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東工大の研究グループ、ウイルスでできた熱伝導フィルムを開発

物構研トピックス
2018年5月 1日

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の澤田敏樹助教、丸林弘典助教、野島修一教授、芹澤武教授を中心とする研究グループは、無毒でひも状の構造をもつウイルス(繊維状ウイルス)を集合化させて構築したフィルムが熱伝導材として機能することを発見しました。

有機系高分子材料は一般に熱伝導性が低く、放熱しにくいので、電気・電子機器には向いていませんでした。 その熱伝導性を向上させるには、配向処理*により共有結合を介して熱輸送する手法や、無機材料との複合化が有効とされていました。
しかし近年では、生体が持つ固有の性質とそれによって構築される規則的な集合構造が、熱伝導性の高い新素材として注目され始めています。 例えば、今回着目した繊維状ウイルス M13ファージ*は、核酸の周囲にタンパク質が規則的に集合化した高分子集合体であり、巨大で細長い構造を持っています。 つまり、配向処理された高分子材料と似た構造を持っているのです。

*配向処理:向きを揃えて分子を並べること
*M13ファージ:大腸菌に感染するウイルスの一種。ほ乳類には感染することはなく、無毒である。細長い構造を持ち、遺伝子操作によって望みの機能を付与することができる特徴を持つ。

(a)繊維状ウイルスM13ファージの模式図
(b)規則的に集合化したM13ファージの上面図と側面図の模式図

こぼれたコーヒーの水滴が蒸発するとき、水滴の端の部分が早く蒸発するため、コーヒー粒が水滴の端の部分に集まり跡が残ることはよく知られています。 これは、コーヒーリング効果と呼ばれます。 研究グループは、このコーヒーリング効果を利用し、水溶液を室温で乾燥するだけで繊維状ウイルスを集合化させ、フィルムを構築しました。

今回構築されたウイルスフィルムと、これまでに報告のある手法で調製したウイルスが配向した液晶性フィルム、無配向のウイルスフィルムとを比較するため、 フォトンファクトリーのX線小角散乱ステーション(BL-10C, BL-6A)において、それぞれのナノスケールの構造を調べました。 解析の結果、今回構築したフィルムの端のみが極めて高い配向度を持つことが分かり、広い範囲にわたって規則的に集合化させることが、効率的な熱輸送に重要であることが明らかになりました。 また、今回構築されたウイルスフィルムの端部は、無機材料のガラスに匹敵する高い熱拡散率を示し、熱伝導材として有用であることが確認されました。

この成果から、今後、ウイルスのみならず様々な天然由来素材がデバイス材料として活用する研究開発が進むことが予想されます。 また、特別な操作を施すことなく温和な条件下で簡便に熱伝導材を構築する手法の確立や、共有結合を介さない新しい熱輸送の機構の解明にもつながることが期待されます。

小角X線散乱測定による配向度の決定
(a)フィルムそれぞれの二次元パターン
(b)二次元パターンの一次ピークを方位角スキャンした際のピークプロファイルとその半値全幅から算出した配向度
(ピークがシャープであるほど配向度が高いことを示す)

関連情報:東京工業大学のプレスリリース「ウイルスでできた熱伝導フィルムを開発 室温で乾かすだけ、緻密に整列集合」

関連ページPF小角散乱ビームライン