昨年10月に大阪で開かれた国際会議で、大阪大学の中野貴志教授らの研究グループが、SPring-8の80億電子ボルトの電子ビームにレーザー光をあてて出てくる高エネルギーの光を原子核標的にあてる実験で、5つのクォークからできた粒子を発見したと発表しました。この研究は今年7月に米国の論文誌に掲載され、国内でもニュースとなったので、ご記憶の方も多いと思います。
量子色力学が提唱された60年代の終わり頃から70年代にかけて多くの人がエキゾチック粒子を探しましたが、見つからなかったのでその後、このような粒子は存在しないと長い間、思われていました。中野教授らの発見は、量子色力学のこれまであまり調べられてこなかった部分に光をあてることになったのです。
3億個のB中間子から36個の新粒子
KEKのBelle測定器では、B中間子がいろいろな粒子に崩壊した時の組み合わせで、これまでに見つかっていない粒子を探すことができます。今年の夏までに収集した約3億個のB中間子の崩壊の様子を詳しく調べたところ、その中の36個がある質量の粒子に崩壊し、さらにJプサイという粒子と2個のパイ中間子に崩壊した様子が観測されました。この粒子は観測された質量の値からX(3872) と呼ばれています。(図1)
質量や崩壊の様式を詳しく調べると、この新しい粒子は1976年に旧ソ連の理論物理学者らによってその存在が予言された「中間子分子」に性質がよく似ていることが分かってきました。それによると、X(3872) は、(cクォークと反 uクォーク)と(反cクォークとuクォーク)が緩やかに結合した分子のような状態である可能性が高いことがわかりました。
物質の新しい状態を理解する
量子色力学では、クォークが4個あるいは5個の状態が存在することは予測されていましたが、エネルギーの高い状態でクォークがどのように振舞うかを精密に説明するには、これまでは実験データが不足していました。
クォークの新しい組み合わせの粒子が見つかったことで、これまで理論上の空白になっていた、普通の粒子と、クォーク・グルーオン・プラズマのような超高温・超高密度の状態、の中間に位置するような状態が調べられることになります。
今回の発見で、量子色力学がさらに発展すれば、宇宙のビッグバンの超高温・超高密度の状態から、宇宙がどのように進化していったのかの手がかりが、さらに詳しくわかるようになるかもしれません。今後の研究の進展にご期待下さい。
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今回発見されたX(3872)粒子の生成と崩壊の模式図 |
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[図2] |
B中間子の崩壊の過程で観測されるジェイ・プサイ中間子とパイ中間子の対から粒子の質量を再構成すると、3.872 GeV(約38億電子ボルト)のところに鋭いピークが見つかった |
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[図3] |
Belle測定器で観測されたX(3872)粒子を含む衝突事象の例 |
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X(3872)粒子の構造を説明するモデルの一つ。中間子と中間子が量子色力学で緩やかに結合して分子のような状態になっている可能性が提唱されている。 |
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[図5] |
Belleグループの記者発表の様子(11月14日)。右からグループ代表者の相原博昭教授(東京大学)と山内正則教授(KEK)、素粒子原子核研究所長の小林誠(KEK)。 |
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