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液体に現れる新しい構造 2009.11.12 |
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〜 界面活性剤のようにふるまう塩(えん) 〜 |
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性格が合わない人同士のことを「水と油のようだ」と表現するように、水と油は混ざり合わない物質の組み合わせの代表として知られています。これは、水の分子の中の電荷が偏って分布しているのに対して、油の分子は均等に分布しているため分子同士が引きあったり反発しあったりする性質が大きく違っているのが理由です。水の分子は電気的な力で引きあう力が強いので、水の分子同士が隣り合っていた方が居心地が良く、油の分子は無極性なので似たもの同士が集まりやすい。だから、水と油は混ざり合わず分離してしまうのです。 このような水と油が混ざりにくい性質は、別の言葉で言うと「界面を作りにくい」と表現されます。「界面」とは物質と物質の境界面の事を指す一般的な言葉で、液体と気体の界面のことを特に「表面」と言います。分離した水と油の間の「界面」を見ると平面になりますが、これは界面の面積を最小にするため。水の分子と油の分子が隣り合う部分が多いと不安定になってしまうので、なるべく小さくするために平面状になるのです。 界面活性剤と塩(えん)の性質の違い 「仲の悪い」液体を混ぜるために用いる物質が、せっけんなどの「界面活性剤」です。界面活性剤の分子は棒のような形をしていて、一方の端が電気を帯びていて水に馴染みやすい性質を持っているのに対して、もう一方の端は無極性で油を好みます。(一方が水に馴染み、もう一方が油に馴染むような性質を「両親媒性」と言います。)この棒状分子を立てて横に並べると分子の長さ程度の厚み(数ナノメートル)を持つ膜になりますが、その膜の表側は水が好きなのに対して裏側は油が好きな性質を持つことになります(図1)。膜を挟むことによって水と油は隣り合うことができる。言葉を変えて言えば、界面を増やしても居心地が悪くなったりしなくなる。だから界面活性剤を用いると、水と油が混ざるようになるのです。 界面活性剤が身の回りの至るところで活躍しているのは、皆さんご存知の通りです。例えば台所には洗剤が置いてあって、水に溶かせば油汚れを落とすことができます。またマヨネーズの中では卵の成分に界面活性剤の働きをしているものがあって、本来は混ざらないサラダ油と酢の間を取り持っています。また身体の中には「脂質」と呼ばれる分子があるのですが、これらは水中で油に馴染む部分を内側にサンドイッチするような形の二重膜を作ります。細胞膜や核膜等の生体中の「膜」は、ほとんど全てがこのような脂質の二重膜からできています。界面活性剤が水や油の中でどのように働くかを知ることは、身の回りでの応用や生体内での働きを理解する上で非常に重要です。従って、界面活性剤や界面活性効果は工業的応用だけでなく、物理や化学、生物など自然科学の広い分野で盛んに研究されています。 一方「塩」と言われる物質は、正の電荷を持つ陽イオンと負の電荷を持つ陰イオンからできています。水の中ではバラバラになって、どちらのイオンもそれぞれ水分子と強く引きあいます(図2)。ですから普通は水分子同士が強く引きつけあうのを助ける作用はあっても油の分子と隣り合うのを助ける作用はないので、界面活性剤とは全く別物だと考えられていました。 テトラフェニルホウ酸ナトリウム 物質構造科学研究所の貞包浩一朗(さだかね・こういちろう)共同利用研究員と瀬戸秀紀(せと・ひでき)教授を中心としたグループは、塩の中でも特別な性質を持つものに着目しました。「カリボール」と言う名前で知られるテトラフェニルホウ酸ナトリウム(図3)の中の陰イオンは、水分子と引きあう力が非常に弱く、むしろ油に馴染みやすい性質を持つのです。この塩を水と油と一緒に混ぜると、陽イオンは水分子を引きつけるのに対して陰イオンは油の分子を引きつけます。それぞれのイオンの間には電気的な引力が働くので、水分子の「衣」をまとった陽イオンと油分子の「衣」をまとった陰イオンがそれぞれ引きつけあうことになります。つまり水だけ、油だけでは隣り合いたくないもの同士が、中に入っているイオンの力で引きつけあうことになるのです。 この塩の働きが、水と有機溶媒の中でどのような影響を及ぼすか。実験は、有機溶媒の一種である3メチルピリジンを重水と混合した溶液で行われました。この混合液にテトラフェニルホウ酸ナトリウムを加えたときに、顕微鏡でどのように見えるか調べた結果が図4です。温度を50℃(絶対温度323K)にしたとき(図4(a))には全体的に一様で何も見えませんが、40℃(313K)付近まで下げると視野全体に球状の模様が現れます。(図4(b))そして温度を下げるに従って球の密度とサイズが増えて行き、図4(c)のように視野全体を覆い尽くします。図4(b')は40℃の顕微鏡像の拡大図で、右側は偏光顕微鏡で測定した結果です。十字の模様が見えていますが、これは中身がタマネギ状の構造になっているときによく見られます。 中性子小角散乱の実験結果 「タマネギ」の中がどうなっているかを調べるため、貞包さんたちは中性子ビームを用いて物質の構造を解析する中性子小角散乱の実験を行いました。中性子は素粒子の一種ですが、波長が1ナノメートル程度の波としての性質も持っています。原子炉や加速器で作り出した中性子をビーム状にして物質に当てると、中性子の波としての性質を使ってその物質の中の原子や分子の並び方を知ることができます。図5はその実験結果の一つで、顕微鏡で「タマネギ」に見えた条件で測定した中性子小角散乱のプロファイルです。ピークがいくつか見えていますが、これは膜がナノメートル程度の等間隔に並んでいる証拠。つまり、タマネギ状の構造ができているときの特徴なのです。そして得られたデータの解析から、「タマネギの1枚」が陰イオンと3メチルピリジンからできていることが分かりました。 膜が等間隔に重なっている構造は、界面活性剤を加えた場合に良く見られるのですが、塩を加えてこのような現象が見られたのはこの実験が初めてです。洗剤や乳化剤など日常生活の様々な場面で使われる事の多い界面活性剤ですが、自然の中で分解されにくい物質は環境に負荷を与えます。自然界で分解されやすい物質を開発するために、今回明らかになった「塩が界面活性剤のようにふるまう」と言う事実は大いに役に立つのではないでしょうか?
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