「光で作られた隠れた準安定相の発見」が注目論文に選出

 

平成25年2月21日

報道関係者各位

国立大学法人 筑波大学
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構


研究成果のポイント

1. 光励起でプルシャンブルー類似体の新しい磁気状態を実現
2. プルシャンブルー類似体に光スイッチ材料※1としての応用の可能性


国立大学法人筑波大学【学長 山田信博】(以下「筑波大学」という)数理物質系【系長 三明康郎】守友浩教授グループは、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構【機構長 鈴木厚人】(以下「KEK」という)物質構造科学研究所 足立伸一教授との共同研究により、熱では相転移を示さないコバルトプルシャンブルー類似体に対してフェムト秒レーザー※2で光励起を行い、コバルト原子の価数状態の時間発展を調べたところ、大きなスピンをもつCo2+の寿命が32ナノ秒と極端に長いことを見出しました。このような長寿命は、新しい磁気状態(準安定状態)の形成を強く示唆しています。この成果は、日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の2013年3月号に掲載され、その号の注目論文※3(Papers of Editors' Choice)に選ばれました。

研究の背景

強い可視光で固体を光励起すると相転移※4が誘起されることが知られています。これを光誘起相転移と呼び、近年、精力的な研究がなされています。通常の熱励起では、全ての低エネルギーの準粒子(格子振動、スピン波等)の励起を通じて、新しい物質相への相転移(光誘起相転移)が誘起されます。これに対して、光励起は電子系を共鳴的に励起することができます。つまり、光励起と固体中の相互作用を上手に組み合わせれば、熱励起では到達できない相(準安定状態)に到達できる可能性があります。


図1:プルシャンブルー類似体の模式図。シアノ基(棒)に架橋された遷移金属(小さな球)がホスト格子を形成する。このホスト格子の空隙をゲストであるアルカリ金属イオン(大きな球)が占有する。

プルシャンブルー類似体(AxM[Fe(CN)6]yzH2O:Aはアルカリ金属、Mは遷移金属)は、図1に示すようなジャングルジム構造を形成します。遷移金属で構成されるホスト格子に、アルカリ金属イオンをゲストとして取り込む構造をしており、その量を電気化学的に制御できる特徴をもちます。この物質系は、古くは顔料(プルシャンブルー)、最近では、エレクトロクロミズム、セシウム除去剤、二次電池正極材料の有力候補として注目を浴びています。プルシャンブルー類似体の中でもコバルトプルシャンブルー類似体は顕著な相転移を示し、例えばNa0.15Co[Fe(CN)6]0.715.8H2O薄膜(NCF71)は、温度上昇にともない210K付近で、薄膜の色が紫から赤に変化します。この色変化は、(1)FeサイトからCoサイトへ協力的な電荷移動(電荷移動相転移)、(2)低スピンCo3+から高スピンCo2+へのスピン転移、によるものですが、Na0.79Co[Fe(CN)6]0.902.9H2O薄膜(NCF90)では、この電荷移動相転移は起こりません。これは、NCF90薄膜ではCo周りの配位場※5が強く、高スピンCo2+が不安定化したためです。

本研究グループは、相転移の際のコバルトイオンの状態を調べるため、熱では相転移を示さないNCF90薄膜に対してフェムト秒レーザーで光励起を行い、コバルト原子の価数状態の時間発展を計測しました。

研究内容と成果


図2:(a)光励起あり(on)となし(off)の条件におけるCoのK吸収端付近のX線吸収スペクトル。(b)差分X線吸収スペクトル(○)。実線は、高スピンCo2+のX線吸収スペクトル(Φ(HSCo2+))と低スピンCo3+のX線吸収スペクトル(Φ(HSCo3+))との差分X線吸収スペクトル。

