【KEKのひと #11】「17年かけた手作りパイプオルガン」三橋利行(みつはし・としゆき)さん

 
つくば市の筑波学園教会にある大きなパイプオルガン。送風機のモーター以外すべて手作りというパイプオルガンは、電子音楽の音色とは対照的に、変化に富み、手作りのぬくもりを感じる温かな音が広がります。制作したのは、光学の専門家で、加速器研究施設教授の三橋利行さんです。パイプオルガン制作のきっかけや研究との関連などについて聞きました。


自作のパイプオルガンを演奏する三橋利行さん(撮影:牧野佐千子)

―パイプオルガンをつくり始めたきっかけは。

「中学生のころ、教育実習で音大のオルガン科の学生さんが来て、はじめて作ったのはそれがきっかけでした。ものづくりは元々好きでしたので、おもしろくなりました。本格的に作り始めたのは、1984年、KEKに入ってからです。29歳でした」

―建築物のように大きいですね。高さはどのくらいですか。

「7メートルくらいでしょうか。中のパイプは全部で2287本あり、鉛の合金でできています。送風機のモーター以外、すべて手作りです。」

―どのようなきっかけでこの教会のオルガンをつくることになったのでしょう。

「はじめはメンテナンスを頼まれていたのですが、元からあった楽器が壊れて作り直さなくてはということになりました。仕事の忙しい時期や、研究でフランス・グルノーブルに長期滞在していた期間など、制作できなかった時も含めて、足かけ17年かけて作りました。これは北ドイツ様式です。パイプオルガンは、地域によってスタイルや音色が違います。ドイツ、フランス、イタリアと様式や音も、言葉が違うように違います」

―加速器の研究とパイプオルガンの制作で、共通点はありますか?

「パイプオルガンづくりは、経験から職人の勘でやる人が多いので、フィーリングと経験で作ることが多いです。職人たちがどうしたらよいかと頭を悩ませていることでも、テコの原理や流体力学など、簡単な物理の仕組みがわかっていたら理解できることは多いですね」


高さは約8m、総パイプ数2287本の自作パイプオルガン(撮影:同)

―研究では加速器のどの部分に携わっていらっしゃるのですか?

「元々の専門はX線回折と光学です。KEKにはユーザーとして来まして、現在の放射光科学研究施設(PF)でX線を使って分子内の電子分布を解析する研究をしていました。その後、加速器の仕事に携わるようになり、加速器に光学の専門家がいなかったので、1995年頃加速器のビーム計測に携わるようになりました」

―加速器のビームの測定で光学の技術が必要なのですね。

「干渉計といって、光の波を2つ重ね合わせ、できた干渉縞のコントラストからビームの大きさを計る計測器を導入しました。近年話題のアルマ電波望遠鏡なども同じような原理を使っています。いろいろとやっていますが、4年ほど前に、スイスのCERN(欧州合同原子核研究機関)の円形加速器LHCにビームハローを測定するためのコロナグラフ(望遠鏡)を作ってもらいたいと依頼が来ました。2026年をめどに導入の予定で、現在取り組んでいます」

―パイプオルガンと同じで、コツコツと地道な作業の積み重ねで、長い時間がかかるのですね。

「CERNでは、2035年頃の開始を目指してLHCのさらに先のFCCという加速器の話もでていますが、そのころにはどうなっているでしょうね。今でも飛行機に長時間乗るのはきついですから。次の世代の人がやることでしょう」

―ありがとうございました。

(聞き手 広報室・牧野佐千子)

※ビームハロー・・・加速ビームは、電磁場の影響など様々な理由により一部の粒子にはそれよりも大きな範囲に広まって分布してしまうものがあり、そうした粒子のことをビームハローと呼んでいます。

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