「CP対称性の破れ」発見から50年

 

~Belle実験とBaBar実験、小林・益川理論実証の記録を共同出版~

平成26年7月11日

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
CP対称性の破れ50周年記念イベント組織委員会

【発表のポイント】

○「CP対称性の破れ」発見から50年にあたる本年、小林・益川理論の実験的な証明を競い合ってきた日米二つの実験グループ、Belle(ベルBaBar(ババール)※1が、1999年から2014年までの実験成果のすべてを『Bファクトリーの物理』と題した共同出版として準備中

○B中間子崩壊によるCP対称性の破れの検証の全体像がこの出版物によって明らかに

【背 景】

1993年、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の前身である高エネルギー物理学研究所とアメリカ西海岸にあるSLAC国立加速器研究所は、宇宙の存在の根幹に関わる物質と反物質のわずかな違い、すなわち「CP対称性の破れ」を突き止めるための大掛かりなプロジェクトをそれぞれ開始しました。

CP対称性の破れは、K中間子の崩壊実験の観測から、1964年に初めて発見されました※2。この発見にヒントを得た小林誠博士(現・KEK特別栄誉教授)、益川敏英博士(現・名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長)は、1973年、小林・益川行列(KM matrix)で知られる画期的な理論、「小林・益川理論」を提唱しました。

この小林・益川理論の予測を確かめるために、太平洋を隔て、ともにBファクトリーと呼ばれる日米二つのプロジェクトが立ち上がり、bクォークから作られるB中間子の崩壊を観察する実験とそのための巨大加速器施設の建設にしのぎを削りました。それぞれの実験はBelle(ベル=KEK、日本)、BaBar(ババール=SLAC、アメリカ)と名付けられ、ライバルの進捗を窺いあいながら急ピッチで準備をすすめ、1999年ほぼ同時に運転を開始しました。そして、加速器・測定器の性能向上と発見に向けた、はげしい先陣争いの末(図1)、日米の両実験グループは、2001年小林・益川理論が予測する大きなCP対称性の破れの検証に共に成功、ローマで行われたLepton Photon 2001という国際会議にて同時に成果発表を行いました。

Belle実験は2010年に、BaBar実験は2008年に実験を終了しましたが、実験によって得られたデータ解析はその後も続き、2001年より2014年までの13年間で、bクォークとそれが作るB中間子のさらに多様で精密な研究が積み重ねられました。2014年7月現在で発表論文の総数は両実験あわせて1000を数え、小林・益川理論を基礎とした素粒子の標準理論を確固としたものとしました。そうした研究成果が2008年に小林・益川両博士のノーベル物理学賞授賞へと結実し、さらに2008年以降現在に至る研究では、小林・益川理論を超えた新現象を探るため、B中間子の様々なCP非対称性の精密な測定、超稀崩壊現象の測定による研究を深化させてきました。また4クォーク状態のエキゾチック粒子の発見※3など、予測もしていなかった分野の物理学においても画期的な成果がもたらされました。このように、ふたつのBファクトリー実験は、小林・益川理論が対象としたCP対称性の破ればかりでなく、B中間子の全体像、さらに数多くの素粒子現象を解明してきたわけです。

【発表内容】

こうしてはげしく競い合いながら、素粒子物理学実験史上まれに見る、膨大な成果をあげてきた永遠のライバル、Belle実験とBaBar実験の研究者たちが、21年後の夏、今度は手を携えて一冊の集大成をまとめました。『Bファクトリーの物理(The Physics of the B Factories)』と題された900ページに及ぶこの大冊は、両実験に属する1000人に上る研究者による成果のすべてがまとめられ、彼らがこの20数年間に流した汗と涙の結晶ともいえる大作となりました。この合同著作の準備は、記念すべき小林・益川ノーベル賞受賞の年(2008年)に開始され、6年にわたる幾多の国際会合ののち完成されたことになります。

