充放電しているリチウム電池の内部挙動の解析に成功 ―中性子線を用い非破壊かつリアルタイム観測により実現―

 

平成28年6月30日


東京工業大学
高エネルギー加速器研究機構
京都大学
J-PARCセンター


本研究成果のポイント

● 蓄電池特性を左右するイオンの動きなどのリアルタイム観測手法を開発
実用蓄電池の充放電時に現れる電池内部の非平衡状態の反応を世界で初めて直接観測
● 大型蓄電池の反応・劣化挙動の解明に威力

【概要】

東京工業大学、高エネルギー加速器研究機構、京都大学の研究グループは、実際に充放電しているリチウムイオン電池の内部で起こる不均一かつ非平衡状態で進行する材料の複雑な構造変化を原子レベルで解析することに成功した。中性子線を用いて、非破壊かつリアルタイムに観測し、そのデータを自動解析するシステムを開発した。刻一刻と変化する電池反応を観測し、解明できる手法の開発は画期的である。蓄電池の信頼性や安全性に関する詳細な情報が容易に得られるため、リチウムイオン電池のさらなる高性能化だけでなく、全固体電池などの次世代蓄電池開発にも大きく貢献すると期待される。

【論文情報】

雑誌名:英国科学誌「サイエンティフィックレポート(Scientific Reports)」

【背景】

リチウムイオン電池は1991年に小型電子機器用として利用が始まり、優れた安定性に加えて、高いエネルギー密度と出力特性を兼ね備えた電池として発展した。現在では電気自動車やハイブリッドの車載用蓄電池や、電力貯蔵用の定置型蓄電池としても利用されるようになった。リチウムイオン電池の発売から25年以上経過した現在も社会的なニーズは高く、利用方法の広がりに伴って、さらなる高エネルギー密度と高出力、長寿命、高信頼性が望まれている。

より一層の特性向上に向けたブレークスルーを引き起こすには、ブラックボックス化した蓄電池内部の充放電時の現象を実際に目に見えるようにするための新たな分析手段が必要である。電池反応を解明するための様々な解析技術の一つがモデル系電池※7を用いた分析である。既存の分析手法をそのまま適用するこの手法では、電池そのものの形状を分析手法が適用できる環境に合わせる必要がある。しかし、実際に使用する電池とは異なる形状での解析は、実電池のものと一致しないため、実電池を用いた実際の使用環境下で電池反応が観測できる新たな分析手法の開発が熱望されていた。

【共同研究グループ】

この研究成果は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)との共同研究により得られた。研究グループは東京工業大学の田港聡研究員、菅野了次教授、高エネルギー加速器研究機構の米村雅雄特別准教授、神山崇教授、京都大学の森一広准教授、福永俊晴教授、荒井創特定教授、右京良雄特定教授、内本喜晴教授、小久見善八特任教授らで構成した。

【研究成果】

本共同研究グループは、リチウム二次電池の充放電過程における電池内部の電気化学反応およびその反応に対応した電極材料の構造変化を観測する新たなシステムと、その解析手法を開発した。蓄電池の反応をリアルタイムで観測するため、革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING プロジェクト:プロジェクトリーダー小久見特任教授※1)に基づいて開発され、大強度陽子加速器施設 J-PARC※2に設置された、特殊環境中性子回折計(SPICA:BL09※3(図1A)を用いた。新たに開発したシステムはリチウムイオン電池の特性を決める鍵となるリチウムイオンの挙動を中性子線により直接観測できることが特徴である。

最も一般的な18650型円筒リチウムイオン電池※4を用いて、異なる充放電レートの充放電過程をリアルタイムに観測し、不均一かつ非平衡に進行する電池反応を初めて明らかにした。これまでの分析手法とは異なり、電池特性を左右するリチウムイオンの動きを非破壊かつ実動作環境下で定性・定量的に分析できる。観測システムはリチウムや水素といった軽元素も敏感に検知する。開発したシステムを用い、リチウムイオン電池 (図1C、D)に対する様々なレートでの充放電過程をリアルタイムに観測し(図1B)、不均一で非平衡状態な電極反応を検出した。充放電レートを0.05から2Cレート※5行いながら測定した電池内部の正極・負極電極合材料の結晶構造変化を図3に示す。

