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LHC高輝度化アップグレードのための超伝導磁石「D1」実証機の性能評価が始まりました!
2021年9月8日
KEK共通基盤研究施設 超伝導低温工学センターと素核研ATLASグループが共同で開発を進めてきた超伝導磁石「D1」について、超伝導低温工学センターから最新の開発状況が届きました(執筆:KEK 超伝導低温工学センター・鈴木研人 助教)。
スイスのジュネーブ近郊にある欧州原子核研究機構CERNの世界最大ハドロン衝突型加速器「LHC」は陽子-陽子衝突型の巨大加速器で、最高7 TeV(1 T=10の12乗)という膨大なエネルギーまで陽子を加速します。LHC加速器にはATLAS・CMS実験の2つの実験施設があり、これらのエリアは陽子同士を衝突させる「衝突点」となっています(図1)。高エネルギー加速器研究機構(以下、KEK)は日本国内の大学と共にATLAS実験に参加し、ATLAS検出器の開発・運用及びデータ解析を進めてきました。またその一方でLHC加速器建設への貢献として、衝突点にもっとも近い最終ビーム収束用超伝導四極磁石「MQXA」の建設を行いました。LHC加速器の存在は、2013年ノーベル物理学賞受賞者ピーター・ヒッグス氏とフランソワ・アングレール氏の受賞理由でもある「ヒッグス粒子の発見」によって世間に広く知れ渡るようになりました。KEKは国内の各大学と共に、この世紀の発見に多大なる貢献を果たしてきたのです。
勿論、LHCの役目はヒッグス粒子の発見だけではありません。データ収集は引き続き行なわれており、初期宇宙の形成に対する理解、また未だ発見されていない暗黒物質の探索等が進められています。そして今後は、LHC加速器の潜在能力を最大限に引き出すため、陽子・陽子の衝突頻度を上げることで、1年間あたりのデータ収集量を現在の10倍にするLHC高輝度化アップグレード(以下、HL-LHC)が行われる予定です。HL-LHCの開始時期は2027年で、その前に与えられる約3年のメンテナンス期間の間に、MQXAを含めた衝突点近傍に位置する最終ビーム収束磁石群のアップグレードが検討されています(図2)。
KEKでは超伝導低温工学センターを中心に、HL-LHCのためのビーム分離超伝導双極磁石、通称「D1」の建設を担当しています。D1は陽子ビーム衝突点にもっとも近い最終ビーム収束磁石群に含まれています。衝突点から通り抜けた陽子ビームは「主ビーム偏向用超伝導双極磁石(通称Main Dipole:メインダイポール)」によって周長27kmもあるLHC加速器リングをぐるぐる回りますが、D1はこのMain Dipoleに陽子ビームを導くための双極磁石となっています。現行LHC加速器ではD1は6台の常伝導磁石で構成されていて、1.8 Tという磁場の強さで陽子ビームを「ガイド」しています。一方、HL-LHCでは最終ビーム収束磁石(通称 Inner Triplet:インナートリプレット)のアップグレードやクラブ空洞といった新たな加速器機器の導入を計画しています。これらの改造によってD1と隣り合うビーム再結合用双極磁石(D2)との距離が短くなります。そのため新しいD1に求められる積分磁場注1)は35 T・mへ増大し、加えてInner Tripletのアップグレードと合わせるため磁石口径注2) は150 mmへと拡大する事になりました。このことから、D1の超伝導磁石へのアップグレードが必須となったのです。D1超伝導磁石では、Main Dipoleで使用実績のあるNbTi(ニオブチタン)ケーブル注3)を採用しています。KEKでは、詳細な磁場・構造設計を行い、実際に性能を評価するためこれまで計3台の2 mのモデル磁石を開発してきました(図3)。これらモデル磁石の性能評価を行いつつ改良を重ねることで上記3つの仕様を同時に満たす最終デザインが完成しました(図4)。新しいD1の定格磁場は5.6 Tで、超伝導ケーブルに流す電流は12 kAにも及びます。ケーブル電流密度注4)に換算すると540 A/mm2にも達するのです。(12 kAという大きさに馴染みないかもしれませんが、家庭用ヘアードライヤーに流す電流の1000倍の大きさです。)
2 mモデル磁石の試作を経た今、いよいよ実機の製造が始まります。これに先立ち、KEKは製造を担当する日立製作所と共に、実証機(プロトタイプ)の製造を進めてきました。実証機自体は実際のHL-LHCビーム運転に使用される事はありません。ですが、実際の最終ビーム収束磁石群を模擬した「String Test」と呼ばれる実証試験がCERNにて行われる予定で、その際に欧州や米国で製造されたHL-LHCアップグレード用超伝導磁石と連結され、冷却励磁試験が行われます。D1実証機製造は昨年夏より始まりました。モデル磁石の開発で培われたKEKの超伝導技術と日立製作所のものづくりのノウハウが合された磁石は、長さ7 m、重量12トンの精密かつ巨大な芸術品です。2021年5月、この実証機の性能評価のため、日立製作所の工場からKEK超伝導低温工学センターへ磁石がついに搬入されました(図5)。センターが保有する9 mの底なし沼に近い縦型クライオスタット(冷却容器)に磁石を挿入するため、起立治具という専用の治具を用い、磁石を文字通り「起立」させます(図6)。巨大な磁石が直立するその姿は圧巻の一言です。起立後、磁石をピットと呼ばれるエリアにクレーンで移動し、その場で信号線等の配線作業を行います(図7)。その後、いよいよ縦型クライオスタットへの挿入が始まります(図8)。クライオスタットの内径は700 mmで、この内壁面と挿入される実証機の隙間は僅か40 mmと非常に狭い(!)ため、高度なクレーン操作を要求されるのは勿論のことですが、人員を配備し磁石と周りとの干渉に細心の注意を払いながらの挿入作業となります。クライオスタットに磁石を挿入したら、今度はヘリウムを使い5日ほどかけて1.9Kまで冷却します。磁石は超流動状態のヘリウムにジャボ漬けになっていますが、この状態で電気絶縁試験を行い、試験に合格したら最大13 kAまで通電し性能を評価します。
さて、この原稿を執筆している段階では、まだ通電試験の最中にあります。今後は、引き続きKEK所内にて磁場精度の評価のため常温にて磁場測定を実施する予定です。これらKEKにおける一連の試験を終えた後、再び日立製作所の工場に戻し、CERNへ輸送するための最終組み立てが始まります。
D1実証機の性能評価試験の最新結果については、2021年11月に日本で開催される国際会議「27th International Conference on Magnet Technology: MT27」にて報告予定です。
用語解説
注1) 積分磁場
磁石を通る際に陽子ビームが感じる磁束密度の積分量。ここでは2極磁場の積分磁場を意味しており、陽子ビームが曲げられる角度はこの値に比例する。
注2) 磁石口径
口径とはビームパイプが挿入される磁石の「口」の内径のこと。
注3) NbTi(ニオブチタン)ケーブル
超伝導体NbTi(ニオブチタン)合金を用いた超伝導ケーブル。温度10 K以下で超伝導の性能を示す。
注4) ケーブル電流密度
ケーブルに流れる電流値をケーブル断面積で割った値。
リンク
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KEK | 共通基盤研究施設のホームページ
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KEK | 共通基盤研究施設 超伝導低温工学センターのホームページ
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ATLAS日本グループのホームページ
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CERN公式ホームページ(英語)
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High Luminosity LHC Project公式ホームページ(英語)
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