今年は、1964年に始まるCP対称性研究の50周年にあたり、それを記念して7月10-11日に、ロンドンのQueen Mary大学において、関連分野の研究者が集まる国際会議が開催されます。Belle実験の元代表としてKEK素粒子原子核研究所の山内正則所長が、またBaBar実験の元代表として現沖縄科学技術大学院大学のジョナサン・ドルファン学長が、そして小林誠KEK特別栄誉教授も参加します。会議の席上、この記念すべき集大成である『Bファクトリーの物理』のプレプリントが、Belle、BaBar両実験の研究者より、1964年にCP対称性の破れを最初に発見し1980年にノーベル物理学賞を受賞したジェイムズ・クローニン博士(現・シカゴ大学名誉教授)と小林誠特別栄誉教授に贈呈されます。

【今後の展開】

KEKにおいては、Belle実験を支えたKEKB加速器、Belle測定器は、ともにアップグレード中であり、ルミノシティーを40倍に増強したスーパーKEKB加速器と、さらに高性能化したBelle II測定器から成るスーパーKEKBプロジェクトとして生まれ変わります。このプロジェクトでは、B中間子やタウ・レプトンの崩壊の精密測定から小林・益川理論を超える新物理の発見をBelle II実験として目指します。


タイトル: "The Physics of the B Factories"
(和訳:Bファクトリーの物理)
URLhttp://arxiv.org/abs/1406.6311v2 [Cornell大学図書館 arXiv.org]


【参考図】


図1 実験立ち上げ初期における加速器の性能をめぐるBelle実験とBaBar実験の競争

【お問い合わせ先】

<研究内容に関すること>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
素粒子原子核研究所 教授 / Belle実験・Co-spokesperson
堺井 義秀(さかい よしひで)

<報道担当>
高エネルギー加速器研究機構 広報室
報道グループリーダー 岡田 小枝子(おかだ さえこ)
TEL: 029-879-6046 FAX: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

【用語解説】

※1 日米二つの実験グループ、Belle(ベル)とBaBar(ババール)
Belle実験は、高エネルギー加速器研究機構のKEKB加速器を使って作り出したB中間子と反B中間子の崩壊の様子を、Belle測定器で精密に観測する実験であり、国際共同実験として、世界15の国と地域の59研究機関から約400人の研究者が参加。1999年から2010年まで行われていた。

BaBar実験は、SLAC加速器国立研究所のPEP-II加速器を使って作り出したB中間子と反B中間子の崩壊の様子を、BaBar測定器で精密に観測する実験であり、国際共同実験として1999年から2008年まで行われていた。

両実験ともに、運転終了後も蓄積された莫大なデータの解析が精力的に続けられており、引き続き数多くの発見がそこから生まれている。

※2 CP対称性の破れの発見
ジェイムズ・クローニン博士とヴァル・フィッチ博士は、ストレンジ・クォークを含む中性のK中間子がストレンジ・クォークを含まないパイ中間子に変化(崩壊)する現象から、粒子と反粒子の間で性質が異なる、いわゆる「CP対称性の破れ」を発見。1980年、ノーベル物理学賞を受賞した。

※3 4クォーク状態のエキゾチック粒子の発見
通常の粒子は2つないしは3つの素粒子から成るが、2007年、Belle実験で4つの素粒子から成り、しかも荷電した粒子Z(4430)が世界で初めて観測された。本年4月、CERNのLHCb実験がこの観測事実を追試によって確認し、この粒子の存在はほぼ確定的となった。この成果は、クォークの状態を決める法則のひとつとされてきた量子色力学(QCD)の解釈に大きな変革をもたらし、宇宙物理学の議論にも大きな影響を及ぼすとみなされる。

関連サイト

CP対称性の破れ50周年記念イベント (Queen Mary University of London)
高エネルギー加速器研究機構 加速器研究施設
Belle実験
Belle II実験
SLAC国立加速器研究所
BaBar実験

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