大型低温重力波望遠鏡KAGRAの運転開始迫る

 

人類初の「重力波」の観測を目指した、大型低温重力波望遠鏡KAGRAの観測開始がいよいよ迫ってきました。

大型低温重力波望遠鏡KAGRA全体図(画像提供:東京大学宇宙線研究所)

KAGRAは、現在、岐阜県飛騨市神岡町に建設されている新しい時代の望遠鏡です。 望遠鏡と言えば、すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡、多くの電波望遠鏡のように、山頂や宇宙空間のような空気の影響を可能な限り避ける場所を選んで、宇宙から届く光や電波を受ける望遠鏡を想像するかもしれません。 しかし重力波望遠鏡は、「地下から宇宙を観測する望遠鏡」です。そんな常識破りの望遠鏡でとらえようとしている「重力波」とは、いったいなんでしょうか?

重力波をとらえる意義

重力波は、かの有名なアルバート・アインシュタイン博士が考え出した一般相対性理論を解くことによって、その存在が予言されている重力の波動現象です。 その存在は、1979年にハルス博士とテイラー博士によって間接的には証明されました。 しかし、その重力波が装置を使って直接的に検出されたことはいまだかつてありません。

人類は誕生して以来、まずは光でこの世の中を理解し、特にこの200年の間には、光の仲間である電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線の存在を知ることにより自然への理解を深め、応用することで生活を豊かにしてきました。 今、これに重力波が加わろうとしています。しかも重力波は光の仲間ではないので、光の仲間では見えない世界が見えるのではないかという期待がかけられています。 宇宙誕生の瞬間、ブラックホールが誕生する瞬間もみえるようになるでしょう。

重力波はどうやってとらえる?

重力波が来ると、二つの離れた物体の距離が、重力波の周期で伸びたり縮んだりするようになります。 重力波望遠鏡は、この伸縮をとらえる、いわば長さ計測装置です。 しかし、その重力波による伸縮の効果は非常に小さく、たとえば、地球と太陽の距離(1億5千万 km)が水素原子1個分(0.1 nm)動く程度でしかありません。 それを地球上で検出するためには、約3 kmの直線距離に対し、1兆分の1のさらに1億分の1 mの変化をとらえる必要があります。 世界各国で行われている技術開発により、すでにこの3〜10倍の大きさのものを検出できる能力の開発には成功しています。 そして現在、目標検出能力の達成をめざし、各国で巨大な重力波望遠鏡を建設中です。

KAGRA重力波望遠鏡の目標検出感度を達成するための協力体制

重力波が引き起こす伸縮が非常に小さいため、望遠鏡を揺り動かすありとあらゆる原因が雑音となりえます。 特に大きく揺り動かすものが、地面の振動と、装置の熱振動です。 KAGRAでは、その影響を十分に取り除くための戦略や技術開発を、東京大学宇宙線研究所が主導しながら、高エネルギー加速器研究機構や自然科学研究機構国立天文台も主要な推進機関として行っています。

例えば東大宇宙線研究所は、地面の振動の影響を避けるために、そもそも地面の振動が小さい場所をKAGRAの建設場所として選定しました。 それが、旧神岡鉱山内の地下200 m以深に新たに掘削した地下トンネル空間です。 地面振動は地表に比べて1/100以下と小さくなっており、特に1 Hz以下の振動が小さいことが、重力波望遠鏡の安定的な運用に欠かすことのできない利点となっています。 KAGRAは3 kmの2本の腕をL字型に組み合わせた形をしており、トンネルの総掘削量は外部からのアクセス部と干渉計が設置されるアーム部を合計して7700 m余に達しましたが、1年10か月という短期間で完成されました。

ただ、このように地下に設置するだけでは、まだ地面振動の影響が残っていますので、鏡をその振動からさらに防ぐ高性能な装置が必要になります。 この鏡防振装置を主に開発しているのが国立天文台です。 国立天文台は、重力波望遠鏡TAMA300(腕の長さ300 m)を東京都三鷹市の国立天文台構内に設置し、1999年に世界に先駆けて重力波観測を開始しました。 非常に精密な振り子や特殊なばねを用いて鏡を振動から守る技術を開発し、TAMA300では世界最高の感度や1000時間を超える世界最長の連続観測を実現しました。 ここで培った技術が、KAGRAにも活かされています。

さらに、望遠鏡の心臓部である鏡が熱を持っていることが原因で起こる熱振動も重力波信号をかき消す原因になります。 この熱振動を低減するための装置を開発してきたのが、高エネルギー加速器研究機構です。 熱振動は鏡を極低温に冷却することで抑えられますが、冷却のために余分な振動を持ち込まないように「静かに冷やす」事が求められます。 高エネルギー加速器研究機構では2000年代前半に小型冷凍機を用いた極めて振動の小さい冷凍ユニットを開発し、低温重力波検出器プロトタイプCLIOで性能実証を行いました。 この技術がKAGRAにも受け継がれて、鏡とその周囲の防振制御装置を極低温に冷却する冷凍機ユニットと、それらを納めるクライオスタットに活かされています。

また、極低温化鏡を含むKAGRAの光学系は全て共通の超高真空中におかれます。 光の通る腕部分は直径800 mm、長さ合計6 kmの巨大な真空容器ですが、トンネル中に設置するためベーキングを行わずとも超高真空が実現するように、加工と表面処理が施されています。 これら、いわばKAGRAの骨格を成す装置群の設計・製作・設置には、高エネルギー加速器研究機構が培ってきた加速器科学の基盤技術が活かされています。

このように、重力波望遠鏡の感度性能を直接左右する部分の開発には、主要三機関が主導的にたずさわっていますが、その他にも、重力波望遠鏡を望遠鏡として運用するには、真空装置、レーザー装置、補助光学装置、望遠鏡制御装置、データ取得装置、データ解析手法など様々な部位の開発が必要で、それらは、国内外の多くの大学や研究機関の協力を得て推進されています。

KAGRA完成式典には、国立天文台の林台長(左から2番目)、KEKの山内機構長(左から3番目)、宇宙線研の梶田所長(中央左)らが出席

KAGRAによる重力波観測

KAGRAの設置に必要なトンネルの掘削は、2014年3月に完了しました。 その後レーザー光源や真空ダクト、真空容器(クライオスタット)といった装置の開発と設置を進め、このたび重力波の観測に必要な第一期実験施設がほぼ完成しました。 装置の調整を行ったのち、2015年度中に重力波の試験観測を行う予定です。 さらに性能を高めた第二期実験施設が完成する2017年度には重力波の本格観測開始を行い、世界初の重力波直接観測を目指しています。

重力波天文学の創生に向けて

重力波の初検出を目指して、世界の主要国がしのぎを削っています。 アメリカは、腕の長さが4 kmあるLIGO(ライゴ)という重力波望遠鏡を2台建設し、目標感度まであと3倍程度まで肉薄しています。 ヨーロッパでは、主に、イタリア、フランス、オランダなどが協力し合いVIRGO(ヴァーゴ)という重力波望遠鏡を建設し、さらなる高性能化を進めています。 ただ、重力波信号の検出を確信をもって世に宣言するには、1台だけでは心もとないので、KAGRAを含めた複数台の重力波望遠鏡のデータを持ち寄り、信号の信頼性を高めることは必須です。 将来は、これらの重力波望遠鏡が観測ネットワークを構成し、重力波天文学を創生することを目指しています。

クライオスタットの組み立て作業の様子

組み立てが完了したKAGRA

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