負極電極合材中では〈1〉高レートの反応では不均一に反応が進行し、充放電終了後に緩和過程が存在する(図3E)〈2〉電池反応に関与しない電極合材部分が出現する(図3B、C、D、E)〈3〉充電と放電とで反応機構が異なる(図4)〈4〉低レートの充放電時にのみ2L相が存在する―など充放電レートに依存して非平衡に反応が進行することなどを明らかにした。また正極電極合材中では充放電後に電池を分解して解析していた従来の報告とは異なり、放電時に使用される組成領域が高充放電レートでは変化することを明らかにした。このように、同観測システムで採用したTime-Of-Flight法(TOF法=飛行時間法※6)を用いた中性子回折測定技術が、実電池中で起こる電池反応に関する情報を明確にとらえ、充放電中の非平衡状態の反応機構を理解するうえで優れた分析手段となることを明らかにした。


【研究の経緯】

本共同研究グループは、リチウム二次電池の充放電過程における電池内部の電気化学反応およ びその反応に対応した電極材料の構造変化を観測する新たなシステムと、その解析手法を開発した。蓄電池の反応をリアルタイムで観測するため、革新型蓄電池 先端科学基礎研究事業(RISING プロジェクト:プロジェクトリーダー小久見特任教授※1)に基づいて開発され、大強度陽子加速器施設 J-PARC※2に設置された、特殊環境中性子回折計(SPICA:BL09※3 (図1A)を用いた。新たに開発したシステムはリチウムイオン電池の特性を決める鍵となるリチウムイオンの挙動を中性子線により直接観測できることが特徴である。

【今後の展開】

実電池の内部の材料の構造変化が、実際の充放電時にリアルタイムで観測できることが可能になったことは、充放電サイクルに伴う劣化挙動、長期保存時の経時変化、高温や低温での使用時の劣化挙動など、蓄電池の信頼性や安全性に関する詳細な情報が、実際に使用する電池を直接観測することで容易に得られることを示している。リチウムイオン電池のみならず、現在、開発が進んでいる全固体電池やリチウム酸素電池、マグネシウム電池、リチウム硫黄電池、アニオン電池など、次世代の蓄電池の反応挙動を実電池に基づいて解明することが可能になる。リチウムイオン電池のさらなる高性能化に寄与できるとともに、次世代蓄電池の開発に大きく貢献すると期待できる。

【問い合わせ先】

<研究内容に対する問い合わせ>
東京工業大学
物質理工学院 応用化学系 教授 菅野了次
TEL:045-924-5401 FAX:045-924-5401
E-mail:

高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 特別准教授 米村雅雄
TEL:029-284-4703 FAX:029-284-4899
E-mail:

<報道担当>
東京工業大学
広報センター
TEL:03-5734-2975 FAX:03-5734-3661
E-mail:

高エネルギー加速器研究機構
広報室長 岡田 小枝子
TEL:029-879-6046 FAX:029-879-6049
E-mail:

J-PARCセンター 広報セクション
TEL:029-284-4578 FAX:029-284-4571
E-mail:

【用語解説】

※1
革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING プロジェクト):京都大学及び産業技術総合研究所関西センターを拠点として、13 大学・4 研究機関・13企業がオールジャパン体制で集結し、現状比 5 倍のエネルギー密度を有する革新型蓄電池の実現を目指して推進している。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO)の共同研究事業。RISING とは、Research and Development Initiative for Scientific Innovation of New Generation Batteries の略。

※2
大強度陽子加速器施設J-PARC:高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で茨城県東海村に建設し運用している大強度陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用が行われている。

※3
特殊環境中性子回折計SPICA(BL09): 高エネルギー加速器研究機構は、革新型蓄電池先端科学基礎研究事業※1の一環で、オペランド測定※8を主目的とした中性子回折計「特殊環境中性子回折計(SPICA:BL09)」を設計・開発し、大強度陽子加速器施設J-PARC※2に設置した。回折計として高分解能と高強度の相反する性能を共存させるために、中性子源としてJ-PARCで開発された高分解能モデレータを利用し、SPICAを構成する光学デバイス、機器等をすべて専用に設計することで、高精度・高強度で粉末構造解析が行えるシステムとして完成させた。さらにオペランド測定のための専用の試料周辺環境と時分割測定のためのデータ集積システム等を備えた、電池研究に特化した仕様とした結果、SPICAは、世界唯一の蓄電池中性子ビームラインとして、蓄電池反応を原子レベルでリアルタイムに計測する研究に活用されてきた。

