30年来不明であった光触媒TiO2表面の原子配置を決定

 

- 世界最高強度の高輝度陽電子※1ビームによって表面構造を明らかに -

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人 北海道大学
国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構

本研究成果のポイント

全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法※2により、未解明であったTiO2表面の原子配置を決定。
触媒活性の鍵である最表面を決定したことで、触媒特性の理解、応用研究の発展に期待。


【概要】

高エネルギー加速器研究機構(以下「KEK」)物質構造科学研究所(以下「物構研」)の兵頭俊夫特定教授らのグループと北海道大学触媒科学研究所(以下「北大」)の朝倉清高所長のグループ、日本原子力研究開発機構(以下「原子力機構」)先端基礎研究センターの深谷有喜研究副主幹および量子ビーム応用研究センターの河裾厚男研究主幹グループによる共同研究およびKEK放射光施設共同利用研究(研究代表:北海道大学・朝倉清高教授)は、結晶最表面の原子配置を精度よく決定できる全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法を用いて、光触媒としてよく知られているルチル型酸化チタンの、30年にわたり構造(原子配置)が未解明であった(110)-(1×2)超周期構造表面※3を決定しました。

今回、この表面の詳細な原子配置が解明されたことで、表面の触媒特性の理解や応用研究に弾みがつくと期待されます。

本成果は、英国王立化学協会が発行するフィジカルケミストリーケミカルフィジクス誌2016年2月17日午前9時22分(現地時間)にオンライン掲載されました。

【背景】

TiO2は、チタニアまたは(二)酸化チタンとも呼ばれ、担持金属触媒や、汚染除去、殺菌、太陽電池などの触媒として実用化されています。また、触媒やセンサー材料として重要な金属酸化物の触媒反応過程を調べるための標準物質としても利用されています。このような固体触媒の反応性や反応機構の解明には、触媒機能が発現する最表面の構造、すなわち原子配置の知識が重要になります。

今回対象としたのは、電気伝導性を有し最安定面であるルチル型TiO2 (110)-(1×1)表面を超高真空下で900℃程度の高温で処理し、(1×2)超周期をもつ構造に変化させたものです。この超周期構造表面は複雑で大きな起伏をもっており、最近では、その起伏を活かして、触媒活性をもつナノ粒子の担体として利用する研究が進められています。その一方で、起伏に富んだ複雑さから詳細な原子配置を決めることは難しく、30年来、数多くの異なる構造モデルが提案されて、どれが正しいのか、決着がついていませんでした。

そこで本研究は、「全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法」を用いてこの表面の構造を決定し、論争に決着をつけることを目指しました。TRHEPDは、陽電子回折を用いた表面構造解析法の一種で、陽電子の電荷が正であるために、表面で全反射され、高感度で物質の最表面を調べることができます。

【研究内容と成果】

実験は、現在、世界唯一のTRHEPD装置が稼働中の、KEK物質構造科学研究所・低速陽電子実験施設(SPF)で行いました。まず、超高真空中で清浄なTiO2(110)-(1×1)表面を作り、それを約900℃で熱処理して(1×2)表面に変えました。

この表面に、高輝度陽電子ビームを表面すれすれの視射角で入射し、視射角を変えながら(θ=0°~6°)回折パターンを得ました。表面構造の詳細な原子位置を決定するために、得られたパターンの鏡面反射スポットの強度を視射角の関数としてプロットしたロッキング曲線を作成しました。そして、これまでに発表されていた様々な構造モデルと比較し原子位置を微調整してロッキング曲線の再現計算を行うことで、実験結果を正しく説明できるモデルを探索しました。 その結果、大西洋・岩澤康裕(1994)によって提案されていたTi2O3モデル(図1)における最表面のTi-O四面体結合を2個対称に配置する制約を解除して最適化した非対称な構造(図2)が、実験結果を最も良く再現できました。対称性を保存した最適構造も実験結果をかなり良く説明しましたが、その安定化エネルギーと非対称性を許容した最適構造の安定化エネルギーを比較すると、明らかに後者が安定していました。この結論は、最近Q. Wangら(2014)が原子配置と原子組成を共に変化させて理論的に最適化したモデルと基本的に一致しています。

