物理との出会い
小さいころの自分を振り返ってみて、何が今の道を選んだきっかけだったか正確には思い出せません。工作が好きだったり、機械いじりが好きだったりいろんな物の仕組みとかに興味があって、好奇心が強かったと思います。
それが高校生くらいになって、自然そのものの仕組みというか、構造というか、そういったものに興味が移っていきました。ただし、当時高校で教えていた物理というのは、今でもそうかも知れませんが、数学と比べて、単純な原理からすべて導かれるといった側面が見えにくく、雑多な法則の集合という印象でした。その意味で、少ない公理から、論理的に構築される数学により美しさを感じました。大学に進んで、より深く物理を学ぶようになって、この考えは一変しました。最初の衝撃というか、驚きは、高校時代に習った、エネルギー保存則とか、運動量保存則、角運動量保存則といった法則が、時空の対称性と深い関係を持つことを知った時でした。また、ニュートンの運動方程式を初めとする、あらゆる物理学の基本的な運動方程式が、最小作用原理というただ一つの原理から統一的に導かれることを知った時には、何か 恐れに似たものを感じました。あえて誤解を恐れずに言うと、これは、ある種の宗教体験に近いものでした。
この研究所で研究している高エネルギー物理学という学問は、少し硬い言い方をすると、自然の究極の構成要素と、その間に働く力の本質を探求する学問と言うことになります。つまり、この宇宙を作り上げている究極の法則の解明を目的とした学問です。
こう言った場合、当然、その究極の法則というものの存在が前提です。ところが、その存在は、論理的に証明できるものではありません。宗教体験と言ったのは、その存在をうむを言わさず確信させる、論理では説明のしようのない体験という意味です。この場合の神に対応するものは、自然の究極の法則で、人格的な神ではありませんが、何とかその姿を見てみたいという欲求をかきたてるものという意味では、それに通ずるものがあります。
最終的に現在の道を選んだ理由は、この体験によっています。

科学を志す若い世代の人へ
研究というのは、必ずしも楽しいことばかりではありません。ただ、私のような平凡な研究者でも、時々、今まで、理解していたつもりのことの本当の意味が突然見えるようになることがあります。これは、数学の命題の証明を、論理を追いかけることにより納得するというのと、その命題そのものの意味が視覚的に分かるというのとの差に似ています。そういった時の喜びとか、驚きを大切にして欲しいと思います。また、素朴な疑問とか、好奇心を持ち続けることも、とても大切だと思います。宇宙の果てのこととか、宇宙の初めのこととかは、おそらくほとんどの人が一度は不思議に思ったことがあると思います。
今見えている遠くの宇宙からの光は、大昔の初期の宇宙から来た光です。そして、その初期宇宙は、熱い高エネルギーの世界でした。そしてさらに遠くの光では見えない超高エネルギーの初期宇宙、それがまさに、この研究所で研究している高エネルギー物理学の世界です。だれでもが持つ素朴な疑問、それはまた極めて根本的な疑問でもあります。そんな疑問、好奇心を持ち続けることが、基礎科学の最先端を切り開く力なのです。




素粒子原子核研究所 藤井 恵介博士
大強度陽子加速器計画推進部 J-PARCセンター長 永宮 正治博士
物質構造科学研究所 五十嵐 教之博士
元機構評議員会会長 江崎玲於奈博士

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