※4
18650型円筒リチウムイオン電池:リチウムイオン電池の規格の一つ。直径 18mm、長さ 65mmの外形を有した円筒型の電池で、正負極およびセパレータを捲回して円柱状に成形し、円筒型の外装ボディに挿入されたもの。

※5
Cレート:Cレートとは、所定の公称容量の電池を定電流放電して1時間で満放電することのできる電流値を示す。同じ公称容量の電池では、Cレートが大きくなると電流値は大きくなり、短時間で放電させることに対応する。一方Cレートが小さくなると電流値も小さくなり、長時間の放電をさせることに対応する。

※6
飛行時間法(TOF法):陽子加速器により加速された陽子をターゲットに衝突させることで、パルス状の中性子が飛び出す。発生した中性子はエネルギーの違いに応じて速度が異なる。中性子が発生してから検出器に到達するまでに要する時間(飛行時間)と、中性子源〜検出器の距離から中性子の波長が精密に測定できる。

※7
モデル系電池:実際に電池として、作動する一方で、性能を追求した仕様によって製作された電池ではなく、分析等の別の目的の達成のために理想的な形状に改造された試験用電池。

※8
オペランド測定:オペランド測定は in situ で行う測定方法であるが、より限定された条件での測定を示す。 ex situ と in situ は、対義語として用いられる。ex situ 測定とは、測定のために、系を解体(分解)するなどにより、反応後に取り出された試料を測定するのに対して、in situ 測定は、系を非破壊のまま、そのままの状態もしくは、その場で測定することを指す。一方、オペランド測定では、非破壊かつ、特に「その系の動作環境下」で現象を測定する。

※9
リートベルト解析:粉末中性子回折データや粉末X線回折データの解析手法の1つ。測定した試料に含まれるであろう結晶相の構造モデルに基づく回折データの計算値と実測された回折データから、最小二乗法フィッティングにより結晶構造を精密化する手法。

図1 実用蓄電池オペランド測定用中性子回折計(BL09:特殊環境中性子回折計、SPICA)の外観図(A)および、実験の概要図(B)。オペランド測定は、非破壊のまま18650型円筒リチウムイオン電池(C)をSPICAの中心に設置し、電池に電気を流し充放電反応を進行させたまま、パルス中性子を照射し電池反応をリアルタイムに観測する。中性子は金属に覆われた蓄電池内部まで透過し、電極で散乱(回折)され、検出器に到達する。検出器に到達した中性子の時刻と角度をデータ処理すると、観測結果として回折図形が得られる。この回折図形には、18650型円筒電池の拡大図(D)に示すように、正極、負極、集電体、電池のケースからの固有の回折線が含まれる。これらの回折線の変化を解析することでリアルタイムな電池反応に伴うリチウムイオンを含むイオン(原子)の配列や濃度(占有率)の変化を解析できる。

図2 リアルタイム観測により得られた充放電中の電極材料の構造解析例。正負極材料、集電体、電池の外ケースの結晶構造を基に、リートベルト解析※9を行い、それぞれの材料の存在比率と各材料を構成する原子配列とその濃度(占有率)を精密化した。観測値と計算値の差(観測値--計算値)が小さく、それらがよく一致しており、得られた構造情報の信頼性が高いといえる。

図3 放電時の電極材料の相変化。0.05(A)、0.1(B)、0.5(C)、1(D)、2(E)Cレートによる放電時のカーボン負極の00l反射の変化を示している。それぞれの図中に放電に伴う電圧変化も示している。グラファイト負極は、構造中のリチウムイオンの分布の違いで、ステージ構造と呼ばれる異なる面間隔の回折線を示す。0.1C以上の放電レートでは、放電中反応に寄与しないと考えられるStage 3Lの回折線が常に存在し、不均一な電池反応が進行することを示している。2Cレート(E)で放電した場合、Stage 4L相がStage 3Lに徐々に変化し、放電後に電池内部で緩和反応が進行する様子を観測した。高い電流が電極合材中で不均一なリチウムイオンの分布を生成すると考えられる。

図4 放電時と充電時で異なる反応機構を示すグラファイト負極。0.05Cレートの充電(A, C)と放電(B, D)によるグラファイト負極の00l反射の変化を充電(放電)時間に対して示している。充電放電ともに、Stage 2からStage 3の相変化が存在するが、放電時にだけStage 2後半にStage 2L相を経由してStage 3へ相変化が観測された。このように充電と放電においてグラファイト負極で反応機構が異なることを明らかにした。

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