とうとう捉えた、電子型ニュートリノ出現の兆候

 

6月15日(水)東海−神岡長基線ニュートリノ振動実験(T2K実験※1) の測定結果に関するプレスリリースが発表されました。T2K実験グループは、2010年1月から2011年3月11日の東日本大震災までに取得された測定 データの分析を行った結果、電子型ニュートリノが出現した確率が99.3%であると公表しました。これは、電子型ニュートリノの出現の兆候をとらえた世界 で初めての成果と言えます。

T2K実験は、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)の主リングシンクロトロンでつくった大強度ニュートリノビームを、295km離 れた岐阜県神岡町の地下1000mに位置するスーパーカミオカンデに打ち込み「ニュートリノの振動」を研究するための実験です。

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図1 物理セミナーの様子

6月15日にKEK内で行われたT2Kに関する物理セミナーの様子、会場には多くの研究者が詰めかけました。

ニュートリノは、クォークや電子の100万分の1以下の重さしかもたない電気的に中性な素粒子です。他の物質と相互作用を起こすことが極めて稀なの で、その姿を捉えることは非常に難しく「幽霊粒子」とも呼ばれています。実際、太陽から放射されるニュートリノは、毎秒数百兆個も私達の体を通り抜けてい ます。

これまでの研究でニュートリノには、電子型ニュートリノ(νe)、ミュー型ニュートリノ(νμ)、タウ型ニュートリノ(ντ) の3種類(世代)があることがわかっています。これら3世代のニュートリノは、飛行しているうちに別のニュートリノへと変化します。これが「ニュートリノ 振動」と呼ばれる現象です。例えば、ミュー型ニュートリノが飛行するうちにタウ型ニュートリノに変化し、更に進むと、また元のミュー型ニュートリノに戻 る、といった現象が繰り返されるため「振動」と呼ばれています。

このニュートリノ振動は、ニュートリノに質量がある場合にのみ起きる現象です。1998年にスーパーカミオカンデで、宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線 から生じるニュートリノ(大気ニュートリノ)を観測し、ニュートリノ振動が初めて確認され、ニュートリノが質量を持つことが判明しました。大気のニュート リノは人間がコントロールすることは困難です。そこで、この現象をさらに調べるために、加速器を用いて作った「人工のニュートリノ」を使用する実験が行わ れるようになりました。それが、今回の「T2K実験」と、その前に大きな成果を残した「K2K実験」です。

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図2 T2K実験の概要

J-PARCで人工的に発生させたミュー型ニュートリノを295km離れたスーパーカミオカンデに向けて発射しています

T2K実験では、J-PARCとスーパーカミオカンデ両方でニュートリノを検出、ニュートリノの種類を調べ比較します。それぞれの検出器はミュー型 ニュートリノと電子型ニュートリノを検出することができます。J-PARCでつくるニュートリノビームはミュー型ニュートリノ。 J-PARC側と、スーパーカミオカンデ側の測定値を比較した結果、ミュー型ニュートリノが減っていたり、電子型ニュートリノが現れたりしていたならば、 ニュートリノ振動の「証拠」となるわけです。

T2K実験に先立ち行われたのが、茨城県つくば市のKEKの陽子加速器によって生成されたニュートリノを、250kmはなれたスーパーカミオカンデ に打ち込む、ニュートリノ振動実験「K2K実験」です。1999年6月の実験開始から2004年11月までに得られた全てのデータを解析した結果、ミュー 型ニュートリノから他のニュートリノへの振動が99.997%の確率で起こっている、ということが分かりました。

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図3 J−PARCにある前置ニュートリノ検出器

スーパーカミオカンデに打ち込むビームを事前にモニターしています。ここには、オンアクシス検出器とオフアクシス検出器とよばれる2種類の検出器があり、ニュートリノビームの安定性やエネルギー分布などを調べています。

