有限温度密度QCDに関する研究会を開催

 


有限温度密度QCD研究会の様子

1月20日(月)~22日(水)、KEKつくばキャンパスにおいて「Lattice QCD at finite temperature and density」と題する研究会が開催されました。この研究会は有限温度密度QCD(Quantum Chromodymanics:量子色力学)※1に関する講演を通してQCD相図(図1)研究の現状、および今後の発展に向けた課題を議論するもので、国内外の研究者による17の招待講演を元に52名の参加者が活発な議論を繰り広げました。

宇宙初期に存在したとされるクォーク・グルーオン・プラズマ※2は、現在でも中性子星内部に存在すると考えられています。この高密度物質の理解には、有限温度密度下でのQCDの性質の解明が必要です。研究会のタイトルになっているLattice QCD(格子QCD)は、コンピュータを用いてQCDを計算する方法です。QCDは解析が難しい理論として知られていますが、格子QCDの発展によって、クォーク・グルーオン・プラズマ相への相転移の温度や相転移次数、クォーク・グルーオン・プラズマの状態方程式の計算などが可能になりました。有限密度の格子QCDシミュレーションには符号問題※3と呼ばれる難しい問題がありますが、符号問題を回避するための手法も発展してきています。


図1 予想されるQCD相図。
クォークとグルーオンは温度と密度に応じて異なる状態をつくる。低温低密度(左下)ではクォークは陽子や中性子などのハドロン内に閉じ込められているが、高温や高密度ではクォーク・グルーオン・プラズマ状態へ相転移すると考えられている。
近年は、米国ブルックヘブン国立研究所の重イオン衝突型加速器 RHIC※4で発見されたクォーク・グルーオン・プラズマの強結合性や、QCD臨界点※5の温度と密度を特定するための新しい実験、符号問題に対する方法の改良などが精力的に議論されています。研究会では、有限温度格子QCDの新しい方法、QCD臨界点の位置や相対論的重イオン衝突実験との比較、符号問題に対する方法の改良や新しい方法に関する発表がありました。符号問題解決の候補の1つである複素ランジュバン法と、最近提唱された新しい方法であるLefschetz Thimbles(レフシェッツ・シンブル)法を用いる研究者の間で白熱した議論が繰り広げられる一幕もありました。

このような議論を通して、ますます有限温度密度格子QCDの研究が発展することが期待されます。

用語解説

※1 有限温度密度QCD
原子核や初期宇宙、中性子星の内部に存在するクォークやグルーオンが温度や密度を持つ状態を、素粒子の基礎理論のひとつであるQCD理論を使って解明しようとする学問。

※2 クォーク・グルーオン・プラズマ
クォークとグルーオンがスープのように交じり合った状態。初期宇宙のような高温下で存在したと考えられている。また現在では、RHICなどの実験施設でも実験的に生成されている。

※3 符号問題
格子QCDシミュレーションではクォークやグルーオンの状態を決めるために確率的なプロセスを用いている。この確率に対応する量が複素数になって振動し、シミュレーションが出来なくなることがある。対応する量の符号が正負の振動を繰り返すことから、この問題は符号問題と呼ばれている。格子QCDでクォーク密度の実部が非ゼロの場合に符号問題が発生する。このため、有限密度系の研究は格子QCDシミュレーションの中でも難問と考えられている。

※4 RHIC
RHICは、米国ブルックヘブン国立研究所にある実験施設。相対論的重イオン衝突実験によってクォーク・グルーオン・プラズマを作り出している。現在、RHICではビームエネルギー走査実験と呼ばれるQCD臨界点(図の赤丸)を探す実験が行われている。

※5 QCD臨界点
図1の臨界点より右側(高密度側)の境界線の上下では、水と水蒸気のように、ハドロン状態とクォーク・グルーオン・プラズマ状態で明確な違いがあるが、臨界点の左側(低密度)の境界線上下では、状態の明確な違いは現れないと考えられている。QCD臨界点の密度と温度を特定することはQCDを理解する上で重要であることから、実験、理論、計算科学で精力的に研究が進められている。

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