News@KEK

長期滞在のススメ ~ フィリップ・バンバデュ氏インタビュー ~

2010年7月22日

大学共同利用機関法人である高エネルギー加速器研究機構(KEK)には、多くの共同利用者が訪れます。放射光施設の「ユーザー」と呼ばれる研究者たちは、研究に必要な試料に、加速器の作る放射光を当て、その構造やしくみを明らかにします。そして、大学院生たちは、第一線の研究者とともに実験に参加し、修士論文や博士論文をまとめあげます。KEKの施設を使って実験や研究をするために、日本そして世界各地の大学や研究所から、多くの研究者や学生たちがやってきています。海外からの研究者の中には、短期間の訪問では飽き足らず、日本に長期滞在して実験や研究に勤しむ人たちもいます。フランス線形加速器研究所に所属する、フィリップ・バンバデュ氏もその1人で、加速器・測定器インターフェースの専門家です。

ATF(先端加速器試験施設)

image

図1

ATF(先端加速器試験施設)のダンピングリング


「私の妻も物理学者だったので、ATF※1での研究の意義や面白さはよく理解してくれました。ですから日本への長期滞在という私の提案に、すぐに同意してくれました」とバンバデュ氏。バンバデュ氏が日本への長期滞在を決めたのは、2008年春。それまで幾度となくATFを訪問して実験を重ねてきました。「世界有数のビームを使って実験ができることがもちろんATFの一番の魅力です。国際協力で推進されているATFにはいろいろな国から研究者が来ますが、いつも暖かく家庭的な雰囲気で迎えてくれます。腰を据えて、もっとじっくりと研究に取り組みたかったのです」。こうして夫婦と息子二人、バンバデュ家の日本での暮らしが始まりました。息子二人が学校へ通いやすいようにと、フランス人学校のある浅草にマンションを借り、自身はつくばエクスプレスで電車通勤。まさに「日本のお父さん」のようです。しかし、家族が日本に馴染むのに問題はなかったのでしょうか。

日本で暮らすということ

「息子たちはあっというまに友達を作りました。フランス人学校と言っても、生徒の多くは日本で生まれ育ったフランス人やフランス人と日本人のハーフ。子どもにフランス語を学ばせたい日本人もたくさんいます。すぐに日本語を話すようになりました」。特に次男のアントワンくん(16才)は日本滞在をエンジョイしました。「学校の友達と、深夜バスでのスキー旅行に行ったのです。フランスでは子どもだけで旅行に出すなんて、危険でとても考えられません!」フランス最高峰のパブリックスクールへ推薦入学が決まったアントワンくんは、昨年6月末一足先にフランスへと戻りましたが、日本での生活が名残惜しく、入学願書を提出したことを後悔したほどでした。

一方、妻のアンナさんは、最初の半年ほどは辛い日々を送ったということでした。買い物や乗り物に乗る、近所の人と話す、といった、日々の暮らしの「当たり前のこと」がままならない状況となりストレスとなったのです。これは海外に暮らしたことのある人誰しもが経験することでしょう。ストレスの源は他にもありました。なんと「電車が時間通りに来る」ことがストレスになったというのです。「日本に来て感じるのは、なんでも完璧であろうとする文化です。電車は当たり前のように時間通りに来る。列を作って並ぶ。みんな持ち物や身なりに気を使っているし、女性はきれいに化粧をしている。でもそのような完璧さが、私たちフランス人には機械的に感じられて、まるでロボットのような自由のない世界に思えたのです」。あまり感情を表に出さない、間接的な言い回しをする、といった日本人独特のコミュニケーションの方法にも最初は戸惑いを感じたそうです。「でも、そこに住んでいる人にとってナチュラルな姿であれば、それはマイナス面ではないと思います。単に慣れれば良いだけの話です。今では、家族全員が日本の特色:信頼できる、正直、フレンドシップやパートナーシップを大切にする、に感謝しています。これは、生活の上でも、仕事の上でも同様です」。

image

図2

「日本に長期滞在して研究することをお薦めします」と語る、フィリップ・バンバデュ氏。ATF2のビームラインにて。


バンバデュ氏の滞在期間は、今年8月で一旦終了します。2年間住んだ日本への注文は?「実は不満らしき不満は無いのです。強いて言うなら住む場所を見つけることの難しさですね」。賃貸住宅への外国人の受入れは厳しい状況にあります。契約書は全て日本語、印鑑も必要です。「KEKの秘書さんや研究者のサポートがあって、大きな問題にはなりませんでした。外国人研究者には、日本に長期滞在すること、特に学生にはATFでの研究に携わることを大いにお薦めします」とバンバデュ氏。ATFでの研究に関わっていたフランス人の学生3名、ポスドク※22名の全員が帰国後すぐに職を見つけたということです。そのうちの2名は欧州合同原子核研究機構(CERN)に就職しました。中国からATFに来ていた大学院生たちも、中国高能科学院への就職を決めています。「日本のATFでの経験は、彼らの職務経歴書をとても魅力的なものにするという証拠です」。日本文化の理解や職務経歴書のアピールポイント。世界有数の実験の場の提供以外にも、ATFは活躍しているようです。

※1) ATF
先端加速器試験施設。国際リニアコライダー等の次世代加速器で必要となる、非常に高品質なビームの生成・制御技術を研究している。
※ 2)ポスドク
博士号取得直後に就く、短期の任期付きの職。

(ILC通信50号より)