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「多様性、公平性、包摂性」を探る:KEKにおけるDE&Iワークショップ

12月5日(火)にKEKつくばキャンパスにおいて、「KEKにおける多様性、公平性、包摂性」をテーマにした素核研ワークショップを開催しました。このワークショップには、現地およびオンラインを含めて国内外から83名の参加者が集いました。

近年、国内外において、多様性、公平性、包摂性( diversity, equity and inclusion =DE&I) をもった社会づくりが重要視されるようになっており、素粒子原子核研究所(素核研)も、DE&I の観点から努力が必要です。海外に比べて日本では特に女性研究者が少なく、この背景にハラスメントや偏見、ワークライフバランスの問題があることが指摘されています。

KEKにおいても、若手研究者から構成員の仕事と生活の間のバランスに配慮してほしいという要望があります。また、外国の研究者が多数参加する実験もあり、文化的背景の異なる研究者の相互理解が重要です。国際的に活躍する次世代の研究者を育成するためには、偏見、差別、ハラスメントを防止する意識を高め、包摂的な教育・研究環境を形成する必要があります。

今回の素核研ワークショップでは、男女共同参画、ワークライフバランス, 国内の共同利用や国際的な研究をホストするKEKの立場、また、他の国際的な研究機関や実験グループがどのような努力をしているかを紹介するセッションがありました。

参加者は異なる視点からの知見を共有し、活発な意見交換が行われました。素核研で初めての本格的なDE&I のワークショップとなることから、その内容を詳しく紹介します。

「声を聞く」

KEKの男女共同参画推進者の野尻美保子(のじり みほこ)教授は、全国の大学の研究者を対象としたアンケート調査や日本物理学会のデータをあげ、女性研究者の半数程度が偏見やハラスメントを受けた経験があり、ワークライフバランスの問題もあって、キャリア継続が男性より困難となっていることを紹介しました。また男女を問わず若手研究者はワークライフバランスに困難を抱えていることを取り上げました。多様な視点が必要という社会の合意が形成されつつあるものの、多様な働き方を支えるシステムの整備や研究者に対する啓発をさらに強化する必要があることが示されました。また、日本では、小学校から中学に上がる時期に女子生徒の理数教科への興味が顕著に下がる傾向があり、初等教育のステレオタイプ対策や、キャリア教育にKEK が貢献していく必要を指摘しました。

「価値観を超える?」

花垣和則(はながき かずのり)素核研副所長は、多様性を重視する意識が国際化や時代の変化ともに拡大する傾向を指摘し、異なる価値観、文化を持つ同僚と研究を分かち合い成果を出していくためには、お互いがどのような考え方をしているのか理解するための対話が重要であることを指摘しました。例えば、ルールに対する考え方も国によって異なること、また、日本独自の強い同調圧力も国際化においては制約となります。異なる価値観を全て受け入れることは不可能でも、乗り越えるための努力は必要で、とにかく対話することで部分的にでも共有・共感を深める必要性が強調され、他のセッションや参加者の賛同を得ていました。

「物構研におけるダイバーシティ&インクルージョン」

KEK物質構造科学研究所(物構研)の小杉信博(こすぎ のぶひろ)所長より物構研の取り組みも紹介されました。物構研では、放射光、陽電子、中性子やミュオンなどの量子ビームを利用し、原子レベルから高分子、生体分子レベルにいたる幅広いスケールの物質構造と機能を共同利用者・共同研究者とともに総合的に研究しています。物構研のほとんどの研究者は60台以上の多種多様な共同利用ビームライン装置等にそれぞれ「張り付いて」作業しており、代替要員もいない中で夜勤や土日出勤も含めたユーザー対応業務の大変さや自らの研究との両立に悩む声も出ています。ストレステストの結果からは装置対応が縦割り体制のため、同世代間のコミュニケーションが取れないことが大きな悩みとして挙げられています。こうしたストレスを解消し、個性と能力を活かせる環境づくりを行うため、具体的な対策が検討されています。

「KEKで育休体験談 多様な働き⽅を実践したらどうなった?」

物構研からはもう一人、男性初の育休制度を取得した山田悟史(やまだ のりふみ)准教授の体験談も紹介されました。KEKの育休制度を利用した際に、ビームラインの維持、研究活動の継続など、育休制度を利用してもなお生じる困難に関する体験を取り上げ、個々⼈の事情に合わせた柔軟な制度の必要性を強調しました。また、多様性推進の重要課題ともいえる女性の社会進出は育児負担の問題と不可分であり、この解決には、制度設計の改善だけではなく「皆が『自分事』にできるかどうかが重要」だと述べました。

「外国人研究者とKEK」

Belle II 実験コラボレーションの代表を務めるTrabelsi教授(Toshiko-Yuasa-Lab)は、KEK に2006年から2018年まで在籍し研究をしていた経験から、国際化に関する課題について講演しました。KEKに一時的に来訪する外国人研究者の環境は、システムの英語化等によって大きく改善していますが、外国人がKEKの職員として、一人の独立した研究者として活躍するためには、まだまだ解決しなければならない課題があります。日本語対応の必要な国内業者との関係は解決が難しい問題ですが、それ以外に、ルール、義務、機会などが外国人研究者にも周知されている必要があり、所属する外国人研究者と密接な意見交換が必要であることが指摘されました。

