KEKの記事で振り返る2011年
#ハイライト毎回の記事では個々の研究にスポットを当て、紹介をしてきましたが、 今回は年末企画として、紹介記事を通してKEKの2011年を振り返ります。
東日本大震災と放射線測定
事故直後に福島県内に飛散した放射能の成分を測定するKEKと理化学研究所の職員3月11日に発生した東日本大震災から9カ月が経ちました。被災地の一日も早い復旧・復興を願ってやみません。KEKのつくばと東海キャンパスも、震源地から約300km以上も離れていたにもかかわらず、震度6の大きな揺れに見舞われました。
津波によって起きた福島第一原子力発電所の事故に対応するために、KEKの放射線測定の専門家も様々な形で自治体などと協力して放射線の計測を行ってきました。
現在も環境放射線量のインターネット上でのリアルタイム公開を続けています。
世界初、電子型ニュートリノ出現現象の兆候を捉える
2010年5月に観測された電子出現事象の候補東海キャンパスの大強度陽子加速器施設J-PARCでは、全施設・設備・装置の被害箇所の詳細検査、修復、復元を行い、来年からの利用研究再開を目指しています。そんな中、T2K実験(東海-神岡間長基線ニュートリノ振動実験)は、震災前までに取得した全データを解析したところ、電子型ニュートリノに起因すると考えられる事象を6事象発見し、世界で初めて電子型ニュートリノ出現現象の兆候を捉えました。
電子型ニュートリノが物質と反応すると電子が生成されます。一方、電子型出現以外でも、ある確率で電子が生成されたとして検出される背景事象があります。今回のT2K実験においてこの背景事象の確率を評価したところ、1.5事象でしたので、今回検出した88のニュートリノ事象の中に電子型ニュートリノが出現したといえる確率は99.3%となり、これは電子型ニュートリノ出現現象の兆候を示唆する、世界で初めて得られた研究成果といえます。
SuperKEKBプロジェクト
Super KEKB震災により延期されていた開始式典を開催し、本格的にSuperKEKBの建設が始まりました。
SuperKEKBは、2008年に小林誠・益川敏英両氏のノーベル物理学賞受賞に貢献したKEK Bファクトリーの40倍の性能向上を目指すもので、測定器も高性能なBelle Ⅱ(ベルツー)測定器に高度化されます。
物質・生命の謎を解く
震災による被害とその後の電力不足により、フォトンファクトリーの運転は中断を余儀なくされ、4月から予定されていた共同利用実験が中止になりました。しかし、国内外の多くの放射光施設の協力により、フォトンファクトリーで予定されていた共同利用実験課題の多くが他の放射光施設で実施され、この分野の研究の遅れを最小限にとどめることができました。また、平行してフォトンファクトリーの復旧も急ピッチで進められ、稼働する機器をかき集めて5月末には試運転を始めることができました。試験運転期間中には、多くの共同利用者の協力で、震災前のビームとの性能の比較などを行ないました。その結果を踏まえて夏期に機器の再調整を行い、秋からは共同利用実験を再開することができました。
KEKフォトンファクトリーの放射光を用いて取得したイトカワ微粒子のX線回折パターン。完全非破壊で微粒子(100ミクロン程度)内部に存在する鉱物の種類と存在度を知ることができる。 画像提供:東北大学フォトンファクトリーからの成果として特に話題となったのは、小惑星イトカワから「はやぶさ」が持ち帰った微粒子を構成する鉱物に関する研究です。この実験に使用したビームラインBL-3Aはフォトンファクトリーの中でも特にX線強度が強く、微粒子に含まれるごく僅かな元素でも検出することができます。その結果、イトカワ微粒子が原始太陽系の初期の元素分別プロセスの痕跡を残していることが解明されました。今後、はやぶさが持ち帰った他の微粒子の分析も引き続きフォトンファクトリーで行なわれる予定になっています。
この他にも、フォトンファクトリーからは、物質科学・環境分野から10件、生命科学・医学分野から5件の研究成果を「ハイライト」として紹介しました。これらの成果の多くは震災以前に行われていた研究からのものですが、多くの研究者の努力によりほとんどの研究はすでに再開されており、来年も引き続き多くの研究成果がフォトンファクトリーから生まれることでしょう。
J-PARCからの成果としては、超高分解能粉末中性子回折装置SuperHRPD(ビームラインBL08)を利用し、液体電解質に代わる固体電解質として硫化物材料Li10GeP2S12の構造を調べ、リチウムイオン電池の歴史に一石を投じる新たな発見となったことを紹介しました。
物質や生命の謎を探る4つめのビームとして整備が進められている低速陽電子実験施設からは、電子2個と陽電子1個から成るポジトロニウム負イオンにレーザーを当てて、電子と陽電子が束縛したポジトロニウムと、電子1個に分離(光脱離)することに世界で初めて成功したことを報告しました。
先端加速器研究開発の進展
国際リニアコライダー(ILC)実現にむけた最重要課題のひとつである「高性能な空洞の量産」に向けて弾みがつく、うれしい記録が達成されたとの報告を記事としました。
S1グローバル試験の様子また、国際リニアコライダー(ILC)の心臓部である、超伝導加速空洞の一連の研究開発プログラムには、S0、S1、S2といった名前がついていますが、2010年から高エネルギー加速器研究機構(KEK)の超伝導RF試験施設(STF)で行われていた「S1グローバル試験」が2011年2月末に無事終了しています。
一方、超伝導加速空洞の性能試験を行っている際に空洞の発熱箇所を調べたところ、その周辺に原因不明のシミが見つかりました。現在は、超伝導空洞の「シミ対策」として、一番シミのできにくい洗浄方法を実践しています。
国際共同実験
QUIET望遠鏡KEKは数々の国際共同実験にも参加しています。南米チリのアタカマ高地において宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を精密に測定するQUIET実験で用いられている検出器が世界トップレベルの検出感度を持つことが分かりました。
MEG実験で用いられた液体キセノンガンマ線検出器の模式図。また、スイスにあるポールシェラー研究所の陽子サイクロトロンで作った大強度ミューオンビーム(ミュー粒子のビーム)を用いるMEG実験で、世界最高感度を持つMEG測定器で取得した2009年と2010年に取得したミュー粒子崩壊のデータを解析した結果、「ミュー粒子が光を放出して電子に変化する」現象がこれまで知られているよりも、5倍以上起こりにくいということが分かりました。
12月13日に、スイス・ジュネーブの欧州合同原子核研究機関(CERN)が、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)によるヒッグス粒子の探索に関してATLAS(アトラス)実験グループとCMS(シーエムエス)実験グループのそれぞれが最新の実験結果を発表しました。KEKはATLAS実験グループに参加しています。標準理論のヒッグス粒子が存在するとすれば、その質量は116から130GeVの領域(ATLAS実験)、あるいは115から127GeV(CMS実験)にありそうだということでした。ただし、ヒッグス粒子発見というにはまだまだ十分な統計量ではないとのことですが、2012年中に明らかにできるでしょうとのことです。
KEKは大学共同利用機関として、個々の大学では維持が難しい大きな設備を提供し、加速器を使った研究分野のネットワークの中心としての役割を果たしています。ご紹介してきた研究成果は、どれも様々な大学や研究機関から多くの人々がKEKに集って産み出されたものです。
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