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水の惑星 分析班

物構研ハイライト
2018年7月 4日

「宇宙人はいると思いますか?」

空を見上げる地球人にとって、人とは言わないまでも「地球の外に生命はいるのか」とは、古今東西、湧き上がる自然な問いなのかもしれない。

地球上の生物と似た生命が存在するためには、水が必要だ。 私たち地球型生命体は、必要な栄養素を水に溶けた形で吸収し利用しているからだ。

かつては、液体の水は地球にしかないと考えられていたが、太陽系には地球以外に液体の水が存在する、あるいは存在した惑星があることが分かっている。 火星からの隕石にかつて水が存在した痕跡をもつ物質があることから、火星には40億年前に水があったと考えられているし、木星や土星の氷衛星*の内部(氷の下)にも海があることが分かってきた。

残された土から、かつてどんな水が存在したか、どんな化学反応を経て今の状態になったか、それを調べる手段がフォトンファクトリー(PF)にある。 軟X線を使った走査型透過X線顕微鏡(STXMScanning Transmission X-ray Microscope)だ。 水が存在可能な星に残された土の成分を調べれば、過去の水質が分かり、地球外生命の存在予測ができるかもしれない。

*STXM:「スティクサム」と読む。放射光を集光して試料に当て、透過したX線の強度を検出しイメージングを行い、 X線のエネルギーを変化させることで吸収スペクトルを得て、試料の化学的・磁気的特性を調べることができる。PFのSTXMは武市 泰男 助教らによるオリジナル設計。

*氷衛星:表層が水・アンモニア・メタンなどの氷で覆われた衛星。

水惑星学の創成

宇宙に広がる水惑星の形成や進化を、生命にまでつながる学問体系として考えたものが「水惑星学」だ。 昨年度、文科省で新しい研究プロジェクトが始動した。 「新学術領域研究 水惑星学の創成」だ。 このプロジェクトでは、火星・氷衛星(火星や木星などのまわりの氷と岩石でできた衛星)・小惑星・地球を対象として、 地球科学と惑星科学を融合させ、水惑星の形成論と進化論を組み立てる。つまり「水惑星学」を創成する。

プロジェクトチームは大きくAとBの2つに分けられる。 Aで始まる研究班は、生命を宿す天体において水がどんな働きをしているか理論を構築する。 一方、Bで始まる研究班は、その理論を時間軸で切り取って実証するのが役割だ。

B01 分析班は、分子地球化学分析を担当し、時代ごとのその惑星の代表的な環境を再現することを目標としている。 火星からの隕石の分析は既に始まっている。 また、国際宇宙ステーションで捉えた宇宙塵(うちゅうじん)の有機物分析を目指す「たんぽぽ計画」との連携も進んでいる。 さらに、JAXAの「はやぶさ2」が岩石を採取しようとしているC型小惑星「リュウグウ」は、水の痕跡があるという期待が持たれている星だ。 分析班も「リュウグウ」の試料分析への応用を目指している。

物質構造科学研究所からも4人が分析班のメンバーとして参加し、PFの新ビームライン BL-19の建設とそこでのSTXM測定の準備を進めている。 物構研から分析班に参加するのは、木村 正雄 教授・武市 泰男 助教、研究協力者として、小野 寛太 准教授・足立 伸一 副所長である。

分析班の活動の場の一つとしてPFを選んだ分析班の代表、金沢大学の福士 圭介 准教授、試料の加工・分析を担う 東京大学の研究グループから 博士研究員の菅 大暉さんにお話を伺った。

新学術領域研究「水惑星学の創成」の組織

水の痕跡から水質成分表を

水惑星学の創成 分析班 代表
金沢大学 環日本海域環境研究センター
水質地球化学研究室 福士 圭介 准教授

温泉に行くと必ず「水質成分表」があって、その温泉がどんな性質を持つのか一目で分かるようになっている。 福士氏は「惑星の水質成分表」を作るのを仕事とする、水質地球化学の専門家だ。

水は低いところを流れる。海はもちろん、陸なら谷に川はある。 岩と岩の隙間に水が流れるのは、kmのスケールでも、mでも、mmでも、はたまたnmのスケールでも同じ。 星の岩と岩の隙間にあたるところから小さな岩石を採ってくると、微細な試料の中にも小さな岩があって、岩と岩の間に極細の川があったことが見えるという。

水と岩石が反応すると土ができる。土とは細かい鉱物の集合体で、これを粘土鉱物とよぶ。 粘土鉱物は水がないところにはできない。粘土鉱物を作った水がなくなっていく過程で、その中には、陽イオンと結合している水だけが残る。 すべての水がなくなったとき、陽イオンになることができる元素(例えば、ナトリウムやマグネシウム)だけが「水の痕跡」として残される。

乾いた粘土鉱物は、おびただしい数の結晶が折り重なったかたちをしている。 結晶の層の間に取り残された元素の組成を、STXMなどの分析を基に割り出せば、当時の水質に焼き直すことができる。 この方法は、もともと放射性廃棄物の地層処分に関する研究において、粘土鉱物に閉じ込められた水の分析の手段として考案されたものだ。 プロジェクトにおいては、このような技術を応用して、元素の濃度・化学種・同位体から水惑星の環境を推定する手法の確立を目指している。

