SuperKEKB加速器が世界最高ルミノシティ(衝突性能)を達成しました
#プレスリリース #加速器 #素核研大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)の 電子・陽電子衝突型加速器SuperKEKB(スーパーケックビー)は、2020年6月15日20時34分、瞬間ルミノシティ(衝突性能)2.22×1034cm-2s-1を達成し、世界最高記録を更新しました。 これまでの電子・陽電子衝突型加速器での世界記録(2.11x1034cm-2s-1)は、同じくKEKで2010年まで稼働していた前身の加速器「KEKB(ケックビー)」が保持していました。 2018年には欧州原子核研究機構(CERN)の陽子・陽子大型ハドロン衝突型加速器(LHC)がKEKBの記録を塗り替え、2.14×1034cm-2s-1の瞬間ルミノシティを記録しました。 今回達成した記録で、SuperKEKB加速器はすべての種類の衝突型加速器の中で、世界最高のルミノシティ性能を持つこととなりました。(*)
(*)その後も順調に加速器の調整が進み、6月21日0時53分には2.40×1034cm-2s-1を記録しました。
ルミノシティを大幅に高めるためにSuperKEKB加速器が採用したのが、「ナノ・ビーム方式」と呼ばれるビーム衝突方式です。 従来の衝突方式では、バンチ(電子・陽電子の集団)の進行方向の長さを原理的にあまり短くできないために達成可能なルミノシティが制限されていましたが、ナノ・ビーム方式では従来と同程度のバンチ長でも、水平方向に細いビームを用意し、比較的大きな水平交差角で電子と陽電子を衝突させることにより、衝突領域を短くします。 そして、この短い衝突領域に対して垂直方向に強力な絞り込みを行い極めて薄いビームを作ることにより、ルミノシティを大幅に向上させることができます。 このナノ・ビーム方式は、SuperKEKBが世界に先駆けて実現したものです。SuperKEKBのビーム運転では、このビームサイズの絞り込みに付随する様々な問題を少しずつ解決しながら、ルミノシティの向上を進めています。 現在実現されている衝突点でのビームの薄さはおよそ220ナノメートルですが、今後最終的には50ナノメートル程度までビームを絞り込むことを目指しています。 ルミノシティを決めるもう一つの要因として、どれだけたくさんの数の電子と陽電子を周回させることができるかということがあります。 この電子と陽電子の数はビーム電流という量で表されますが、SuperKEKBの運転では、ビームによるBelle II測定器(後述)に対するバックグラウンドノイズなど大電流がもたらす様々な問題を少しずつ改善しながら、ビーム電流の増加を進めています。 今回、KEKB運転時の1/2から1/3のビーム電流でKEKBのルミノシティの記録を上回ることができました。 この事実は、SuperKEKB加速器の設計の優位性を示しています。 今後、KEKBでの達成値の約2倍までビーム電流を上げることを目指します。ナノ・ビーム方式採用やビーム電流増強のため、SuperKEKB加速器では、ビーム光学設計の変更・新型ビームパイプへの交換・新しい最終収束用超伝導電磁石(QCS)の導入・陽電子ダンピングリングの新設や入射器の高度化など、様々な装置の改造を行いました。 2020年3月には、ビーム衝突の安定性を高めるために『クラブウェスト』という新しい方式を導入しました。 これは、2010年にイタリア・フラスカティのDAΦNE(ダフネ)加速器で初めて採用されたものです。 SuperKEKB加速器の成功には、海外からの貢献も忘れてはいけません。 一例として、QCSの製作には日米科学技術協力事業のもと、米国のBrookhaven国立研究所やフェルミ国立加速器研究所の協力がありました。 日米科学技術協力事業では、このほか衝突点軌道フィードバックシステム開発(SLAC国立加速器研究所)、X線ビームサイズモニター開発(ハワイ大学、SLAC国立加速器研究所)が実施されて大きな貢献がありました。 また、KEKの多国籍参画ラボ事業(MNPP-01)のもと、CERN(スイス)、IJCLab(フランス)、IHEP(中国)、SLAC(アメリカ)など多くの外国研究機関からの研究者が加速器研究、調整に参加してきました。また、Belle II 実験グループからの貢献として、INFN(イタリア)とトリエステ大学(イタリア)によるダイアモンドセンサーを用いた放射線検出器とビーム停止システムの開発と BINP(ロシア)によるルミノシティモニターシステムの開発がありました。
SuperKEKB加速器の衝突点にはBelle II(ベル・ツー)測定器が設置されています。 Belle II 実験グループは、Belle II 測定器を用いて電子・陽電子の衝突で大量に作られるB中間子、D中間子、タウ粒子などの崩壊過程を詳しく観測・分析し、新しい物理現象を探索しています。 素粒子の性質を記述する物理学の基本法則は「標準理論」と呼ばれており、素粒子の様々な振る舞いをうまく説明することができます。 しかし近年、物質優勢宇宙の謎やダークマター(暗黒物質)の存在など標準理論では説明が難しい問題が見つかり、標準理論を超える新しい物理法則(新物理)が必要とされています。 残念ながら、現在までの加速器実験では新物理を担う新粒子の存在をはっきり示す結果は得られていません。 新物理は、測定値が示す標準理論からの小さなズレや、新物理があるときにだけ非常に小さな確率で起こる特有の事象を観測することにより、その存在を明らかにすることができます。 そのためには非常に多くの実験データが必要です。衝突反応ごとに物理的に決まる衝突断面積に瞬間ルミノシティをかけたものが、その衝突反応が単位時間におこる回数になります。 瞬間ルミノシティが高ければ高いほど、単位時間当たりに起こる衝突生成反応の回数が多くなり、決まった期間で多くの実験データを得ることができます。 これが、SuperKEKBのような高いルミノシティをもった加速器が必要な理由です。
