今振り返ってみると、子供の頃に好きでよく見ていた「どらえもん」がルーツになっているような気がします。タイムマシンはどうしたらできるのかとか本気で考えていたもんです。一度家のお風呂場でそれをずっと考えていたらのぼせて倒れた思い出が印象深いです。元々考える事が好きだったのかもしれませんね。学生時代は部活で野球に燃えていて、生活も野球中心、勉強は試験前の一夜漬けが得意でした。当然成績も良くなく、数学や物理などの学科でも赤点を取ったことがあるぐらいです。進路を決める際にも、科学者になろうと思って決めた訳ではなく、社会や国語よりは数学、物理の方が得意かなという程度の後ろ向きな選択でした。そんな僕が科学の分野に戻ってきたのは、大学の4年生になり、研究室に入った時です。情けない話、その時になるまで勉強というのは授業を受けて、目標となる点をとればよいと思っていました。分からない事は先生に聞けば教えてくれると思っていたものです。そのため、僕の場合には点数を上げていくという楽しみはあっても、勉強自身に楽しみや面白味は見いだせなかったのです。これが将来何の役に立つのだろうと思っていたぐらいです。しかし、研究室に入り実際に科学の研究活動に触れ、未知の事を自分の力で探求していく事、自分の考えで物事を進めていく事がいかに楽しいかと知ったのです。この、誰も知らない事を自分の力で解明することができるという魅力が、今も僕が科学の分野に身を置いている原動力になっています。
一番の感動は、大学院生の時に初めてタンパク質の構造を解いた時ですね。自分が研究しているタンパク質のこの構造を知っているのは、世界中で僕一人だけだいう優越感と興奮を感じました。また、その構造からそれまで分からなかった事が次々に解明され、ずっと疑問に思っていた事が一気に氷解していく感じが快感でしたね。実際にそこにたどり着くまでには、実験や勉強など多くの時間を費やし、紆余曲折を経ているのでなおさらでした。研究全般そうなのですが、一つの結果を得るためには多くの労力が必要となります。無駄な労力というのも多いです。しかし、その結果というのは、科学者にとって欠け替えのない報酬となり、その報酬を得る瞬間のために科学者をやっているのだと思います。その他には、自分の論文が認められ、論文雑誌の表紙をきれいなカラーで飾った時の事が印象的です。その論文雑誌を書店で見た時に非常に嬉しかった事を覚えています。
当面の目標としては、現在放射光でタンパク質結晶解析用のビームライン建設を行っているので、それを完成させる事です。また、タンパク質の分子構造から生命現象を解明するという現在の専門分野、タンパク質構造解析に非常な興味と魅力を感じていますので、関連する研究を続けたいと思います。利己的かとは思いますが、しばらくは自分が興味を感じられる事だけをしていたいですね。
未知の事を自分が最初に知る事ができるというのは科学者の特権だと思います。そこに行き着くまでは無駄と思える事が多いと思いますが、まず始めなければ何もできません。報酬の瞬間を夢見て第一歩を踏み出して欲しいものです。




素粒子原子核研究所 藤井 恵介博士
大強度陽子加速器計画推進部 J-PARCセンター長 永宮 正治博士
物質構造科学研究所 五十嵐 教之博士
元機構評議員会会長 江崎玲於奈博士

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