標準理論と力の統一

 

物理学はより単純な法則で複雑な宇宙の現象を説明しようとする学問とも言えます。いまのところ、宇宙で働いているありとあらゆる力は、重力、電磁気力、弱い力、強い力の4つにまとめられます。重力は物などが引っ張り合う力のことです。リンゴが木から落ちるのも、月が地球をまわっているのも、リンゴと地球が引っぱりあっていて、月と地球が引っぱりあっているからなので、重力が原因です。引っぱりあう現象以外の、日常生活のほとんどすべての現象は電磁気力で起きます。物をたたいて変形させる力や、マッチを擦って火を燃やすこと、食物を食べて生物が生命活動をすること、などすべては電磁気力であることがわかっています。残った、弱い力と強い力は原子核より小さな世界で重要な役割を果たしています。

電気の力は、例えば、マイナス電荷同士が反発し合う力。磁気の力は、磁石のN極とS曲が引き合う力、として長らく認知されていたので、もともとは、電気の力と磁気の力は別種のものと考えられていました。ところが、19世紀の始めにデンマークの科学者、ハンス・クリスチャン・エルステッドが、回路に電流が通ると、磁石の向きが変化するという現象を発見し、電気と磁気が無関係ではないことに気がつきました。更に、イギリスのマイケル・ファラデーは、ドーナツ型をした鉄の右側と左側にコイルを巻き付け、一方のコイルAには電池をつなぎ、もう一方のコイルBには電流を測る機械をつないだ装置を作りました。そして、コイルAの電池をオンにして電流を流し始めるか、あるいは、オフにして電流を止める時に、コイルBに電流が生じる現象を発見しました。コイルAに電流が流れることで、磁場が生じますが、その磁場の大きさが変化するとコイルBに電流を生じます。これらの現象を踏まえ、イギリスのジェームズ・クラーク・マクスウェルが、電気と磁気の法則を4つの式にまとめ、電気の現象と磁気が関わる現象は、「電気」、「磁気」と明確に2つに分けて考えることができないことを示しました。以来、この2つの力は「電磁気力」というひとつの力の2つの顔と考えられています。電磁気力は、「力の統一」という考えの成功モデルになっています。


図1 電磁誘導

1905年、金属に光をあてると電子が飛び出す現象「光電効果」の考察から、アインシュタインが光の本質は粒子であると発表します。同年、アインシュタインは特殊相対性理論も発表し、質量があるものは光速度では移動できないことを明らかにします。つまり、光の粒子・光子の質量はゼロです。20世紀前半には、さらに電子や光子の粒子の性質や波の性質を取り扱う「量子力学」が発達し、ついに、マイナスの電荷同士が反発するなどの電磁気力が働く現象では、光子が交換されていることが判明しました。

また、「強い力」においても質量がゼロの粒子・グルーオンが交換されると考えられるようになりました。質量がゼロで、力を伝える粒子を「ゲージ粒子」、その伝わる力を「ゲージ力」と呼びます。光子やグルーオンは、ゲージ粒子です。一方、「弱い力」はW、W、Z粒子によって働きますが、いずれも陽子の80倍もしくは90倍の質量を持っています。弱い力は、電磁気力や強い力とは異なる力なのでしょうか。この状況を変えたのが「ヒッグス機構」の考えです。


図2 ヒッグス機構の模式図

その考えによれば、もともとはSU(2)(エス・ユー・ツー)とU(1)(ユー・ワン)と名付けられた2つのゲージ力があり、それぞれに質量ゼロの力の粒子3つと、質量ゼロの力の粒子1つが対応していました。空間(真空)には、もともと4つのヒッグス場が存在していたとも考えられ、3つのヒッグス場と4つのゲージ粒子の場が混じりあいます。その結果、「弱い力」を伝える重い粒子、W、W、Z粒子、「電磁気力」を伝える光子、そして残ったひとつのヒッグス場によるヒッグス粒子が存在する、と考えたのがヒッグス博士らが提唱したヒッグス機構です。

7月にヒッグス粒子と見られる粒子が発見されました。これは何を意味するのでしょうか。それは「「弱い力」も、ゲージ力の変形版ではないか?」との考えに対する最後の決定打を長年欠いていたのですが、どうやらいよいよ本当らしいという様子を見せてきた、ということです。

つまり、ヒッグス機構を取り入れた「標準理論」は、「取り扱う3つの力の基礎をゲージ力と考える」という意味において、更に、色々な粒子に質量を与えるもととして想定したヒッグス場に由来するヒッグス粒子(らしきもの)も実在しそうだ、という意味においても、「力の統一に向けて大きく一歩進んだ理論」と言うことが出来る、というわけです。

しかし、ひとつの力がそれぞれの場面によって3つの力に見える、という「力の統一」には至っていないため、これが標準理論の限界だと考えられています。加速器を使って「標準理論を超える理論」が探し求められているのは、これも理由のひとつです。

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