「多様性、公平性、包摂性推進の取り組み」

T2K実験国際共同研究グループ元代表の中家剛(なかや つよし)教授(京都大学)、現在の共同代表のMahn教授(ミシガン大学)からは、別の国際実験コラボレーション内の深刻なハラスメントによって、優秀な研究者がグループを離れるようなケースが紹介され、この教訓から、実験全体として、ハラスメントに対して可能な限り強力な対応がとられるようになった経緯が紹介されました。多くの機関からの研究者が参加する複雑な組織である共同実験は、一般的に深刻な不正行為に法的に対応する良い手段を持っていませんが、Mahn教授 はフェルミラボ(Fermi Laboratory) のような米国の国立研究所では共同実験が深刻なケースに対処するためのサポートができるようにできるようなシステムの提供を始めていると強調しました。

また、欧州合同原子核研究機関(CERN)で行われているATLAS 実験に参加する奥村恭幸(おくむら やすゆき)准教授(東京大学)と、KEKのBelle II実験に参加する洪江美(こう えみ)教授(IJCLab)が、アトラス実験、CERN, Belle II 実験内での取り組みに関する経験を紹介しました。CERNにおける取り組み、具体的には公平・中立かつ専門的な立場からCERNの行動規範に従い、助言とガイダンスを提供する「オンブズパーソン」の設置やCERN内の各実験・部局の枠を超えた情報共有・議論の場である「D&I ラウンドテーブル会合」の実施等は、KEKにおける体制づくりにも参考になるでしょう。また、Belle II共同実験では、毎年女性研究者に割り当てられているトーク数や、マネジメントに就く女性の割合を調査しており、その結果を共同実験のミーティングで報告し共有することで注意喚起していることが紹介されました。

「素核研における行動規範」

行動規範(Code of conduct=CoC) は、組織の構成員やコミュニティが、どのように行動するべきかを示すもので、同士が互いを尊重し、共通の目標に向かって効率的に活動するための重要な指針になります。素核研では、あらたに行動規範を制定すべく「CoC策定ワーキンググループ」が今年の8月に立ち上がりました。CoC 策定ワーキンググループ座長の中山浩幸(なかやま ひろゆき)准教授は、国内外の研究機関や民間企業のCoC やそれに伴う取り組みやKEKにおける男女共同参画推進の調査報告などを踏まえて作成された行動規範の案を説明しました。この中では、「知的誠実さ」「透明性」「多様性・公平性・包摂性の尊重」「次世代育成」「安全」の5つの理念が打ち出されており、広く意見聴取を行いながら内容の検討を進めています。

パネルディスカッション

パネルディスカッションには、講演を行った、野尻教授、中家教授、中山准教授のほか、清水志真(しみず しま)助教、飯沼裕美(いいぬま ひろみ)准教授(茨城大学) がパネリストとして加わり、後田裕(うしろだ ゆたか)素核研副所長が司会進行を行いました。

日本における研究者の男女数の著しい差は、改善がなかなか進まない状況にあり、多様性の課題のうち最も真摯な対応の求められるものです。最初に、女性研究者の方からこれまでの子育て経験を踏まえてどのような改善が必要かについて話し合われ、周囲のサポートと理解が重要な要素であることが確認されました。中山准教授からは、個々の事情に合わせて働き方の選択が出来ることが重要だと指摘がありました。中家教授は、日本人は「周りに迷惑をかけてはいけない」と子供の頃から刷り込まれているが、一方で周囲の人は困っている人を助けてあげたいという気持ちを持っているので、職場でのコミュニケーションや個人の抱える状況の発信が大事であると述べました。飯沼准教授は、自身が運営する研究室は飯沼准教授と学生しかいないなかで、ハラスメントと感じられることがないように、普段から対話をすることが重要だと述べました。会場からは、職場に子供の面倒を見るスペースがあったことや、リーダーが子育てのために休暇を取ることの後押しをしてくれたことで非常に助かったという声もありました。また、そうした体験談を発信し、共有することが重要であることも確認されました。

国際コラボレーションがKEKに期待していることとして、中家教授は、KEKのホストする複数のコラボレーションとKEKの間で情報を共有することの重要性を強調しました。また、小規模な実験グループや学生らの意見を収集する仕組みが有益であるとも指摘しました。後田副所長は「育休等の休暇を躊躇する気持ちがあったが、実際に申し出てみると周囲からのサポートで乗り越えることが出来たという声もあった。持続的に働くためには休暇を取ることは大切な行為であり、女性のキャリア継続をサポートすることにもつながる。素核研としても柔軟な対応を心がけ支援していきたい」と述べました。

素核研CoCを活かすために、野尻教授は、CoC を実践する上でのシステム作りが大事で、取り組みを加速するためには、所員やユーザーの「声」を集めることが必要だと述べました。

 

素核研・齊藤直人(さいとう なおひと)所長は、「(所員の困りごとに関しては)素核研所長室へ匿名で投稿できる「ご意見箱」システムを作ることから始めたい。また、寄せられた意見や悩みにどのように対処するべきか、専門家による研修やトレーニングを準備することも必要」だと述べました。

 

最後に、KEK幅 淳二(はば じゅんじ)理事から、本ワークショップのインプットをもとに、KEKの行動規範の見直しや多様性に向けた体制の拡大など、今後しっかりと検討していくこと、また、共同利用機関法人としてユーザーにも目を向ける必要があることが述べられました。

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