光と拓くポジトロニウム負イオンの実験

 

その粒子が発見されたのは、今から30年ほど前の事でした。その粒子の名は「ポジトロニウム負イオン」、電子2つとその反粒子である陽電子1つから成るイ オンです。発見以来、ほとんど進展することのなかったポジトロニウム負イオンの研究に、東京理科大学の長嶋泰之(ながしま・やすゆき)教授、KEK物質構 造科学研究所の兵頭俊夫(ひょうどう・としお)特別教授らの研究チームは、大きな一石を投じる実験を行いました。

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画像提供:長嶋研究室

図1 KEK低速陽電子実験施設のポジトロニウム負イオン ビームライン

ポジトロニウム負イオンはどうやってつくる?

ポジトロニウム負イオンは発見されてから30年ほどしか経っていない、まだ学問的に若い存在です。ですから、実験に利用できるほど大量にポジトロニ ウム負イオンを作る方法さえ、確立されていませんでした。長嶋教授らは、まず作りだすことから着手し、タングステン表面に陽電子ビームを入射することで、 ポジトロニウム負イオンを作って表面から取り出すことに成功しました。しかし、この方法での生成率は非常に低く、とても新たな展開はありえないものでし た。そこで、ポジトロニウム負イオンをたくさんつくるために、タングステン表面にセシウムを蒸着することを思いつきました。実際にやってみたところ、予想 をはるかに超え、発生するポジトロニウム負イオンの量が、文字通り桁違いに増えたのです。しかし、セシウムは劣化しやすく半日ほどでポジトロニウム負イオ ンの量が減ってしまうため、実験として使うには十分ではありません。耐久性を延ばすため、セシウムをナトリウムに代え、数日間性能を保つことを可能にしま した。

ポジトロニウム負イオンに光をあてる

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画像提供:長嶋研究室

図2 ポジトロニウム負イオンの光脱離の模式図

ポジトロニウム負イオンにレーザー光を照射すると、ポジトロニウムと電子に分かれる

このようにして得られたポジトロニウム負イオンに、レーザー光をあてて電子を一つ引き剥がす「光脱離」という現象を起こす実験を行いました(図 2)。生成されてからわずか0.5ナノ秒(ナノは10億分の一)ほどで消滅してしまうポジトロニウム負イオンにレーザーを当てるのは、容易なことではあり ません。それを可能にしたのが、ある一定時間にまとまって(パルス状に)陽電子を作りだすKEKの加速器だったのです。長嶋教授は「加速器からは陽電子 ビームがパルス状になって出てくるのでポジトロニウム負イオンもパルス状に作られます。そこにタイミングを合わせてレーザーを当てれば良いのですから、こ の実験にぴったり、都合が良かったのです」と語りました。

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(a)画像提供:長嶋研究室

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(b)画像提供:長嶋研究室

図3 (a)ポジトロニウム負イオン光脱離実験模式図

左上から延びる赤い矢印が陽電子パルスビーム。黄色い矢印がレーザー光、ただし実際は目に見えない赤外線レーザー光を用いた。標的に陽電子が当たるとポジトロニウム負イオンが作られる。

(b)ポジトロニウム負イオン生成標的部の拡大図

左から来る陽電子パルスビーム(赤色実線矢印)がタングステンの標的 (Na/W)にぶつかり、ポジトロニウム負イオンビーム (Ps、青色実線矢印)が出る。標的とグリッドAの間の電場によって加速されたポジトロニウム負イオンとレーザー光(黄色い矢印)がグリッドAとBの間でぶつかり光脱離がおこる。

ポジトロニウム負イオンからポジトロニウムへ

ポジトロニウム負イオンから電子を一つ取り除いた電子と陽電子のペアをポジトロニウムと言います。ポジトロニウムも、一瞬にしてガンマ線という光と なって消滅してしまいます。消えるまでのわずかな間に引き起こす物質との相互作用を、放出されるガンマ線を利用して観測すると、物質の情報を読み取ること ができます。もしポジトロニウムをエネルギー可変ビームにできれば、これまで得られなかった様々な情報が得られるはずです。

ポジトロニウム負イオンの光脱離の技術ができた意義を長嶋教授は次のように語ります。「ポジトロニウム負イオンを好きなエネルギーに加速して光を当 てれば、自由なエネルギーのポジトロニウムを作ることが可能になります。つまりポジトロニウムビームの実現に大きく一歩踏み出したことになります。」

この成果は米国の科学雑誌Physical Review Letters,vol.106,153401(2011)(オンライン版4月11日、現地時間)に掲載されました。

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