光センサータンパク質の構造を原子レベルで解明

 

- 神経細胞内の情報伝達物質を光で操作し、軸索の成長促進に成功;
 再生医療や新薬開発への貢献を期待 -

平成28年5月31日

横浜市立大学
高エネルギー加速器研究機構

本研究成果のポイント

● 光活性化アデニル酸シクラーゼの光活性化メカニズムを原子レベルで解明
● 細胞やマウス海馬の神経細胞で情報伝達物質(cAMP)の生産を光によって制御し、神経軸索の分枝・伸長の誘導に成功
● 医学分野における光ツールとして、新しい再生医療や新薬開発の基礎的研究の発展に貢献

【概要】
これまで原子レベルでの構造・機能解明がされていなかった光活性化アデニル酸シクラーゼ(PAC)※1について、ランソウ(藍藻)由来のPAC(OaPAC) を用いて構造を解明しました。またOaPACを用いて動物・植物に普遍的な情報伝達物質cAMP生産を光操作し、マウス海馬の神経軸索の分枝・伸長の誘導に成功しました。

光活性化アデニル酸シクラーゼ(PAC)は光センサータンパク質で、光を感知するとcAMPを作るため、その生産量を光で制御できます。このためPACは生体内での光スイッチとして医学的な応用が期待されています。PACはミドリムシから発見され、以後、複数の原核生物からも相同遺伝子が見出されていましたが、これまで原子レベルでの構造・機能解明には至っていませんでした。本共同研究グループはOaPACを用いることにより、世界で初めてPACの構造解析に成功しました。これは、医学分野における光遺伝学(optogenetics)※2のツール開発につながるため、新しい再生医療や新薬開発の基礎的研究への貢献が期待される成果です。

本研究成果は、アメリカ合衆国の学術雑誌『PNAS』(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)(米国科学アカデミー紀要)(日本時間 平成28年5月31日付)にオンライン掲載されました。

【論文情報】
雑誌名:Proc Natl Acad Sci U S A. 2016
論文名:"Structural insight into photoactivation of an adenylate cyclase from a photosynthetic cyanobacterium", doi: 10.1073/pnas.1517520113
著者:Mio Ohki, Kanako Sugiyama, Fumihiro Kawai, Hitomi Tanaka, Yuuki Nihei, Satoru Unzai, Masumi Takebe, Shigeru Matsunaga, Shin-ichi Adachi, Naoya Shibayama, Zhiwen Zhou, Ryuta Koyama, Yuji Ikegaya, Tetsuo Takahashi, Jeremy R. H. Tame, Mineo Iseki, and Sam-Yong Park.

【研究グループ】
大木規央(横浜市立大学大学院・生命医科学研究科 特任助手:朴三用教授研究グループ)
伊関峰生(東邦大学薬学部 教授)
松永茂(浜松ホトニクス(株)中央研究所 博士)
小山隆太(東京大学薬学系研究科 准教授)
柴山修哉(自治医科大学 教授)
杉山佳奈子(KAST 神奈川科学技術アカデミー 博士)
足立伸一(高エネルギー加速器研究機構 教授)

【研究内容と成果】
(1)OaPACの構造的特徴:中心的役割を担うBLUFドメインの長いヘリックス主柱
本研究では光活性化アデニル酸シクラーゼ(PAC)の結晶化条件を探索し、ラン藻由来のOaPACを用いて暗所での結晶作成に成功しました。

OaPACの光活性化に伴う吸収スペクトルの変化を調べたところ、青色光受容体BLUFドメインの特徴である長波長シフト(445nm)が観測されました(図1右上)。溶液中でのスペクトル変化がほぼ同様に観測され、OaPACの光活性化は極めて小さな分子の動きにより起きていることが示唆されました。

OaPACの構造において最も目を惹く特徴は、非常に長く伸びたα3へリックスです。この長いα3へリックスはフラビン色素からシクラーゼ活性中心に至る光シグナルの伝搬路としての役割を担うことが分かりました。

このように、OaPACの活性調節ではBLUFドメインの極めて小さな変化が活性中心の構造変化を誘導するメカニズムが存在します。その分子メカニズムとして、本論文ではcoiled-coil構造を呈する2本のα3へリックスが産みだすアロステリック効果※3を提唱しました。

