全反射高速陽電子回折法によりグラフェンと金属との界面構造の解明に成功
#プレスリリース― グラフェンを用いた新規材料開発に道 ―
平成28年3月7日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
● 全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法を用いて、グラフェンと金属との界面構造の解明に成功 |
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」)先端基礎研究センターの深谷有喜研究副主幹らは、高エネルギー加速器研究機構(機構長 山内正則、以下「KEK」)物質構造科学研究所の兵頭俊夫特定教授らのグループとの共同研究により、原子力機構とKEKが共同で開発した全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法※1を用いてグラフェン※2と金属基板間の境界面の構造(界面構造)を詳細に調べ、金属の元素によるグラフェンとの結合の違いを実験的に明らかにしました。
グラフェンは省エネかつ高速で動作する電子デバイスを実現するための新素材として注目されています。現在、グラフェンの実用に向けた研究が世界中で進められていますが、応用上重要となるグラフェンと他の金属が接合したグラフェン金属複合体の界面構造は、原子1~2個分の厚みしかなく、極薄領域の解析の困難さからあまりよくわかっていませんでした。今回私たちは、金属としての性質が異なる銅とコバルトの2種類の金属上で合成したグラフェン金属複合体に着目し、極めて高い表面敏感性を持つTRHEPD法を用いて銅とコバルトの上のグラフェンの高さを詳細に解析しました。その結果、金属の元素の違いによるグラフェンとの結合の違いを世界で初めて実験的に明らかにすることに成功しました。グラフェン金属複合体の電子移動度などの物性は、グラフェンの高さに応じて大きく変化することが知られています。今後、これらの知見をもとにして、グラフェンの電子デバイス応用に向けた新規材料開発が期待されます。
本研究成果は、「Carbon」のオンライン版に、3月3日に掲載されました。
【研究開発の背景】
グラフェンは炭素原子のみで構成されたシートです(図1)。グラフェンは、極めて高い電子移動度や熱伝導度、優れた機械特性など、多くの有用な物性を発現するため、現在、基礎・応用の両面から注目されている新素材です。グラフェン単独の性質は徐々に明らかにされてきていますが、他の金属と接触した場合のグラフェンの物性への影響についてはまだよくわかっていません。これらの金属上のグラフェンの性質を明らかにするためには、グラフェンと金属との距離の情報を含む界面の構造を決定する必要があります。これは、界面の構造が金属上のグラフェンの物性に大きな影響を与えるからです。しかし、グラフェンは原子1個分の厚みしか持たないため、その界面の構造を実験的に解明することは容易なことではありません。そこで私たちは、物質の最表面とその直下の構造に非常に敏感な手法である全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法を用いて、この界面構造を明らかにすることにしました。
図1 グラフェンの模式図。灰色の球は全て炭素原子であり、蜂の巣状のシートを形成している。
【研究の手法】
図2 全反射高速陽電子回折(TRHEPD)装置の写真。右上から陽電子ビームが輸送され、中央に置かれた超高真空チャンバー内でTRHEPD実験が行われる。TRHEPD法は、電子の反粒子である陽電子※3が持つプラスの電荷の特性を利用して、物質の表面構造を解析する手法です(図2)。
ここでは、陽電子ビームを試料表面にすれすれの角度で入射させ、試料表面で回折した陽電子をスクリーンで観測します(図3)。この回折パターンの強度分布には、物質の原子配置の情報が含まれます。したがって、この強度分布を解析すると物質の原子配列を知ることができます。電子の反粒子である陽電子は、プラスの電荷をもつため、物質表面に入射する際には反発力を受けます。このため浅い視射角で入射した場合、陽電子ビームは物質の最表面で全て跳ね返されます。すなわち、全反射※4が起きます。全反射が起きた時、陽電子ビームは物質の最表面しか見ることができません。全反射が起こらないように、入射させる角度をわずかに大きくすると、陽電子ビームは最表面を通過し、その下の原子層も見ることができます。いずれの場合にも、陽電子ビームはそれより深い内部には到達することができません。このように陽電子ビームを用いると、最表面とその直下の構造を詳細に調べることができます。TRHEPD実験をするためには、エネルギーが揃いかつ強度が強い陽電子ビームが必要です。原子力機構とKEKの共同研究では、KEK物質構造科学研究所低速陽電子実験施設の加速器を用いて高強度かつ高品質の陽電子ビームの生成に成功しています。
図3 TRHEPD法の実験配置の模式図。陽電子ビームを試料表面にすれすれの角度で入射し、その回折パターンをスクリーンで観測する。
【得られた成果】