膨潤する粘土鉱物(スメクタイト)のイメージ図
粘土の層間は周辺の溶液組成の記録媒体となる

分析のプロトコル

菅氏は分子地球化学研究室(高橋 嘉夫教授研究室)に所属し、火星などの隕石試料を多数扱ってきた。 観察装置だけでなく、FIB*などの試料調製装置も使いこなす。 手が震えてしまいそうな希少で微小な試料を扱うことも、「慣れですね」と落ち着いている。

ひとつの試料を、予備観察し、装置に合わせて加工しながら、複数の顕微鏡で見る。
まず、試料の見たい場所(谷や川)をSEM(走査型電子顕微鏡)で確認する。 小さい割れ目を探して、見るべき箇所が決まったら、見たい「川の断面」の両側からFIBで掘っていく。加工の範囲はμmオーダーだ。 見たい場所は水の反応でできた弱い鉱物なので、他の岩より先に削れていってしまう。 STXMで分析するためには軟X線が透過する100 nmの厚さになるまで、慎重に薄くしなければならない。

試料調製の技術に加え、分析の手順は「プロトコル」と呼ばれ重要視される。 試料は小さなかけらが一つきりでも、分析は非破壊とは限らないから、その順序が違えば結果が変わってしまう。 それぞれの目的と試料の特性に合わせて、試料調製と分析を組み合わせたプロトコルを考えることが第一歩となる。

このプロジェクトでは、SEM、NanoSIMS*、STXM、TEM(透過型電子顕微鏡)などを組み合わせ、必要なデータを集める予定だ。 菅氏の頭の中では、はやぶさ2が持ち帰る予定の試料の分析プロトコルが既にできあがっている。

*FIB:集束イオンビーム装置。細く絞ったガリウムのイオンビームを試料表面で走査し、観察しながら加工する。

*NanoSIMS:空間分解能かつ高感度で二次イオン像観察が可能な二次イオン質量分析(SIMS)装置。同位元素の三次元分布をイメージングできる。

水惑星学の創成 分析班 メンバー
東京大学 理学系研究科 地球惑星科学専攻
分子地球化学研究室 菅 大暉(すが ひろき)氏
火星隕石中を流れるスメクタイトの「川」
水色の部分が「川」にあたる
(SEM画像他:菅 大暉 氏 提供)

PFが選ばれる理由

PF BL-19のSTXM設置予定場所にて
左から菅氏、福士氏、武市氏、木村氏

国内にはX線顕微鏡を備えた放射光施設は複数あるが、なぜPFを選んだのか、その理由を挙げていただいた。

  • 軟X線を使ったPFのX線顕微鏡は、軽元素でできた微細な試料に最適

    PFの放射光の持つエネルギー範囲が軽元素でできた試料に適している上、PFのSTXMはX線が40 nm以下に絞れるので、数10 nmの空間分解能で検出でき微細な粘土鉱物の分析に適している。

  • PFのオリジナルX線顕微鏡は、唯一無二の試料を測るのに好都合

    STXMは市販されていて世界の複数の放射光施設にあるが、試料によっては既成の装置での測定が難しいことがある。 その点、PFのSTXMは施設内で開発された装置なので、試料に合わせて最適なセッティングを構築可能だ。

グリッドと試料のイメージ図
試料の大きさはおよそ10 µm角
  • 試料の移動と汚染のリスクが少ない

    地球外試料の分析では、試料に地球由来のものが混入(汚染)しないよう厳密に管理する必要があるが、試料を持ち歩く距離が短い方が移動による事故のリスクが少ないと言える。

    NanoSIMS・STXM・TEMの3つの分析装置ではいずれも、グリッドと呼ばれる直径3 mmの薄い板に固定された試料を観察する。 グリッドは共通して使えて、一度作成したら、そのグリッド上で装置に合わせて厚さなどを微調整すればよい。 3つの分析手法のうち試料に対するダメージが最も少ないのがSTXMなので、初めにSTXMで観察することになるが、その場所に事前観察のためのSEMと試料調製に使うFIBがあるのは好都合だ。
    PF内には、NanoSIMS・TEMこそないが、実験ホール内にSEMとFIBを設置している。 限られたスペースの中で分析だけでなく事前観察や試料調製も汚染することなくでき、信頼性が高いという。

STXM専用ビームライン PF BL-19Aの建設作業も加速中

PFの実験ホールでは、旧BL-19の解体工事が終わり、既に新BL-19の重い装置群を載せる架台の基礎ができあがっている。 来年度初頭にBL-19を立ち上げて、現在BL-13で稼働中のSTXMを移設すべく、物構研内外の多くの方々の協力により急ピッチで作業が進められているところだ。 BL-19が稼働したら、火星隕石や宇宙塵を中心とした地球科学試料・環境試料の分析を始める予定である。

先日「はやぶさ2」がC型小惑星「リュウグウ」に到着した。順調に行って試料を分析できるのは3年後という。 はやぶさ2が帰ってくる前に、水惑星学が対象とする試料などを多数分析し実績を上げる予定だ。

「水惑星学の創成」は5年間のプロジェクトだ。 水惑星環境の新たな知見を得るために、水の惑星 分析班が、PFから大きな一歩を踏み出すことを心待ちにしている。

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