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タイヤのゴムの充填剤フィラーを探る(2)~ゴム/フィラー界面のナノ構造~

物構研ハイライト
2017年11月27日
>>タイヤのゴムの充填剤フィラーを探る(1)
 クルマの下の力持ち「タイヤ」を知ろう

◆カーボンではどうなる?

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スチレンとシリカ粒子の相互作用については多くの研究者が着目している。 ポリスチレンとシリカの界面において、ポリスチレン高分子が動きにくくて硬い「ガラス状態」から、 動きやすくて柔らかい「ゴム状態」へと変わる運動性の変化についての研究が盛んに行われている。

物構研 中性子科学研究系のソフトマターグループ 堀 耕一郎 特任助教、山田 悟史 助教、瀬戸 秀紀 教授、三重大学 工学研究科 藤井 義久 准教授、 住友ゴム工業株式会社 分析センター 増井 友美 氏、岸本 浩通 氏からなる共同研究チームは、以前の研究で、SBRのスチレン部分がシリカに選択的に吸着されることを確かめた。 ならば、カーボンブラックに吸着しやすいのはSBRのブタジエン部分ではないかと推測できる。
「SBRのスチレン部分はシリカに吸着して運動性が低下するらしいが、カーボンではどうだろうか?」
研究チームは、評価例が少ないゴムの主原料「ブタジエン」とフィラー「カーボンブラック」の界面の評価を通して、カーボンブラックによるゴムの性能向上のメカニズム解明を試みた。

カーボンブラック粒子に吸着したゴムの界面を拡大して平面とみなし、炭素薄膜上にブタジエンゴムBRを吸着させたモデルを考えた。 実際にはシリコンウエハーの上に厚さ約60 nmの炭素膜、さらにその上に厚さ約50 nmのブタジエンゴム膜を成膜した。
また、カーボンブラックは、その作り方によって性質に違いがあり、表面に酸素が存在するなどの理由で親水性などに違いが生じる。 紫外線によるオゾン処理を施すと、これを再現することができるので、比較のために炭素膜表面の親水性を変えたものも準備した。

◆ブタジエンゴムの密度測定

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図1:X線反射率法により評価した、炭素膜との界面におけるブタジエンゴムの電子密度の深さプロファイル。
グラフの横軸はブタジエンゴム中の炭素との界面からの距離、縦軸はブタジエンゴムの電子密度である。
グラフの色の違いは、炭素膜の親水性の違いを示している。

まずは、このモデル上でも練ったゴムの中同様にバウンドラバーができているのか、確認する必要がある。そこで、X線反射率法によりゴムの電子密度測定を行なった。

界面付近のゴムの密度は炭素膜の親水性に依存していることが分かる。界面から7 nm程度の領域では、炭素膜の疎水性が高いほど密度が高くなった。 このことは、カーボンブラック表面の親水性が高いとゴムの力学特性が落ちる、というゴム業界の経験則と関係があるように見える。


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このモデル系に対し、バウンドラバーを取り出す際に行う有機溶媒での洗浄を行い、同様の電子密度測定をしたところ、 炭素界面から厚さ7 nmほどのゴムの層は密度をほとんど変えることなく残存することが分かった。 洗浄にも耐えたこの層は炭素膜に強く吸着していると言えるので、以降、「吸着層」と呼ぶ。

◆ブタジエンゴムの加熱拡散実験

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質量数2の重水素と、質量数1の普通の水素は、中性子線で観察すると区別できる。吸着層とその周辺のゴムとの関係を調べるために、 重水素のみを用いて作ったブタジエンゴムをむき出しの吸着層の上に載せ、180 ℃で8時間加熱した。 加熱によって吸着層が拡散するかどうか、中性子反射率計SOFIAで観察したところ、親水性に依らず吸着層は界面に吸着されたままであった。
ただし、親水性が高い炭素膜上では、吸着層の最表面が重水素のブタジエン分子と一部混合しており、分子の運動性については多少の違いがあることを示している。

◆AFMによる力学特性評価

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図2:原子間力顕微鏡で吸着層に探針を押しつけた際の垂直抗力測定結果。
横軸は吸着層表面と探針との距離で、値が正のとき探針は吸着層の外部(表面より上)にあり、
値が負のとき探針は吸着層の内部(表面より下)にあることを示す。
探針はグラフの右からやってきて折り返し、右に戻っていく。
グラフの色の違いは、炭素膜の親水性の違いを示しており、
グラフ2,3はそれぞれ縦軸方向に-5,-10nNシフトさせて描かれている
(横軸が50 nmのとき、どのグラフにおいても探針はゴムに触れていないので垂直抗力は0 nN)。

次に、この吸着層の力学特性を評価するために原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope:AFM)を用いた実験を行った。 一般的に、密度が上昇すると分子の運動性が低下し、硬くなることが知られているが、親水性との関係はあるだろうか。

図2は室温(24℃)で吸着層に探針を押しつけた際の垂直抗力を測定した結果である。 グラフ2と3では、上部から近づいてきた探針がゴムに触れたのち、探針がゴム表面を押す力に比例した垂直抗力を受けたのに対して、 グラフ1では垂直抗力はなだらかに変化し探針がゴム内部にめり込んでいったことを表している。 また、探針がゴムから離れていく様子を見ると、グラフ2と3では探針がゴムから瞬間的に離れるのに対し、 グラフ1では、グラフ2と3に比べて、ゴム層から探針が離れるまでの距離が長く、引っ張り続けているのが分かる。 (グラフ2と3で、座標0で垂直抗力が0にならないのは、カンチレバーと試料との凝着が原因で、シリコン基板のような硬い物質で測定しても距離の違いはあれ、グラフ2と3同様の形が観測される。) つまり、親水度が高い炭素膜上の吸着膜は柔らかいゴム状態であるのに対して、より疎水的な炭素膜上の吸着膜は硬いガラス状態になっていることを示唆している。

通常、ブタジエンゴムがガラス化する温度(ガラス転移温度Tg*)は-105℃だが、疎水性の高い炭素膜に吸着することでガラス転移温度が100℃以上上昇したと考えられる。この劇的な変化は特筆に値する。

また、探針で吸着層をスクラッチして耐摩耗性を評価したところ、ゴム状態の吸着層で摩耗が観察されたのに対し、ガラス状態の吸着層では摩耗が観察されなかった。 このタフな吸着膜がカーボンブラックを添加した際の性能向上に寄与していると考えられる。

*ガラス転移温度Tg:高分子などが硬い状態から温度を上げていったときに、軟らかい状態に変化する温度。 例えば、チューインガムなどは、通常ガラス状態で口に入り、口の中で温められてガラス転移温度に達し、ゴム状態になる。

◆さらなる高性能化に向けて

本研究では炭素の表面の親水度に着目し、その違いを明らかにしたが、実際のタイヤ中ではシリカ粒子の表面も改質剤による修飾が行われている。 フィラー表面の改質効果を普遍的に理解することができれば、さらなるタイヤの高性能化に繋がることが期待できる。 また、スチレンの混合効果についても理解することが重要であろう。

量子ビームを用いたタイヤ材の研究はまだまだ始まったばかりである。

論文情報:K. Hori, N. L. Yamada, Y. Fujii, T. Masui, H. Kishimoto, and H. Seto, "Structure and Mechanical Properties of Polybutadiene Thin Films Bound to Surface-Modified Carbon Interface", Langmuir 33 (2017) 8883-8890.(2017/9/12)

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