(2)細胞の光操作ツールとしてのOaPAC
シクラーゼが産生するcAMPは細胞機能のコントロールに重要な役割を果たす情報伝達物質ですので、OaPACには細胞・生体を光で操作する光遺伝学(optogenetics)のツールとしての活用が期待されます。本論文では以下の実験を行うことで、光ツールとしてのOaPACの有用性を具体的に提示しました。

ヒト細胞中でのOaPACによるcAMP生産の可視化
HEK293細胞※4にOaPAC遺伝子を発現させ、青色光の照射により活性化させました。細胞内cAMPは生物発光プローブを用いてリアルタイムに可視化・定量しました(図2a, b)。OaPAC発現細胞内のcAMP濃度は光刺激により一過性に上昇し、その後数分以内に分解されることが分かりました。

また本論文では、刺激光の強度とパルス間隔の調節により、細胞内cAMP濃度を8時間以上高いレベルに保持する実験にも成功し、OaPACの光操作ツールとしての実効性を示しました。

加えて、既知のPACホモログであるbPACとOaPACとのHEK細胞内での活性強度の比較も行いました(図3)。その結果、両者には発現量あたりの活性でおよそ100倍の差があることが分かりました。多様な光活性を有するPACプローブがあると微細なコントロールが可能になり、応用での有用性が増します。

OaPACによる神経細胞の光操作
神経軸索の分枝・伸長の誘導にはcAMPの介在が知られています。そこで、マウス海馬の神経細胞にOaPACを導入した神経細胞を用い、軸索の分枝・伸長の光操作を試み、コントロールに比べ優位に軸索の成長促進を誘導できました(図4;軸索の分枝(下左)、伸長(下右)ともに、30分間の青色光照射(上)で軸索の発達を誘導)。

特に主軸索の伸長誘導には薬理学的手法では困難とされている一時的なcAMP濃度調節が要求されることが知られていますが(Zhou et.al., 2016, Scientific Reports, Article No.19679)、本研究によりOaPACの光操作ツールとしての有用性が実証されました。

【今後の期待と展望】
今回得られた細胞の光操作の知見を基盤に、PACを活性化する刺激光に対する波長感受性の変換(マルチカラーツール化)やcGMP※5の光制御ツールの開発、さらには環状ヌクレオチドを分解する光操作ツールの開発など、バイオエンジニアリングでの展開を目指します。

また、オルガネラ※6単位での高精度な光操作法の開発や、トランスジェニック体を用いた生体での光操作など、より広範な光操作技術の確立にも努め、医療分野での新たな定番技術にしたいと考えています。

【参考図】


図1.OaPACはBLUFドメインとIII型アデニル酸シクラーゼの特徴を持つ光応答性酵素


図2a. OaPACを発現するヒト培養細胞. 青色光刺激で生産された cAMPを生物発光を用いて可視化した。図2b. ヒト細胞におけるOaPACの光刺激と活性のタイムコース


図3. OaPACとbPACの細胞内で光活性強度の比較


図4. 神経軸索の光による形態制御

【用語解説】

※1 光活性化アデニル酸シクラーゼ(PAC)
BLUFドメインを持ち、光で酵素活性がコントロールできるシクラーゼ。代表的な二次伝達物質であるcAMPの光操作に適用できることから注目される分子。最初にミドリムシの運動に関する光センサーとしてヘテロ4量体分子が見出され、その後、ほぼ同等な機能を有するホモ2量体のホモログが複数の原核生物から見つかっている。

※2 光遺伝子学(optogenetics)
光感受性のイオンチャネル・酵素等を細胞や生体内に発現させて、それらの機能や形態形成等を光でコントロールする技術のこと。微生物型ロドプシン類による神経細胞の活動電位制御など。

※3 アロステリック効果
酵素において活性部位以外の別の場所に特異的に物質を結合する機能を持ち、この部位に物質の結合が行われると構造変化が起こって機能が変化する現象。

※4 HEK293細胞
ヒト胎児腎細胞をアデノウィルスのE1遺伝子によりトランス フォーメーションして樹立された細胞株。

※5 cGMP
細胞内信号伝達のメッセンジャー分子としてcAMPと共に使われる。

※6 オルガネラ
細胞の内部に存在する機能を持つ構造体。

*本研究は、文部科学省及び国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業)の支援を受けて遂行しました。

【問い合わせ先】

横浜市立大学
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大学院生命医科学研究科  教授 朴 三用
横浜市鶴見区末広町1−7−29
TEL:045-508-7229 
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高エネルギー加速器研究機構
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広報室長 岡田 小枝子
TEL:029-879-6046
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