ニュートリノ振動とKEK

 

2015年のノーベル物理学賞は、「ニュートリノが質量を持つことを証明したニュートリノ振動の発見」に対して、東京大学宇宙線研究所の梶田隆章所長(スーパーカミオカンデ実験グループ)、およびカナダ・クイーンズ大学のArthur B. McDonald博士(サドベリー・ニュートリノ観測所)が共同受賞され、12月10日にスウェーデンのストックホルムで授賞式が行われました。梶田氏の発見は岐阜県飛騨市神岡町に設置されたスーパーカミオカンデという実験装置によって達成されたものです。KEKもスーパーカミオカンデを使ったニュートリノ振動実験に深く関わっています。

ニュートリノ振動とは

飛行中に異なる型のニュートリノに変わる「ニュートリノ振動」

素粒子であるニュートリノは、これまでに3種類存在することが知られてきました。それぞれに対になる相棒の素粒子、電子やミュー粒子、タウ粒子があり、そのためそれぞれを電子型ニュートリノ、ミュー型ニュートリノ、タウ型ニュートリノと呼んでいます。

ニュートリノは他の素粒子となかなか反応してくれないために、質量という基本的な性質さえまだ測定できていません。ニュートリノは見つかった当初から質量はゼロに近いと考えられており、長年にわたって標準理論のなかでは質量がゼロの素粒子として位置づけられてきました。

「ニュートリノ振動」とは、ある型のニュートリノが飛行中に別の型のニュートリノに変化し、それがまた元の型のニュートリノに変化するといった、「型」がくるくると変わる現象をいいます。ニュートリノが反応した時に対になっている、電子やミュー粒子、タウ粒子を観測し、ニュートリノの型を判別することで型の変化がわかります。


地球を通過する間にミュー型ニュートリノがタウ型に変化している

スーパーカミオカンデがニュートリノ振動を発見

スーパーカミオカンデは、戸塚洋二元 KEK機構長(当時は東京大学宇宙線研究所教授)の指揮の下、小柴昌俊 東京大学特別栄誉教授が作ったカミオカンデの後継機として1996年に完成しました。50,000トンの超純水を蓄えるタンクと、11,200本の光電子倍増管からなるニュートリノ観測装置です。

梶田氏を含むスーパーカミオカンデ実験グループは、宇宙から飛んでくる陽子が大気と衝突したときに作られるニュートリノ(大気ニュートリノ)を観測し、地球の裏側からやってきたミュー型ニュートリノの数が、上方からやってきたミュー型ニュートリノの数の半分しかないということを発見しました。ミュー型ニュートリノが地球の内部を通って来る間に、振動してタウ型ニュートリノに変化してしまったためと考えられます。

理論によればこの振動という現象は、ニュートリノの質量に差があるときに起きることがわかっています。逆に言えばニュートリノの質量が同じであると「振動」は起きません。スーパーカミオカンデが大気ニュートリノの振動現象を発見したということは、ニュートリノの3種のうち少なくともひとつには質量が存在することを発見したことになります。

K2K実験


KEKつくばキャンパスにあるK2Kニュートリノ実験ホール(現在は運転していない)

KEKでは世界に先駆けて1999年から2004年の間に、性質のよく分かっているニュートリノを陽子加速器で作り出して発射し、250 km離れたスーパーカミオカンデで捉える「K2K実験」を実施しました。実験グループのリーダーは西川公一郎 KEK名誉教授、ニュートリノビームラインの建造を進めたのは中村健蔵研究主幹(当時/現 名誉教授)でした。

KEKから発射されたのはミュー型ニュートリノ。大気ニュートリノの観測結果によって得られたニュートリノ質量の差から、KEKから発射されたミュー型ニュートリノの多くは、250 km先のスーパーカミオカンデで、通常では観測されにくいタウ型ニュートリノに変化することが予測されました。そしてその予測通り、実験では到達数の減少と、ニュートリノエネルギーの分布が変化していることが確認されたのです。K2K実験は、人工のニュートリノを用いた長基線でのニュートリノ振動の検証に、世界で初めて成功したのです。

T2K実験

上述のように、ニュートリノには3つの型があります。大気ニュートリノ観測実験とK2K実験により、ミュー型ニュートリノとタウ型ニュートリノとが振動することが分かったのですが、電子型ニュートリノには変化しないのでしょうか。このことを確かめるために、KEKはK2K実験の後、ニュートリノ研究の拠点をつくばから茨城県東海村に移し、大強度陽子加速器施設J-PARCからニュートリノを発射することにしました。ニュートリノを作り出すもととなる陽子ビームのエネルギーが高くなり、また、より多くのミュー型ニュートリノを作ることができるようになりました。西川氏の主導で進められたこのT2K実験は、2009年に開始され、現在も続けられています。

2013年7月、T2K実験はミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに振動することを世界で初めて観測しました。これにより、3つの型のニュートリノがお互いに入れ変わることが確認されたのです。

ところで電子は負の電荷を持ちますが、それと反対の正の電荷を持つ陽電子は、電子の「反素粒子」とも呼ばれます。このように一般的にどの素粒子にも反素粒子があると考えられており、ニュートリノにも反ニュートリノが存在します。

近年、T2K実験では反ミュー型ニュートリノを用いた実験を行っています。今後さらに実験データが増え、もしニュートリノと反ニュートリノとで振動の様子が異なることが判明すれば、現代物理学の大きな問題のひとつである「なぜ反素粒子が現在の宇宙には存在しないのか?」を解く鍵となるかもしれません。


KEKコミュニケーションプラザのニュートリノ関連展示。中央は、ニュートリノの微小な反応を検出するため、スーパーカミオカンデに取り付けられている光電子増倍管。


T2K実験の模型では、地中をすり抜けていくニュートリノビームのイメージを見ることができる。

なお、西川氏とK2KおよびT2Kの国際共同実験グループは、ニュートリノ振動の発見と研究についての功績を認められ、2016年の「基礎物理学ブレークスルー賞(Breakthrough Prize for Fundamental Physics)」を受賞しました。

カムランド実験

日本にはもう一つ、ニュートリノ振動に関連する実験施設があります。それは、カミオカンデと同じ場所に設置されている実験装置カムランドです。カムランドは東北大学のニュートリノ科学研究センターの装置ですが、この建設を率いたのが、鈴木厚人 前KEK機構長(当時 東北大学教授)でした。

カムランドはニュートリノを反応させるために液体シンチレーターという特殊な液体を蓄え、原子炉から出てくるエネルギーの低い反電子型ニュートリノを捉えました。その結果、観測数が期待される値よりも減少していることが判明し、原子炉からの反ニュートリノもやはり振動することを明らかにしました。

KEKは今後もJ-PARCの陽子加速器を増強し、T2K実験をより推進し、ニュートリノ研究を通じて宇宙の始まりに迫る研究を行っていきます。

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