|
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事 | last update:09/03/05 |
||
超高速計算でせまる宇宙と物質の謎 2009.3.5 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||
〜 計算機シミュレーションは科学を変えるか? 〜 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||
KEKでの研究に広く使われている加速器とは何のための道具でしょうか? 簡単に言うと、物質の中を細かく見るための超精密なライトのようなもの、といってもよいでしょう。飛ばすものは光だったり電子だったりいろいろですが、観察したい場所だけに絞りこんでぶつけるのは同じです。できるだけ小さな構造、それこそ素粒子のなかとか、を見るには、ぶつけるビームを加速してエネルギーを高くする必要があり、それこそが加速器の役割です。でも今日のお話はこの加速器ではなく、宇宙と物質の究極にせまるべく計算を"加速する"装置、つまりスーパーコンピュータとその未来についてです。 始まりの終わりか? 2009年2月23日につくば国際会議場で、「大規模計算が切り拓く基礎科学の将来」と題するシンポジウムが開催されました。素粒子物理、原子核物理、天文宇宙物理分野の第一線の研究者らが集まって、これらの基礎的な分野で計算機シミュレーションがどのように活躍しているか、そしてその未来はどうなるかを語りあいました。基調講演で登壇した佐藤勝彦(東京大学大学院理学研究科)教授は、「これは終わりではない。終わりの始まりでもない。でもたぶん、始まりの終りなのだ」というチャーチルの有名な言葉を引き合いに出して、宇宙進化の研究は今まさに軌道に乗り始めたところで、これから肉づけが始まるのだ。そしてその役割はシミュレーションに課せられている、と強調されました。 それはこういうことです。宇宙の進化と物質の生成について、私たちはすでに壮大な、しかし一方でまだかなりおおざっぱなストーリーを手にしています。インフレーションによって始まったビッグバンで宇宙が生まれ、冷えていくにつれて元素ができていく。ただしこの段階で作られるのは水素やヘリウムなどの軽い元素だけ。その後、宇宙に漂うガスの初期の小さな濃淡をきっかけに重力で物質が集まり、最初の星ができる。星が燃えていくなかで重い元素が次第にできていき、やがてもっとも安定な鉄になって反応が止まる。ところが、星はやがて燃え尽きて超新星爆発を起こし、この破滅的な爆発の中で鉄より重い元素が合成されつつ、さまざまな元素が宇宙にまき散らされる。それを種にしてまた新たに星が生まれ、やがてまたその命を燃やしつくす。この輪廻転生の物語は、よくできてはいるものの、途中のいろんなところでまだまだよくわかっていないことがあります。 まだ爆発しない その代表例は超新星爆発でしょう。自らの重力に耐え切れなくなった星がその一生の終りに大爆発を起こして吹き飛んでしまうこの現象は、もちろん地上では想像もできないくらい激しいものです。その様子を調べるには、もちろん実験はできないので、計算機によるシミュレーションが唯一の手段です。しかし残念なことに、研究者らの大変な努力にもかかわらず、これまでのシミュレーションではどうやら超新星は爆発しないようなのです。超新星爆発では、星の中心部で起こった素粒子反応から放出されるニュートリノが鍵になっていると言われていますが、その効果を完全に取り入れるには計算機の性能がまだまだ不足しているのがその大きな原因です。宇宙には、異常に大きなエネルギーを放出する極超新星や、考えられないほど高いエネルギーの宇宙線を放出するガンマ線バーストなど、謎の天体が数多くあります。これらにシミュレーションでせまれるようになるのは、もう少し先のようです。 素粒子を積み上げて超新星 星の中では、重力で押しつぶされた物質がぎゅうぎゅう詰めになっています。そんな過酷な環境で物質はどのようにふるまうのか。つまり、どれだけの圧力を加えるとどこまでつぶれるのか。その詳細がわからないと超新星爆発の様子を調べることはできません。これは、原子核物理学の領域です。原子核は核力で結びついた陽子や中性子が塊をつくったものですが、そのエネルギーや反応を調べるのが原子核物理というわけです。もちろん地上の実験で星の中の環境を再現することはできませんから、いろんな情報をもとにあとは理論的な計算を行うことになります。原子核は何十個もの陽子や中性子が集まったものなので、その計算は容易ではありません。その詳細はまた別の機会に紹介することにしますが、ここでもまたシミュレーションが活躍することになります。 さて、シミュレーションとはいっても、無から有を作り出すことはできません。つまり、何をインプットとして計算をスタートさせるかということです。原子核物理では、このインプットは核力、つまり陽子と陽子、あるいは陽子と中性子の間に働く力ということになります。これはもう70年以上も前に湯川秀樹博士が提案したものですが、現在の研究では核力に関してもちろんもっと精密な情報が必要になります。陽子や中性子はクォークからできていることがわかっていて、クォークがしたがう基礎理論(量子色力学、QCDと呼ばれる)もわかっているので、核力も本来クォークの基礎理論から導かれるべきものです。QCDはあまりに複雑で計算機シミュレーションをもってしてもなかなか解くことの難しい問題ですが、最近になってようやく核子の間に働く力を、シミュレーションを使って"計算"して導くことができるようになりました。 シミュレーションを使えば、こうして素粒子の基礎理論から出発して、核力、原子核の構造と反応、そして超新星爆発の解明へと宇宙や物質の成り立ちの理解を進めていくことができそうです。 計算機はもっと速くなるのか? しかし、それもこれも計算機が今後どれだけ"加速"するかにかかっています。これまで20年ほどの間、計算機のスピードはほぼ5年で10倍のペースで向上してきました。おかげで、今では20年前の計算機よりも一万倍も速い計算機を使うことができます。 でも今後もこのペースが続くのかというと、それはわかりません。現在、すでに計算機のCPUのクロック周波数は頭打ちになっているし、微細な配線の幅も原子数個分という物理的な限界が近づいてきているからです。最近のトレンドは、一つのチップの中にいくつかのCPUを詰めこんで並列処理するマルチコアやメニーコアの手法ですが、今度はそれに見合った量のデータをメモリーから読み込むスピードのほうが制限になってきています。 この壁を乗り越えるためには、単に計算機が速くなるのを待つだけなく、計算機に合わせて計算手法を変えることも必要になっていくでしょう。あるいは、計算手法に合った最適の計算機を作ってしまうという作戦もありえます。実際、国立天文台などが開発中の専用計算機GRAPE-DRを使えば、問題によっては普通の計算機に比べて10倍から100倍の速さで計算することができます。計算機の"加速"にもいろんな工夫が必要なのです。 計算基礎科学連携拠点 今回のシンポジウムは、高エネルギー加速器研究機構、自然科学研究機構国立天文台、筑波大学が共同で新たに設立する計算基礎科学連携拠点のお披露目をかねたものでした。この連携拠点を通じて、素粒子・原子核・天文宇宙、さらには計算機工学の専門家の協力体制が整うことになります。シミュレーションを通じた宇宙と物質の解明へ向けて、さらなる進展が期待されます。
|
|
|
copyright(c) 2009, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK 〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1 |