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髪本来のハリコシを

物構研ハイライト
2016年5月24日
Sunstar 上田 誓子 研究員。手にしているのが、本研究により開発、製品化されたエクイタンス。

40歳を過ぎると、ふと気が付くことがある。昔とは何かが違う。お肌の曲がり角があるように、髪にも加齢による変化がおこる。髪がまとまらなくなったり、ぺちゃんこになったり...。これは、毛髪中の亜鉛が失われることで起きていた。

髪本来のハリコシを取り戻せないだろうか。2008年、サンスターグループ(以下サンスター)の上田誓子研究員は新商品の開発に着手した。特にこだわったのは「髪本来」のハリコシ。スプレーなどでポリマーを髪表面に塗布し、被膜を作ることにより、ハリコシを補う製品もあるが、それは髪そのものの改善ではない。中にはゴワゴワした手触りになるものもある。目指すのは「髪本来」の持つ健康的な美しさ。漠然としたイメージを抱きながら、開発の方向性を探っていた。亜鉛というアイディアは、上甲(じょうこう)恭平教授(椙山女学園大学)との会話からうまれた。上甲教授は羊毛を使った染色加工の研究を専門としており、サンスターとは長年共同研究をしている。羊毛と人毛は殆んど同じ構造をしているため、ヘアカラーなどの実験モデル毛として羊毛が用いられている。その中で、羊毛には亜鉛が多量に含まれていること、その亜鉛がCMC(細胞膜複合体)と呼ばれる複合体に存在することを捉えていた。

新しい開発テーマとして髪のハリコシの話をしたところ、すぐに亜鉛が面白い、と教えてくれた。「あ...亜鉛ですか...?」半信半疑のまま、実験を始めた。10代から60代まで、多様な年代の髪で、ハリコシの官能試験と亜鉛量を調べた。ところが、あまりにも個人差が大きく、定量的な評価ができない。かといって、同一人物の毛髪サンプルを10代から60代まで十分な量を揃えるのは殆んど不可能。そこで同一人物の毛髪をギ酸に漬けることでCMC内の亜鉛を50%ほど抽出して加齢モデル毛を作成した。そして加齢モデル毛では、ハリコシが失われること、薬剤に漬けこみ亜鉛を添加すると、ハリコシの回復が確かめられた。開発の方向性を掴んだ瞬間だった。

亜鉛はどこに?

これが「髪本来」と同様に亜鉛が入ったことに依る違いなのかを確かめたい。髪は主にケラチンというタンパク質からできている。その繊維が束状になったコルテックス、その表面には鱗状のキューティクル層がある(図1)。キューティクル層は6~10枚重なっており、その間にあるCMCが、接着剤のような働きをしている。髪を曲げた時には、CMCが伸縮しキューティクル同士のズレを元に戻すことで、ハリコシに寄与すると考えられる。亜鉛はCMCに含まれているため、「髪本来」と同様に亜鉛が働いているならば、添加した亜鉛がCMCにあることを確かめられなければならなかった。

図 1 毛髪の模式図 中心からメデュラ、コルテックス、キューティクルの順。コルテックスや、キューティクル同士の隙間にCMC(桃色)があり、接着している。曲げた場合(右図)には、キューティクル間隔が一時的に広がるが、CMCがあるとキューティクルの重なりがずれずに戻る。
図2 フォトンファクトリーHPで掲載されていた毛髪のマイクロビーム蛍光X線分析の図

「これだ!」そう思った上田研究員は、ウェブで同じ図を見つけた。それはフォトンファクトリーにあった。問い合わせると、*トライアルユースで実験できることが分かり、画像を見てから5日後には、KEKで実験手続きの話をしていた。実験が3ヶ月後に決まり、その間、蛍光X線分析のための試料準備をした。候補となる亜鉛を含む溶液に浸した毛髪それぞれを樹脂で固めて10μm厚の薄片を作る。そして撮れたのが図3。元々毛髪には、表面付近のキューティクル層に亜鉛が存在していること、そして加齢モデル毛にはなく、薬剤を浸透させた毛髪ではキューティクル付近に亜鉛の存在が確認できた。でもまだ「髪本来」と言うには情報が弱い。添加した薬剤の状態で入っていたのでは、「髪本来」の姿ではない。CMCに取り込まれて、周りのタンパク質と結合しているのかを確かめないと「髪本来」の状態を取り戻すとは言えないからだ。

毛髪を樹脂に埋めて、10μmにスライスする。
図3 蛍光X線分析の試料とその結果 未処理毛とグルコン酸亜鉛(GluZn)処理毛では、キューティクル層に亜鉛が見られる。

なかなか得られない証拠

「髪本来」の状態で亜鉛があるのかを確かめるため、XAFS(X線吸収微細構造分析)を行った。XAFSでは、亜鉛の周りにいる元素の種類と数、結合距離を調べることが出来る。ただし、XAFSのみで構造決定は出来ないため、指紋照合のように幾つかの標準試料とフィッティングして状態を決定する。

図4 毛髪と薬剤の低温XAFSスペクトル
ピークは亜鉛による吸収を示す。処理毛のピーク位置が薬剤のピーク位置より未処理毛側にシフトしている。また薬剤に特徴的な谷が、処理毛では緩和され、未処理毛に近いカーブを描いている。
本研究により製品化されたホームヘアエステ機器「エクイタンス・イートリートメント」。亜鉛を含むトリートメントを超微粒子化することで毛髪内に亜鉛を素早く浸透させ、髪のハリコシを出す。

これで決定的な証拠が...得られなかった。落胆したものの、冷静に考えれば当然の結果。加齢モデル毛には毛髪内に元からあった亜鉛が50%も残っており、後から添加した亜鉛との差が見えるわけはなかった。そこでギ酸処理の時間を延長し、毛髪内の亜鉛の90%以上を抽出した毛髪と、未処理毛、薬剤、亜鉛添加毛で比較した。その結果、毛髪内に浸透した亜鉛が、毛髪内の他の成分と結合することでハリコシに寄与していると考えられた。より詳細に見るため、低温(15K)に冷却して原子の熱振動を抑えた状態でXAFS測定した。その結果、薬剤特有のスペクトルが、未処理毛、亜鉛添加毛には見られず、未処理毛と亜鉛添加毛は似たスペクトルを示した(図4)。解析を進めると、亜鉛添加した毛髪では、亜鉛の周囲に酸素または窒素が4つ配位しており、その結合距離は正四面体より少し長く、歪んだ四面体と推察された。これは薬剤そのものには無く、毛髪内で見られる構造に近く、ようやく求めていた「髪本来」の姿で亜鉛の添加による、ハリコシの回復の証拠を得た。「この結果のお陰で、自信を持って髪本来のハリコシと言えるようになりました。」と上田研究員は語った。

*トライアルユース
文部科学省の共用促進事業の下で、企業の放射光利用促進を目的として設けられた制度(2007~2015年度)。



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放射光科学研究施設フォトンファクトリー

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