KEK加速器研究施設の榎本 嘉範准教授が IEEE NPSS の PAST Award を受賞

KEK加速器研究施設の榎本 嘉範准教授が、IEEE NPSS (Nuclear and Plasma Sciences Society, 原子核プラズマ学会) から、2025年のPAST (Particle Accelerator Science and Technology) Awardを受賞することになりました。この賞は粒子加速器の科学技術開発において顕著な貢献を行なった個人に与えられ、1年半に1回、北米開催の国際会議の際に2人の表彰があります。受賞にあたっては、電子線形加速器技術開発の特にパルス電磁石システムと陽電子源開発において重要な貢献があったことが評価されました。
 

受賞したえのもと・よしのり准教授
受賞した榎本 嘉範(えのもと・よしのり)准教授

榎本氏は、欧州合同原子核研究機関(CERN) 及び理化学研究所において複数のプロジェクトに関わった後、2015年からKEK電子陽電子入射器グループに所属し、他のメンバーと共にパルス電磁石システム、電磁石電源、駆動架台、アライメント、陽電子生成システム、など幅広い加速器装置の開発を担当しました。SuperKEKB向けの入射器改造建設の後期にあたる時期だったため、特に技術的困難が大きな装置が残されており、それらの開発に関わることになりました。KEKの電子陽電子入射器は、SuperKEKBだけではなくフォトンファクトリー(PF)、PF-ARの2つの放射光施設へも同時に電子を入射する加速器です。そのため、改造建設と並行して2つの放射光施設への電子入射を継続する必要がありました。慎重な開発計画が求められる時期でしたが、重要な装置開発において手腕を発揮しました。

パルス電磁石システムの開発においては、複数のグループにわたる開発をまとめて、開発・設置・運用計画を中心となって進め、100台を超えるパルス収束電磁石とパルス軌道補正電磁石の設置を達成しました。パルス電磁石システムは、2019年に成功した5リング同時入射において重要な装置の一つです。2つの放射光施設への入射を継続しながら、ビーム寿命が短いSuperKEKBリングへの高効率入射を実現するために、20ミリ秒毎に大きく特性の異なるビームを加速するという主要な役割を果たし、衝突型素粒子実験と放射光科学実験の高い効率での両立を成し遂げました。

榎本氏は2022年からは応用超伝導加速器イノベーションセンターに所属し、国際リニアコライダー(ILC)向けの陽電子生成システム開発の責任者を務めています。電子陽電子入射器においても、特にフラックスコンセントレーターと呼ばれるパルス強磁場発生装置において、数年間にわたって関係者を悩ませた放電の困難を、材料の精査によって解決した経験を活かしながら、さらにSuperKEKB向けの約40倍という非常に高いビームパワーを受ける標的の開発を含めて、桁違いに大きな平均強度の陽電子の生成を目指しています。特に水冷かつ超高真空対応で高放射線環境下でも運用可能な回転ターゲットは前例がなく、開発は大きなチャレンジとなっていますが、一度技術が確立されれば、陽電子源に限らずその他のハイパワー標的にも応用が可能で、今後ますますハイパワー化する加速器の性能を引き出すうえで重要な技術となることが期待されています。またKEKではトリスタンプロジェクト以来、長年にわたり大強度陽電子源の開発と運用を継続しており、世界的に見ても類のない研究所となっています。その強みを活かしてILCだけではなく他の衝突型素粒子実験も含めた、国際的な協力体制の構築も進めており、協力者が増えています。
 

開発中のILC向け陽電子生成回転ターゲットとフラックスコンセントレータ
開発中のILC向け陽電子生成回転ターゲットとフラックスコンセントレータ
 

開発中の陽電子源の様子。回転ターゲットを上流側から見た写真
開発中の陽電子源の様子。回転ターゲットを上流側から見た写真
 
開発中の陽電子源の断面図。現在は左半分が完成しており、残りを制作中
開発中の陽電子源の断面図。現在は左半分が完成しており、残りを制作中
 

このように榎本氏は重要な加速器装置の開発において、科学的な解析やものづくりを自分の手で進めることで、最高の加速器実験性能を得ることを目指しており、その点が評価されての受賞となりました。2025年8月のNAPAC25国際会議 (2025 North American Particle Accelerator Conference) において表彰式が行われます。

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