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2023.6.1


原始ブラックホールは強い力の謎を解く鍵 ―QUPの研究―

量子色力学(QCD)で記述される、原子核をまとめる「強い力」については、未だに限られたエネルギー領域でしか調べられていません。Physical Review Letters誌に掲載された研究で、初期宇宙で形成された原始ブラックホール(PBH)から、高温状態での強い力の挙動を解明できる可能性があることが示されました。

この研究で、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の量子場計測システム国際拠点(QUP)および理論センターに所属する研究者、ウォロディミル・タキストフ助教は、アメリカと韓国の共同研究者とともに、QCDの相転移が新たに高温下で起こった場合に、PBHの生成に興味深い影響があることを示しました。


図 1. 初期宇宙の高温環境下における強い力のQCD相転移中に起こるブラックホール形成の模式図。同時に泡が崩壊してハドロン相になり、クォークから陽子や中性子のような複合粒子が作られる。(図版提供:ウォロディミル・タキストフ)

素粒子物理学の標準模型では、QCD相転移がGeV以下のエネルギー(1000兆分の1メートルのスケールに相当)で起こり、クォークが陽子や中性子などのハドロン粒子へ閉じ込められたとされます。しかし、標準模型を超える様々な理論では、これとは異なるQCD相転移が起こることが予言されています。この相転移の挙動を研究するための極限環境を、実験室で再現するのは難しいかもしれません。しかし、初期宇宙の様々な段階を観測することで探索が可能です。つまり、宇宙そのものが完璧な実験室になります。

誕生直後の高温の宇宙では、QCDの相転移で状態方程式が変化することによって宇宙のゆらぎが劇的に崩壊し、多くのPBHが形成された可能性があります。興味深いことに、宇宙の質量の約85%を占める暗黒物質の全体量を占めることも可能です。

このようなQCD相転移は、すばる望遠鏡の広視野カメラHyper Suprime-Cam (HSC)によるマイクロレンズ探査によって、既に兆候が捉えられているかもしれません。このカメラは、PBHが遠方の天体の前を通過するときに起きる重力レンズ効果を捉えることができますが、小惑星程度の質量のPBHからのマイクロレンズイベントらしきものが観測されています。これは、10TeVの温度で起こるQCD相転移と一致します。また、同時発生する重力波などの現象もこの強い力によって生じた可能性があります。NANOGravのパルサータイミングアレイコンソーシアムが捉えた信号の原因である可能性もありますし、今後、宇宙重力波望遠鏡(LISA)や0.1ヘルツ帯干渉計型重力波天文台(DECIGO)などが宇宙で行う観測でも、検出されるかもしれません。

この研究は、素粒子物理学だけでなく、天体観測、宇宙ブラックホール、量子色力学など、従来は関連が薄かった多くの研究分野を結びつけ、強い力の謎に迫るものです。

この研究は、5月31日にPhysical Review Letters に掲載されました。

論文情報
掲載誌: Physical Review Letters
タイトル: Signatures of a High Temperature QCD Transition in the Early Universe
著者: Philip Lu, Volodymyr Takhistov, George M. Fuller
DOI: 10.1103/PhysRevLett.130.221002
要旨(PRL): https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.130.221002
プレプリント(arXiv.org): https://arxiv.org/abs/2212.00156

問い合わせ先
QUP 戦略室
Email: qup_pr-at-kek.jp
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