T2K実験は、打ち込むニュートリノビームの強度をK2K実験よりも100倍あげて、K2Kでは見つからなかった「ミュー型ニュートリノが電子型 ニュートリノへと振動する証拠」を発見することが目的です。この証拠をつかむことができれば、ミュー、タウ、電子の3世代のニュートリノ間で振動現象(混 合)が起きていることを明らかにできます。そして、この3種類のニュートリノの混合が確認できれば「消えた反物質の謎」に迫る可能性が生まれます。

物質の構成要素である素粒子は「クォ−ク」と「レプトン」に分類されており、ニュ−トリノはレプトンに属する粒子です。クォークもニュートリノと同じように3つの世代を持っています。これまでの実験で、クォークは3世代の混合が起きること、そして「CP対称性(物質と反物質の対称性)の破れ」があることが確認されています※2。ニュートリノの世界でも、同じことが起きていることがわかれば、宇宙が誕生した時には物質と同じ量あったはずの「反物質」が、どうして見当たらないのか、という謎を解決する新たな手がかりが見つかる可能性があります。

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図4 スーパーカミオカンデで捉えられるチェレンコフ光(シミュレーション)

左が、水とミュー型ニュートリノの反応により発生したミューオンによってできるチェレンコフ光のリング。右が水と電子型ニュートリノの反応により発生した電子によってできるチェレンコフ光のリング。電子は電子と陽電子をシャワー状に発生(電磁シャワー) させるため、ぼやけたリングになっています。

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図5 電子型ニュートリノの反応の候補

円筒形をしているスーパーカミオカンデを展開した図。水と電子型ニュートリノの反応によって発生した電子によるチェレンコフ光が捉えられています。

今回、2010年1月から2011年3月11日までのデータの分析で、スーパーカミオカンデで観測された88個の事象のうち、電子型ニュートリノの反応の 候補が6個見つかりました。これより、統計的な計算を行うと電子型ニュートリノが出現したとする確率は99.3%とされ、T2K実験は電子型ニュートリノ 出現の兆候をとらえたと言えます。しかし、99.3%という確率は一見高いように見えて、科学的に立証したと言うには不十分です。ですから、今後はもっと 多くのデータを取り解析を進めることで、この確率を100%に近づけ電子型ニュートリノ出現の確証を得ることが必要です。  震災の影響によりJ-PARCの運転は停止されていますが、2011年中に復旧を完了し実験を再開できるように現在準備が進められています。

<補足説明>

※1 T2K実験
K2Kは「KEK to(=two=2)Kamioka」、
T2Kは「東海(Tokai)to(=two=2)Kamioka」の頭文字から名づけられた実験の愛称。

T2K実験は、12ヶ国(日、米、英、イタリア、加、韓、スイス、スペイン、独、仏、ポーランド、ロシア)から500人を越える研究者が参加する 国際共同実験です。日本からは高エネルギー加速器研究機構、東大宇宙線研究所、大阪市立大学、京都大学、神戸大学、東京大学、宮城教育大学の総勢約80名 の研究者と学生が実験の中心メンバーとして参加しています。
※2 CP対称性の破れ
CPとは「C(荷電変換)」と「P(パリティ変換)」を合わせたもののことで、粒子の電荷などを逆にした上で鏡に移した像のように反転させる変換のことで す。言い換えれば、粒子と反粒子の変換を行うことを意味します。そしてこのCPの変換を行っても、粒子と反粒子のふるまいが同じであることをCP対称性と 言います。しかし実際には粒子と反粒子のふるまいは異なっており、CP対称性は破れています。CP対称性の破れがどうしたら起きるのか、小林誠・益川敏英 両博士はクォークが3世代6個あればCP対称性の破れが起きることを理論的に示しました。この業績により小林誠・益川敏英両博士は2008年ノーベル物理 学賞を受賞しています。クォークのCP対称性の破れは、今の宇宙でなぜ反物質が消えてしまい、物質優勢の世界が形づくられたのかという謎を解く一つの鍵と 考えられています。

一方で、クォークのCP対称性の破れの理論だけでは、現在の宇宙の物質量を説明することができないことから、ニュートリノや電子などレプトンのCP対称性も破れを調べ、この謎を解明することが求められています。
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