物質構造科学コース > 中性子・ミュオン科学分野 > 量子物性グループ
中性子散乱法は凝縮系物理研究において非常に強力な手段です。物質に中性子ビームを照射し、散乱された中性子を観測することによって、物質中の原子やスピンの静的状態(例えば結晶構造や磁気構造)だけではなく、動的な振る舞い(フォノンやマグノンの運動量・エネルギー空間分布など)をも知ることができます。これは「質量が陽子と同程度で、電荷を持たず、スピン1/2を持つ」という中性子の特徴によるものです。中性子科学分野 量子物性グループでは、J-PARCの物質生命科学実験施設に高分解能チョッパー分光器 HRCと偏極中性子散乱装置POLANOを設置し、物質のダイナミクス研究を推進しています。
研究内容 | 氏名 | 役職 | 専門分野 |
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中性子散乱によるスピン系の動的構造の研究 | 横尾 哲也 | 教授 | 物性物理学 |
池内 和彦 | 特別准教授 | 強相関系・磁性・超伝導 | |
植田 大地 | 助教 | 物性物理学 |
氏名 | 役職 | 専門分野 |
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伊藤 晋一 | 教授 | 物性物理学 |
量子効果の強く現れる局在スピン系をこのように呼んでいますが、量子スピン系では、量子ゆらぎや、フラストレーション、磁気異方性が競合して基底状態は必ずしも自明ではありません。そこで基底状態や、その基底状態を形成する相互作用の解明を目指して、HRCを用いて量子スピン系の磁気励起が広い運動量・エネルギー空間にわたって観測されています。HRCで観測された一次元反強磁性体CsVCl3の励起スペクトルを図に示します。q = 1 Å-1近傍で高エネルギー側に広がって伸びる明瞭なシグナルが見られます。このシグナルからCsVCl3中でスピンの波がどのように伝播しているかを知ることができます。
遍歴電子系反強磁性金属である金属クロム、鉄マンガン合金は、結晶構造は単純ですが、意外にもその磁気励起は数十年間研究されてきた現在でも未だ完全に解明されていません。これらの物質における磁気秩序は、電子フェルミ面とホールフェルミ面のネスティングが起源だと考えられており、局在系反強磁性体とは磁気励起の性質が異なります。HRCの分解能の良さを活かして、高エネルギー(~ 102 meV)の磁気励起が研究されています。
比較的高温で超伝導を示す物質に、銅酸化物超伝導体および鉄系超伝導体があります。その超伝導発現機構は明らかになっていませんが、磁気ゆらぎの関与が指摘されています。超伝導体の磁気ゆらぎの特徴を捉えようと、超伝導組成や周辺組成の物質で磁気ゆらぎが詳細に観測されています。
希土類元素において磁性を担うf電子は、内殻に存在しているためf電子同士の直接的な相互作用が非常に弱く、伝導電子を介して様々な興味深い物性が発現します。右の図は空間反転対称性の破れた重い電子系超伝導体CeRhSi3の結晶場励起を観測したものです。結晶場準位を決定すると、基底状態など物性発現に重要な情報を明らかにすることができます。
前述のように中性子散乱は強力な実験手段ですが、大型の施設、特に大型の加速器を利用した大強度中性子施設は世界に数カ所にしかありません。量子物性グループはこの希少な装置を利用して研究を行える恵まれた環境にあります。また大学連携による他大学の研究者スタッフや、日本全国や海外から共同利用実験にやって来る最先端の研究者と交流する機会があり、オープンで刺激が多い研究環境です。さらに我々は偏極中性子散乱装置 POLANO を建設して、現在コミッショニングを行なっています。現在は、建設の過程を身近で見ることができるとてもまれな時期にあります。
物質構造科学研究所 中性子科学研究系 https://www2.kek.jp/imss/kens/