今回、原子力機構とKEKの共同研究グループは、金属としての性質が異なる銅とコバルトの上にグラフェンを合成し、TRHEPD法を用いてそれぞれの試料からの陽電子の反射強度を測定しました。その結果、これら2つの試料から得られた反射強度では、ピーク位置とその形状が大きく異なることを見出しました(図4左)。先に述べたように、TRHEPD法は物質の最表面とその直下の構造に極めて敏感な手法であるため、反射強度の違いは銅とコバルトでのグラフェンとの界面構造の違いを反映しています。詳細な強度解析の結果、銅の上のグラフェンの高さを3.34 Å※5、コバルトの上のグラフェンの高さを2.06 Åと決定することに成功しました(図4右)。したがって、銅の上のグラフェンは、コバルトの上のものに比べて1 Å以上も高い位置に吸着していることがわかりました。TRHEPD法では、ノイズとなる深い内部の構造からの情報を含まないため、物質の表面1-2層の構造を正確に決定することができます。そのため、今回グラフェンの高さを実験的に正確に決定することができました。
【波及効果、及び、今後の展開】
グラフェン金属複合体における電子の流れやすさや電子の放出のしやすさなどの物性は、グラフェンと金属との高さに応じて大きく変化することが知られています。今後、様々な種類の金属との界面構造を実験的に解明することにより、本来のグラフェンが持つ高い電子移動度などを活用した、エネルギー損失が少なく高速処理が可能なグラフェンを用いた電子デバイスの開発につながることが期待されます。また将来的には、グラフェンと組み合わせる金属の種類を適切に選ぶことにより、高い電子移動度の利用だけでなく、他の有用な物性を付加した新たな材料開発につながることも期待されます。
図4 (左)銅およびコバルト上のグラフェンから測定した陽電子の反射強度の入射角依存性と(右)その解析によって得られたグラフェンの高さの違い。
【書籍情報】
雑誌名:Carbon
タイトル:Spacing between graphene and metal substrates studied with total-reflection high-energy positron diffraction
著者:Yuki Fukaya1, Shiro Entani1, Seiji Sakai1, Izumi Mochizuki2, Ken Wada2, Toshio Hyodo2, and Shin-ichi Shamoto1
所属:1日本原子力研究開発機構、2高エネルギー加速器研究機構
【本件に関する問い合わせ先】
国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構
<研究内容について>
先端基礎研究センター
ナノスケール構造機能材料科学研究グループ 深谷 有喜
TEL:029-282-6582
<報道担当>
広報部報道課長 中野 裕範
TEL:03-3592-2346 FAX:03-5157-1950
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
<研究内容について>
物質構造科学研究所 兵頭 俊夫
TEL:029-864-5658
<報道担当>
広報室長 岡田 小枝子
TEL:029-879-6046 FAX:029-879-6049
【用語説明】
※1 全反射高速陽電子回折(TRHEPD)
TRHEPDはtotal-reflection high-energy positron diffractionの略称。TRHEPD実験では、10 keV程度のエネルギーを持った陽電子ビームを物質の表面にすれすれの角度で入射させ、物質表面で回折した陽電子をマイクロチャンネルプレートとCCDカメラを用いて検出する。回折した陽電子の強度を解析すると、物質表面の原子配置がわかる。特に、陽電子は物質表面から反発力を受けるため、TRHEPD法は物質表面の1-2原子層に極めて敏感である。TRHEPD法は、1992年に一宮彪彦(当時名古屋大学)により理論的に提唱され、1998年に河裾厚男・岡田漱平(当時日本原子力研究所)により実証された日本発の手法である。最近、原子力機構とKEKの共同研究で高度化され、陽電子のビーム強度を約100倍増強することに成功した。今回の実験は、KEK低速陽電子実験施設に設置されている電子線形加速器を用いて実施しました。
※2 グラフェン
炭素原子が蜂の巣状に並んだシート状の物質。従来の材料を凌駕する極めて高い電子移動度や熱伝導度、優れた機械特性など、その他多くの有用な特性を持つ新素材。グラフェンは、2010年のノーベル物理学賞受賞の対象物質である。
※3 陽電子
電子の反粒子。陽電子は電子と同じ質量、電荷等を持つが、電荷の符号が電子とは逆のプラスである。陽電子は電子と出会うと対消滅を起こすが、その確率は10-6と極めて小さいため、今回のTRHEPD実験では対消滅は無視できる。陽電子は、1928年に理論的にその存在が予想され、1932年に実際に宇宙線の中で観測された(1936年のノーベル物理学賞受賞の対象粒子)。
※4 全反射
光や粒子が媒質の境界で全て反射する現象。たとえば光ファイバーが、伝送損失が少なく高速で長距離伝送を可能にするのは、光がケーブル内部で全反射を繰り返すためである。
※5 Å(オングストローム)
原子のスケールを表す時によく用いられる単位。1 Åは10億分の1 m(10-10 m)。たとえば、グラフェンでの炭素と炭素の距離は1.42 Åである。
関連サイト
物質構造科学研究所
低速陽電子実験施設
日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター
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