以上のことから、ルチル型TiO2 (110)-(1×2)構造は、非対称Ti2O3モデル(図2)であると結論付けました。

本研究は、科研費基盤研究(S) No.24221007, KEK・北大連携研究、KEK・原子力機構共同研究、KEK放射光共同利用研究によって行われました。

【本研究の意義、今後の展望】

触媒研究の標準物質であるTiO2の研究において、ルチル型TiO2 (110)-(1×2)表面の構造解明は、残された重要課題であり、多くの表面科学者、触媒科学者を巻き込み30年以上にわたって議論されてきました。今回、その表面の詳細な原子配置が解明されたことにより、応用上重要な光触媒特性や活性ナノ粒子-担体相互作用などの機能発現に対する深い理解に貢献するものと期待されます。 TRHEPDは表面に超敏感な陽電子による回折法です。最表面および表面下に隠れて見えない原子の種類と位置の詳細は、陽電子回折を用いれば明らかにすることができます。今後、触媒物質のみならず、最表面および表面直下の原子の種類と配置が重要な物質の詳細な構造を決定する有力な手段として、多方面への応用が期待されます。

【論文情報】

雑誌名:Physical Chemistry Chemical Physics
論文名:"Structure determination of the rutile-TiO2-(1×2) surface using total-reflection high-energy positron diffraction (TRHEPD)", doi:10.1039/c5cp07892j
(和訳:全反射高速陽電子回折(TRHEPD)を用いたTiO2(110)-(1×2)最表面の構造決定)
著者:I. Mochizuki, H. Ariga, Y. Fukaya, K. Wada, M. Maekawa, A. Kawasuso, T. Shidara, K. Asakura and T. Hyodo

【参考図】

図1 大西・岩澤(1994)によって提案されたルチル型TiO2 (110)-(1×2)表面の構造モデル(Ti2O3モデル)。側面図に点線楕円で示すように、TiO2(110)表面の上に、Ti原子のまわりにO原子が四面体配位した構造が、同じ高さで2個に並んでTi2O3の組成をつくっている。(上面図では原子の位置の高さによって大きさを変えて描いてある。

図2 本研究で確定したルチル型TiO2(110)-(1×2)表面の構造(非対称Ti2O3モデル)。側面図に点線楕円で示すように、表面の上にTi2O3の組成の構造が載っている点は大西・岩澤モデルと同じであるが、左右のTi原子の高さを自由に変化させて最適化した。Wangら(2014)も組成と配置を自由に変える理論計算で、組成はTi2O3で配置はほぼ本研究の結果と同じ構造が、最も安定であるとしている。(上面図では原子の位置の高さによって大きさを変えて描いてある。)

【問い合わせ先】

<研究内容に関すること>
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所
特定教授 兵頭 俊夫
TEL: 029-864-5658
E-mail: toshio.hyodo@kek.jp

北海道大学
触媒科学研究所
所長 朝倉 清高
TEL: 011-706-9113
E-mail: askr@cat.hokudai.ac.jp

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
先端基礎研究センター
研究副主幹 深谷 有喜
TEL: 029-282-6582
E-mail: fukaya.yuki99@jaea.go.jp

<報道担当>
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
広報室長 岡田 小枝子
TEL: 029-879-6046 FAX: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

国立大学法人 北海道大学
総務企画部広報課
TEL: 011-706-2610 FAX: 011-706-2092
E-mail: kouhou@jimu.hokudai.ac.jp

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
広報部報道課長 中野 裕範 
TEL: 03-3592-2346 FAX: 03-5157-1950

【用語解説】

※1 陽電子 
素粒子の1種。電子の反粒子で、電荷が正であること以外は電子と同じ性質をもっている。本研究では結晶表面からブラッグ反射(回折)する陽電子を利用した。

※2 全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法
TRHEPDは1992年に一宮彪彦が提唱し、1998年に河裾厚男・岡田漱平がアイソトープ22Na陽電子源を用いて実現した、純粋に日本発の実験手法である。KEKで実現された、世界最高強度の高輝度陽電子ビームを用いると、22Naを用いた陽電子源に比べ約100倍の強度が得られるため、2010年以降は、KEKにおいて原子力機構との共同研究が行われている。

※3 (1×2)超周期構造表面
固体の表面はバルク(内部)と同じ構造のままでは不安定なことが多く、熱処理をすると、表面に特有のさまざまな構造が生じる。図3のように、構造の詳細は違っても周期がバルクと同じ場合を (1×1)構造という。これに対して (1×2)超周期構造は、図1や図2のように、[001]方向はバルクと同じで、[110]方向はバルクの2倍の周期が1周期になっている。それに対して (1×1)構造は図3のようにバルクの2周期が表面でも2周期になっている。

図3 TiO2(110)-(1×1)構造(上面図では原子の位置の高さによって大きさを変えて描いてある。)

関連サイト

物質構造科学研究所
低速陽電子実験施設
北海道大学 触媒研究所
日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター

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