SuperKEKB加速器は今後も様々な調整を続け、さらなる衝突点ビームサイズの絞り込み・電流の増強によって、最終的にはKEKBの40倍の瞬間ルミノシティを実現することを目指しています KEKBで10年かけて収集するデータ量を、SuperKEKBでは3ヶ月で収集できるようになることを意味します。 SuperKEKB加速器・Belle II実験は、今後10年弱ほどデータを取り続け、前身となるBelle実験の50倍の積分ルミノシティ(B中間子対500億事象に相当)を得る事を目標としています。 データを取りながら同時進行で解析も進め、新物理発見にも挑んでいます。
用語解説
1. SuperKEKB加速器
KEKつくばキャンパス内の地下トンネルに設置された電子、陽電子ビームの衝突型加速器。各リングの周長約3キロメートル、深さ地下約11メートル。 衝突ビームの重心系エネルギーは10.58GeV(電子ビームのエネルギーはおよそ7GeV、陽電子ビームのエネルギーはおよそ4GeV。1GeVは10億電子ボルト)。 ビーム電流は、陽電子ビームが1.8Aから3.6A、電子ビームは1.4Aから2.6Aと、それぞれKEKB時代の約2倍を目指しています。
2. Belle II実験
SuperKEKB加速器の衝突点に設置されたBelle II測定器を用いて、電子・陽電子の衝突で大量に作られるB中間子、D中間子、タウ粒子などの崩壊過程を詳しく観測・分析し、素粒子に関する物理現象を研究する実験グループ。 2020年5月現在、Belle II 実験グループには世界26の国と地域から、119の大学・研究所に所属する約1000人の物理学者・技術者が参加している、大規模国際共同実験プロジェクトです。
3. Belle II測定器
Belle II測定器の全体の大きさは、幅、奥行き、高さいずれも8m。重さは約1,400トンです。 内部には、測定の目的に最適化された様々な検出器が、ビームパイプの衝突点のビームパイプを中心に円筒状に重なる構造をしています。 衝突後に生成される電子・陽電子、ミュー粒子、パイ中間子、K中間子、光子、陽子・反陽子などの粒子はこれらの検出器によって精密に測定されます。 内側から、ピクセル型検出器、シリコンバーテックス検出器、中央飛跡検出器、エアロゲルリングイメージチェレンコフ検出器、TOPカウンター、電磁カロリメーター、ミュー粒子・中性K中間子検出器が組み合わされています。
4. 瞬間ルミノシティ(衝突性能)
ビーム衝突型加速器でお互いのビーム中の粒子が衝突し、起きにくい素粒子反応を単位時間あたりにどれだけ起こせるかの指標。 「ルミノシティ」に、目的とする素粒子反応の「断面積」をかけると、単位時間あたりに発生する素粒子反応の総数が導き出せます。 KEKB加速器のルミノシティ設計値は1.0x1034cm-2s-1、実際にKEKB加速器が出した世界記録は2.11x1034cm-2s-1。 SuperKEKB加速器は8.0x1035cm-2s-1を目指しています。積分ルミノシティは瞬間ルミノシティを時間積分したものです。
5. 標準理論(標準模型)
私達の住む地球や生物、また宇宙を構成する物質には、無限と思えるほどの多様性があります。 しかし、それらはすべて、 基本となる「素粒子」から出来ています。 身の回りの物質は原子で出来ており、原子は原子核と電子、さらに原子核は陽子と中性子の集まりで出来ています。 そして、陽子や中性子はさらにクォークで組み立てられていることが分かっています。 現在の素粒子物理学では、陽子や中性子を作るクォークと、電子とニュートリノの仲間のレプトンが物質を作る素粒子であると考えています。 これまでの研究でクォーク、レプトンともに3世代、6種類見つかっています。 また、素粒子間に働く「強い力」、「弱い力」、「電磁気力」の力を伝える粒子、2012年に発見された、素粒子に質量を与えるヒッグス粒子があります。 これらの素粒子のふるまいは「標準理論」とよばれる理論にまとめられています。
6. B中間子、D中間子
クォークは単独では存在せず、強い力でクォークと反クォークが結びついた中間子、三つが結びついた陽子や中性子など(バリオン)といった形態で現れます。 B中間子は反ボトムクォークとアップクォークまたはダウンクォークが結びついたものです。 D中間子はチャームクォークと反アップクォークまたは反ダウンクォークが結びついたものです。 また、強い相互作用をする粒子のことをハドロンとよびます。 陽子、中性子、中間子等はハドロンです。
7. タウ粒子
電子の仲間のレプトンで、電子の質量の約3500倍の質量を持ち、多彩な崩壊モードを持っています。 レプトンは強い相互作用をしない素粒子です。
8. 物質優勢宇宙の謎
宇宙の始まり、ビッグバンの直後では、物質と反物質は同じだけ生まれたと考えられています。 しかし、現在の宇宙では物質だけが残り、ほとんどの反物質は消えてしまったと考えられています。 現在までに知られている、物質と反物質に働く物理法則の違いはわずかなので、この現象を説明することができていません。
9. ダークマター(暗黒物質)
宇宙観測から、宇宙に存在する物質のうち、私達が知っている陽子や中性子のような通常の物質の割合は5%程度で、残りの95%はダークマター(暗黒物質)とダークエネルギー(暗黒エネルギー) が占めていると考えられています。ダークマター、ダークエネルギーの正体はまだわかっていません。
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