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COMET実験は、ミューオン稀過程の一つである「ミューオン - 電子転換過程」の探索を行う実験で、KEKや大阪大学、九州大学などの国内の大学・研究機関に加え、イギリス、中国、ロシアなど世界10カ国以上が参加する国際共同実験です。 これまでのミューオン - 電子転換過程の分岐比測定に比べ、感度をおよそ1万倍向上させ、世界最高感度での探索を目指します。COMET実験第一期は2018−2019年にビーム運転を開始する予定です。

現在、KEK東海キャンパスの大強度陽子加速器施設J-PARCに実験施設を建設中であり、今年の3月にはメインの実験場所であるハドロン南実験棟が完成し、超大な超電導電磁石の主要部分のひとつであるミューオン輸送ソレノイド磁石も搬入されました。

ハドロン南実験棟は地下1階、地上3階の建物で、地下1階が主実験場、地上3階が搬入フロア、機械室、運転室、計算機室として利用されます。 ミューオン輸送ソレノイド磁石は、陽子標的で生成されたミューオンをミューオニック原子生成標的であるアルミニウム薄板まで輸送する役割を持つ重要な電磁石です。

全長約7mの90度に湾曲したソレノイド電磁石で中心付近で3T(テスラ)の磁場を形成できます。 パイ中間子の崩壊で生じたミューオンは、この電磁石内の磁場に沿って下流へと輸送され、アルミニウム薄板で静止されます。 運動量の大きなミューオンはアルミニウム板で停止せず検出信号の背景事象の原因になるため、湾曲したソレノイド磁場中を通過させることで、 下流に配置されるコリメータにより除去されるようになっています。


用語解説

ミューオン - 電子転換過程

ミューオン稀過程の一つである「ミューオン - 電子転換過程」は、標準模型の枠内では起こりえない(荷電)レプトン世代数保存則が破れている過程です。 この過程の観測は、標準模型を超えた新しい物理モデルが背景にあることを示す直接的な証明となります。 また、観測できない場合も、分岐比を測定することで新しい物理モデルへの制限を与えることができます。

レプトン世代数保存則の破れ

レプトン世代数とは、電子やニュートリノといったレプトンに割り当てられる量子数のことで、次の図のように「粒子には1」、「反粒子には−1」を割り振ります。

図1 : レプトン世代数

図1 : レプトン世代数

ミューオンの崩壊とレプトン世代数の保存則

通常の負ミューオンは、次の図のように、電子、反電子型ニュートリノとミュー型ニュートリノの3つの粒子に崩壊することがほとんどで、反応の前後でレプトン世代数に変化はありません。 これをレプトン世代数保存則といいます。

図2 : 通常の負ミューオンの崩壊と、そのときのレプトン世代数の変化

図2 : 通常の負ミューオンの崩壊と、そのときのレプトン世代数の変化

ミューオン - 電子転換過程

COMET実験で探索する「ミューオン - 電子転換過程」は、原子核に捕獲されたミューオンが、ニュートリノを出さずに電子へと変化する反応です。 この反応の前後ではレプトン世代数が変化しています。 これをレプトン世代数保存則の破れといいます。

図3 : COMET実験で捉えようとしている「ミューオン・電子転換」のイメージ図とそのときのレプトン世代数の変化

図3 : COMET実験で捉えようとしている「ミューオン・電子転換」のイメージ図とそのときのレプトン世代数の変化

このように保存則が成り立たないことを、素粒子物理学者は「非保存」、「対称性の破れ」や単に「破れ」といいます(英語では「violation」といいます)

実は、中性レプトンであるニュートリノにおいては、レプトン世代数保存則を破る「ニュートリノ振動」という現象が発見されています。

現在の素粒子の標準模型にはニュートリノ振動の効果が加味され、ニュートリノを介してミューオンでもレプトン世代数保存則が破れている反応は起こりえますが、その確率が小さく、ミューオン - 電子転換過程は 10-50 以下であると予測されています。

ミューオン稀崩壊が起きる頻度

図4 : ミューオン稀崩壊の頻度を描いたグラフ。横軸は新粒子(CP-oddのヒッグス粒子)の質量、縦軸が崩壊の頻度を表す。図中の緑色の点線が、理論のモデル計算によるミューオン - 電子転換過程、赤い実線と青い点線は同じ理論モデルでの異なるタイプのミューオン稀崩壊過程の予想頻度を表している

図4 : ミューオン稀崩壊の頻度を描いたグラフ。横軸は新粒子(CP-oddのヒッグス粒子)の質量、縦軸が崩壊の頻度を表す。図中の緑色の点線が、理論のモデル計算によるミューオン - 電子転換過程、赤い実線と青い点線は同じ理論モデルでの異なるタイプのミューオン稀崩壊過程の予想頻度を表している

上の図4はミューオン稀崩壊が起きる確率を描いたグラフです。 緑色の点線が、理論のモデル計算によるミューオン - 電子転換過程の予想頻度です。 右端にはこれまでの実験で得られている上限値とCOMET実験の第一期(Phase I)と第二期(Phase II)の目標感度を記しています。

新粒子が 1000 GeV/c2 以下の質量であれば、COMET実験によるミューオン - 電子転換過程の発見が期待できます。

COMET実験

ミューオン稀過程の一つである「ミューオン - 電子転換過程」の探索を行います。 KEKや大阪大学、九州大学などの国内の大学・研究機関に加え、イギリス、中国、ロシアなど世界10カ国以上が参加する国際共同実験です。 これまでのミューオン - 電子転換過程の分岐比測定に比べ、感度をおよそ1万倍向上させ、世界最高感度での探索を目指します。

実験は、時期的・予算的に「Phase-I」と「Phase-II」の二段階に分けたアプローチを計画しています。 現在、COMET Phase-Iのため、J-PARCやKEKでミューオンビームラインやソレノイド磁石、検出器の建設が進んでいます。

図5はCOMET Phase-Iの概略図です。 実験は大きく分けて上流から「パイ中間子捕獲領域」、「パイ中間子崩壊・ミューオン輸送領域」、「検出器領域」の3つの領域で構成されています。 J-PARCの大強度陽子ビームをパイ中間子生成標的に照射し、大量のパイ中間子を作ります。 パイ中間子は、捕獲ソレノイド磁石によって効率的に収集され、90度に湾曲した輸送ソレノイド中を移動しながら、そのほとんどがミューオンに崩壊します。 このうち負電荷を持つ負ミューオンをアルミニウム製の静止標的に入射させると、アルミニウム原子の電子がひとつミューオンに置き換わった「ミューオン原子」となります。

ミューオン原子中のミューオンは、標準模型の枠内では、軌道上でニュートリノ2つと電子に崩壊するか、原子核に捕獲されニュートリノを放出します。 一方で、ミューオン - 電子転換過程が起こると、「105MeV/cの決まった運動量を持つ電子」が1つ放出されます。 放出される電子の運動量を観測することで、ミューオン - 電子転換過程を探索することができるのです。

図5 : COMET実験 第一期(Phase I)の概略図。実験は大きく分けて上流から「パイ中間子捕獲領域」、「パイ中間子崩壊・ミューオン輸送領域」、「検出器領域」の3つの領域で構成されている。今回搬入した電磁石は2番目の領域の主要な機器

図5 : COMET実験 第一期(Phase I)の概略図。実験は大きく分けて上流から「パイ中間子捕獲領域」、「パイ中間子崩壊・ミューオン輸送領域」、「検出器領域」の3つの領域で構成されている。今回搬入した電磁石は2番目の領域の主要な機器

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