実験はKEKフォトンファクトリーのNW14Aビームラインで行われました。NCF90薄膜のCoのK吸収端付近の時間分解X線吸収分光※6を行ったところ、光励起により高スピンCo2+が形成されていることが分かりました(図2)。形成された高スピンCo2+の濃度(0.007/Co)は励起光子密度(0.005/Co)と同程度、高スピンCo2+の立ち上がり時間が装置分解能(100ピコ秒)以下で、寿命は32ナノ秒でした。筑波大学数理物質系を含む研究グループは、過去に、NCF90薄膜の格子定数※7の時間発展を報告(Y. Fukuyama, et al. Applied Physics Express 3(2010) 016601)しており、それによると、フェムト秒レーザーで光励起を行うと格子定数はわずかに(0.05%)増大します。格子定数増大の立ち上がり時間は装置分解能以下(100ピコ秒)、寿命は少なくとも1ナノ秒以上です。これらの実験結果より、コバルトプルシャンブルー類似体における準安定状態とは、『格子が一様に広がった低濃度の高スピンCo2+不純物が存在する状態』であることが明らかになりました。

今後の展開

放射光X線光源※8とフェムト秒レーザーシステムを同期させることにより、コバルトプルシャンブルー類似体には隠れた準安定相が存在することを突き止めることができました。しかしながら、放射光X線光源では、X線パルスの幅(100ピコ秒)のため、その内側の時間で何が起こっているかを知ることができません。次世代光源である理化学研究所のX線自由電子レーザー(SACLA)を駆使した研究や、KEKで実証機の検証が始められようとしているエネルギ-回収型線形加速器(ERL)により、この「不可知」の時間領域における相転移ダイナミクスが明らかになると期待されます。また、将来的には、コバルトプルシャンブルー類似体が光スイッチ材料として応用できる可能性があります。

用語解説

※1 光スイッチ材料
光照射により状態が変わる物質。光メモリーや光回路に応用することができる。

※2 フェムト秒レーザー
0.0000000000001(10-13)秒という短い時間だけ光るレーザー。このレーザーを利用することにより、光励起後に固体がどのように変化するかを調べることができる。

※3 Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ) 注目論文
JPSJは日本物理学会の国際ジャーナルで、全ての物理学分野の優れた論文を毎月30-40報出版している。物理学会編集委員会は、その中から学術的に優れた論文を毎月1-2報、Editors' Choiceとして選定している。

※4 相転移
固体の状態が別の状態に変化すること。例えば、氷が水に変化すること。

※5 配位場
イオンを取り囲む配位子がイオンに及ぼす影響。この影響が強くなるとスピンが消失する。

※6 時間分解X線吸収分光
電子が吸収するX線スペクトルから原子の価数やスピン状態を知る実験手法をX線吸収分光と呼ぶ。時間分解X線吸収分光とは、光励起後に原子の価数やスピン状態がどのように変化するかを調べる実験手法。

※7 格子定数
固体の周期性の間隔。コバルトプルシャンブルー類似体の場合はCoとそこから最も近くに位置するCoとの間の距離。

※8 放射光X線光源
光速近くにまで加速した電子の円運動を利用した高輝度X線光源。国内には、理化学研究所のSPring-8(兵庫県)とKEKのフォトンファクトリー(茨城県)などがある。

掲載論文

題名: Photoinduced Phase Transition into a Hidden Phase in Cobalt Hexacyanoferrate as Investigated by Time-Resolved X-ray Absorption Fine Structure
著者: Yutaka Moritomo, Hayato Kamioka, Takayuki Shibata, Shunsuke Nozawa, Tokushi Sato, Shin-ichi Adachi
ジャーナル名: Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ), vol. 82 (2013)
発行日: 2013年2月1日

問合わせ先

守友 浩 (モリトモ ユタカ、筑波大学 数理物質系 教授)
E-mail: moritomo@sakura.cc.tsukuba.ac.jp
Tel:029-853-4337

上岡 隼人 (カミオカ ハヤト、筑波大学 数理物質系 助教)
E-mail: kamioka@sakura.cc.tsukuba.ac.jp
Tel: 029-853-4220

足立 伸一 (アダチ シンイチ、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授)
E-mail: shinichi.adachi@kek.jp
Tel: 029-879-6022

関連サイト

筑波大学数理物質系・数理物質科学研究科
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
高エネルギー加速器研究機構 放射光科学研究施設フォトンファクトリー
フォトンファクトリー 時間分解X線回折実験ステーションNW14A
高エネルギー加速器研究機構 ERL計画推進室

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