【KEKのひと #15】「物理学に出会い、世界広がった」安田浩昌(やすだ・ひろまさ)さん

 
物理学の分野では、学生も教員も関係なく、議論ができる。宇宙の謎という物理学の追究する対象の壮大さの中に身を置けば、「生まれた環境などは、細かいこと」と感じる。一人の人間として、尊重されていると思える。基礎科学の研究に身を置くことの魅力の一つだ。

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻2年 安田浩昌さん(撮影:高橋将太)

東京都台東区出身。父子家庭に育ち、幼少のころから経済的には苦労してきた。病気がちの父親に代わり、自身がアルバイトをしながら生活を支えてきた時期も長い。そんな中でも、アルバイト先ではコミュニケーション力、マネジメント力が認められ、マネージャーとして店の人材管理を任された。人から見れば「逆境」でも、そこでの経験を自身の力に変えてきた。



大学受験の浪人時代、物理学の本に出会った。古代の人々が考えていた宇宙観から、超弦理論まで、どのように人類は、宇宙の謎に向き合ってきたか。その世界観の変容が、たまらなくおもしろかった。もっと専門的に学びたいと、大学は埼玉大の物理学科へ。素粒子理論の研究室で学んだ。3年生の時、KEKの「サマーチャレンジ」に参加。全国から学生が集まり、本格的な実験が体験できるサイエンスキャンプだ。7、8人のグループで議論しながら一つの答えを追い求めていく実験物理の雰囲気が、気に入った。規模の大きな実験物理の世界では、多くの人間が関わり、一つのプロジェクトを遂行していく。「実験物理の分野のほうが、自分の人と交わる能力が生かせる。そして実験全体に貢献できるのでは」。そう考え、実験物理のできる東京大学の大学院へ進学。



サマーチャレンジで他の参加者と交流しながら実験物理のおもしろさを体感した(左から2人目、高橋将太撮影)


現在、東大齊藤研究室で、素粒子ミュオンの性質を探るため、「光コム・パルスレーザー」を用いた測定機器の開発に携わっている。光をくし(=コム)の歯列状の周波数スペクトルに分解したもので、髪の毛の10分の1の大きさである1ミクロンの単位で距離などを測定できる。これにより少しのズレでもデータに影響が出てしまうミュオンの測定器を置く場所を、精密に計ることができる。2005年のノーベル物理学賞は、この光コムを開発した研究者に贈られた。様々な分野に応用可能な注目技術だ。

物理学、基礎科学の分野に出会ったことで、「世界が広がった」と語る。それぞれの人が、探究する何かを持つことが出来れば、生まれた環境など関係なく、自身を活かせる場所が見つけられるのではないか。若者の貧困格差の問題なども、解決の糸口が見つかるのではないか。そう考え、科学を切り口とした教育の分野にも興味を抱く。研究者と参加者が、コーヒーを飲みながら毎月決められたテーマについて気軽に語り合う「KEKサイエンス・カフェ」ファシリテーターとしても活動する。

すべての人が、それぞれ疑問に思ったことなどを追及していける環境になれば、その人たちの可能性も広がるだろう。若い人に関わらず、生涯教育にも取り組みたい。「”人類みな研究者”だと思うんです」。自身の可能性も、広がるばかりだ。

(広報室・牧野佐千子)


※超弦理論(超ひも理論)・・・物理学の理論、仮説の1つで、物質の基本的単位を点の粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加えて拡張したもの。

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