IMSS

KEK

共鳴X線散乱による軌道混成状態の観測

物構研トピックス
2019年4月 3日

軟X線領域での散乱・回折実験

共鳴X線散乱は、原子の吸収端を利用することで、電子秩序状態の僅かな変化を捉えることができるユニークな実験手法です。 ただしこの手法には、観測したい元素・電子軌道で利用すべきX線エネルギー(吸収端エネルギー)が決まってしまうという制限があります。 例えば、電池・磁石などの機能を担っている3d 遷移金属の3d 電子状態を観測するには、軟X線領域にある3d 遷移金属の吸収端を用いた共鳴X線散乱実験を行う必要があるのです。
物構研 放射光科学第一研究系の中尾 裕則 准教授、物質・材料研究機構の山崎 裕一 主任研究員を中心とする研究グループは、この軟X線領域での散乱・回折実験手法を確立・発展させるため装置開発を進めてきました。

軟X線領域での共鳴X線散乱実験用の真空中2軸回折計(フォトンファクトリー BL-16A)

局在と遍歴の狭間で

高温超伝導、巨大磁気抵抗効果といった特徴的な現象は、電子の「局在状態」と「遍歴状態」の狭間で、頻繁に起こることが知られています。 ここで、電子の局在状態とは、電子が固体を構成する個々の原子に留まり電気を伝えない絶縁体の状態を指しています。 また、電子の遍歴状態とは、動き回る電子が電気伝導を担っている状態、つまり金属の状態を指します。 例えば、強相関電子系で発見された超伝導体は、スピン・電荷などが規則正しく並んでいる状態から、無秩序な状態に変わる、つまり絶縁体が金属に変わるところで発見されてきました。 従って、特徴的な物性発現メカニズムの解明のためには、局在性と遍歴性の競合した電子軌道の混成状態を解明することが重要です。 この金属-絶縁体転移近傍の絶縁相側では、軌道混成状態の空間的な変調構造(軌道混成秩序)が見られると期待されていますが、試料の物性に対応した系統立った研究は行われていませんでした。

マンガン系人工超格子に着目

そこで、研究グループは 3d 遷移金属であるマンガン(Mn)を含むマンガン酸化物人工超格子*に着目しました。 これは ランタン(La)との化合物 LaMnO3 と ストロンチウム(Sr)との化合物 SrMnO3 をそれぞれ制御して積層させた長周期構造をもちます。 また積層を制御することで、マンガンの価数も制御でき、結果として多彩な電子秩序相が出現するので、これまで数多くの研究が行われてきました。 その中で、LaMnO3 と SrMnO3 を2層ずつ積層させた (LaMnO3)2(SrMnO3)2 では、 電気伝導特性の違う2種類の人工超格子(図1の 試料1と 試料2)が報告されています。
X線領域にあるマンガンのK 吸収端(1s4p 遷移)を利用した共鳴X線散乱実験では、 それら2つの試料でマンガンイオンの電子状態の違いは観測されませんでした(図1(a))。 K 吸収端ではマンガン 4p の状態を通じて間接的に 3d の電子状態を観測しているため、電子状態の違いを反映した信号が微弱で検出できなかったと考えた研究グループは、 マンガン酸化物人工超格子の物性を支配しているマンガン 3d と、配位している 酸素 2p の電子状態を、それぞれ直接的に観測してみることにしました。 独自に開発してきた軟X線領域用の装置を利用して、(LaMnO3)2(SrMnO3)2のマンガン L2,3 吸収端(2p3d 遷移)、 酸素 K 吸収端(1s2p 遷移)での共鳴X線散乱実験を実施しました。

*超格子:原子や分子の空間的な周期構造を持つ物質を結晶といい、この基本となる周期構造の上に様々な要因でできた長周期構造を超格子と呼ぶ。

図1 共鳴X線散乱の測定結果
(a) Mn K 吸収端での測定では、試料1と試料2に違いは見られない。
(b) Mn L 吸収端での測定では、試料1に強い信号が、
(c) O K 吸収端での測定では、試料2に強い信号が観測された。
図2 吸収端エネルギーと元素の電子軌道の対応

実験の結果、電気抵抗の高い試料では、マンガン L2,3 吸収端での共鳴信号が強く観測され(図1(b))、基板からの歪みで安定化しているマンガン 3dx2-y2 の電子軌道上での電荷変調(図3)が主であること、 電気抵抗が低い試料では、酸素 K 吸収端で強い共鳴信号が観測(図1(c))され、マンガン 3d と配位している 酸素 2p との軌道混成が Mn4+サイトで強くなり、 酸素 2p の電荷変調が主となること、が明らかとなりました。
今回の実験結果から、マンガン 3d の電荷変調と配位している 酸素 2p の電荷変調の違いに マンガン 4p は鈍感であったため、マンガン K 吸収端での共鳴X線散乱実験では電気伝導特性に対応した明瞭な違いを見出すことができていなかったものと考えられます。

図3 Mn 3d およびO 2p の電荷変調構造

共鳴X線散乱活用への期待

今回、試料の電気伝導特性に応じた、マンガン 3d と 酸素 2p の軌道混成秩序状態の観測に成功したように、新奇物性発現メカニズムの解明の上では、局在性と遍歴性の競合した電子軌道の混成状態の研究は重要です。 今後、共鳴X線散乱を利用した軌道混成状態の研究の発展が期待されます。

論文情報Charge disproportionation of Mn 3d and O 2p electronic states depending on strength of p-d hybridization in (LaMnO3)2(SrMnO3)2 superlattices
H. Nakao, C. Tabata, Y. Murakami, Y. Yamasaki, H. Yamada, S. Ishihara, and M. Kawasaki, Phys. Rev. B 98 (2018) 245146.

フォトンファクトリー BL-16全景

関連サイト共鳴軟X線散乱実験用の真空中X線回折計群

関連記事:物構研ハイライト「磁気スキルミオン」を 放射光で見る (2) 世界初の測定手法とクマさんの鍵穴