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素粒子検出器の温故知新、真空中で動作可能な飛跡検出器で実現するCOMET実験

「比例計数管」という素粒子(放射線)検出器をご存知でしょうか? TV番組等で放射能を計測する際によく見られる「ガイガーカウンター」と呼ばれる機器もそのひとつで、1928年にドイツ人物理学者ハンス・ガイガーとヴァルター・ミュラーによって開発された、非常に長い歴史を持つ放射線量計測器です。

日進月歩の開発競争が繰り広げられるセンサー開発の現場では、全く新しい技術を用いたセンサー開発もあれば、古くからある検出器のアイデアを最新の研究現場での実験に応用するような、言わば検出器の「温故知新」と呼べるような開発も行われています。

例えば、最近紹介したCOMET実験 では、現象の信号である電子の運動量を非常に優れた測定精度(分解能と言います)で検出する必要がありますが、その検出器開発の現場では、冒頭に紹介した比例計数管の古い技術を応用した世界最先端の検出器が開発されています。

荷電粒子の運動量は、その粒子の飛跡を磁場によって曲げ、その曲がり具合から測ることができます。 運動量の大きな粒子は曲がりにくく、小さな粒子は曲がりやすいためです。 曲がり具合を精度良く測るためには、その飛跡そのものを精度良く測る必要があります。

通常はドリフトチェンバーやシリコン検出器と呼ばれる、飛跡検出に特化した検出器が用いられますが、その際、検出器そのものを構成している素材の原子や分子と測るべき入射粒子が衝突し、その軌跡が大きく曲げられてしまうことがあります。 これをクーロン多重散乱と呼びます。この多重散乱を防ぐためには検出器をより軽い素材で作る必要があります。

ところがドリフトチェンバーはもともと100ミクロン程度の薄いプラスチックの窓とその内部に充填されている1気圧の活性ガスとから構成されていて、既に十分軽い素材で作られています。

そこで、更なる軽量化のために、このドリフトチェンバーを幾つかの細かいモジュールに分割し、モジュールとモジュールの間を「真空」にするというアイデアが以前から考えられてきました。しかし、100ミクロン程度の薄いプラスチックの窓で、広い面積にわたって1気圧の圧力差に耐えさせる事は非常に困難なため、机上の空論とされてきました。

そこで登場したのが、比例計数管を応用するアイデアです。 比例計数管は高電圧を印加する陽極芯線(細い金属ワイヤー)とその周りを取り囲む筒状の陰極筒とから構成されています。

陰極筒の直径をできるだけ小さくし、その筒を薄いプラスチック膜とその上に蒸着する金属面とから構成することができれば、圧力差が生じる面積を小さくできるため「薄くて細い比例計数管」を多数並べる事で、真空中でも動作可能な飛跡検出器、が実現出来る筈です。

このアイデアに必要な薄くて細長いプラスチックの筒 — つまりストロー — を、超音波溶着という新しい技術で実現したグループが、ロシア連邦のドゥブナにあるドゥブナ合同原子核研究所(JINR)にあります。

素核研ミューオングループは、JINR研究所のグループとの共同研究を通じて、厚さ20ミクロンのプラスチック膜の上に70ナノメートルという極めて薄いアルミ膜を蒸着したストローを新たに開発。 更にこのストローの内部に直径25ミクロンの金属ワイヤーを据付けた上で高電圧を印加し、遂に真空中で動作可能な極めて軽量化された飛跡検出器の開発に成功しました。

ミューオングループは、この新たに開発されたストロー飛跡検出器を量産、COMET実験の現場に投入して実際に真空中で運用することで、世界初のミューオン – 電子転換過程の発見を目指します。

このストロー飛跡検出器の開発研究は、素粒子原子核研究所とJINR研究所の共同研究に加え、九州大学素粒子実験研究室のメンバーも参加しています。 特に、九州大学大学院修士課程2年生の田中聡一さんは、KEK特別共同利用研究員として開発に参加し、試作機の設計・製作や動作試験で中心的な役割を果たし、検出器の完成に大いに貢献しました。

本研究はJSPS科研費25707021の助成を受けたものです。

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