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ナノ秒でビームを蹴る 2009.11.19 |
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〜 ATFで開発が進む先端加速器技術 〜 |
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一流のサッカー選手が蹴ったボールの最大速度は秒速30m。その速度に達するまで、わずか0.01秒しかかからないそうです。今回の話題は「高速キッカー」。とはいうものの、これはテレビ中継でサッカー選手につけられるキャッチフレーズではなくて、加速器の話です。そして、その速さは「ナノ秒」レベル。1秒の10億分の1という超高速なのです。 10億分の1メートルのビーム制御 子供のころに、よくレンズで太陽からの光を集めて黒い紙を燃やしたことがあると思います。遠く離れた太陽からの光が平行にやってくるため、レンズで1点に集めることができるからです。一方、蛍光灯からの光をレンズで集めても蛍光灯の形が映し出されるだけで、紙を燃やせるまで光を集めることができません。 このように、最後に電子ビームを小さく絞り込むためにも、あらかじめビームの中の電子たちの動きを平行にそろえてやることが大事です。特に超伝導技術でビームを加速する直線型衝突加速器国際リニアコライダー(ILC)では、最終的にビームをナノメートルサイズ(10億分の1m)に絞るため、ビームの平行度をあげる加速器が必要です。この平行度をあげる研究を行っているのが、KEKの先端加速器試験装置(ATF)です(図1)。 ATFは円形の加速器で、電子ビームをぐるぐると回すことで、平行からはずれた電子を振り落とし、さらに真後ろから電子たちを前に押し出すことを繰り返すことで、超平行ビームを作りだします(図2)。 円形の加速器で超平行にそろえられたビームは「キッカー」により蹴り出されて、ビームを絞り込むためのビームラインATF2へ移されます(図3)。 バンチの列車を路線変更 ILCで加速されるビームは「バンチトレイン」と呼ばれ、その名前のとおり数10億個の粒子のかたまり(バンチ)が列車のように連なっているものです。超伝導技術の特徴を活かして、大量の粒子を一気に加速するため、バンチの数は3000個超。それらのバンチが330ナノ秒間隔で連なり、その長さはなんと200〜300kmにも及びます。加速されたバンチトレインは、衝突頻度を上げるために「ダンピングリング」へと路線変更されます。しかし、この200kmを超える長いバンチトレインを丸ごと送り込むことのできるダンピングリングを作ろうとすると、単純に考えて、周長200kmという巨大建造物が必要になってしまいます。これは技術的にもコスト的にも現実的ではありません。そこでカギとなるのが高速キッカーの技術なのです。 現在計画されているILCのダンピングリングは、周長3〜6km。ここに、バンチとバンチの間隔を3〜6ナノ秒まで縮めたバンチトレインを「詰め込む」のです。ダンピングリングを周回して、粒子が揃ったきれいなビームが、取り出しラインから取り出されることになるのですが、この時、元の330ナノ秒間隔のビームに戻すことが必要です。キッカーが高速でなければいけない理由はここにあります。330ナノ秒♯間隔に戻すために、キッカーは、3〜6ナノ秒間隔で飛んでいるバンチと次のバンチの間のわずかな時間で起動し、特定の1個を狙って取り出します。そして、バンチを取り出したら、3〜6ナノ秒後にやってくる次のバンチに影響を与えないように、素早く立ち下がります。このように、330ナノ秒間隔になるように、オンオフをくり返してバンチを取り出し続けるのです。目にも留まらぬ速さどころか、思考が追いついて行かない速さです。 大電力半導体技術を用いる高速キッカー キッカーは、どの加速器にも使われている装置で、主にビームを「蹴る」ことで角度を変え、リングの軌道に沿うようにする役割を担っています。「しかし、これまでの技術でILCの要求を満たす速さのキッカーを開発することは困難でした」と語るのは、KEKの技師、内藤孝氏。これまでKEKのATFで使われてきたキッカーは「パルスマグネット」という磁石と、「サイラトロン」と呼ばれる大きな真空管スイッチのような電源とで構成されています。しかし、パルスマグネットは、ビームを蹴るのに十分な磁気を帯びるまでに60ナノ秒程度かかってしまい、サイラトロンは素早いスイッチ切り替えが苦手。ですから、この組み合わせでは、ILCの厳しい要求を満たすことができないのです。 そこで開発されたのが、「ストリップライン」技術を用いた高速キッカーです。このキッカーでは、パルスマグネットの代わりに「ストリップライン」が使われており、電源には「半導体スイッチ」が採用されています。この「ストリップライン」自体は新しい技術ではなく、KEKB加速器でも、バンチごとの振動を蹴り戻すフィードバック用に使われています。「これまでに蓄積されたデータから、ストリップラインをつかって3ナノ秒程度の高速での応答が可能という結果はでており、2007年に論文も発表しています。 でも、データで証明するのと実証するは話が違いました」と内藤氏は実証までの2年間を振り返ります。「KEKBで使っているようなバンチ振動のフィードバックという用途では、小さな蹴り角しか必要とされません。しかし、ダンピングリングでの入射、取り出しでは大きな角度が必要となり、高電圧をかけなければなりません」。ATFで目指した蹴り角は、1mあたり5mmという角度。しかし、実験で得られた数字は3mm。あと2mm足りないのです。現在2台設置されているストリップラインをもう2台増設すれば問題は解決するはずです。 しかし、ここで問題になったのがATFの物理的スペース。ATF内は、すでに様々な機材やケーブルなどで混み合っており、ストリップラインを増設することができなかったのです。「そこで、リングを周回しているビームの軌道を少しずらすとともに、磁石を使って、蹴ったビームだけを曲げるような設計にしました。条件の決まった中で当てはめていくのは非常に大変でしたね」。 10月下旬に行われた試験では、5.6ナノ秒♯間隔のビームを17個連続で取り出すことに成功しました。「データ上では2.2ナノ秒まで応答することがわかっており、ILCの要求である3ナノ秒間隔への対応は十分可能です」(内藤氏)。次回の試験は来年3月に予定されており、それまでに、さらに安定した動作技術の開発が進められる予定です。「デバイスが変わると、これまでの常識が全く変わってしまう。この高速キッカーは、その良い例だと思います」と内藤氏は語っています。 ILC通信42号より # 訂正 記事初出時、単位の記述に誤りがありました。
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