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素核研・高力氏が諏訪賞受賞~検出器建設への長年にわたる貢献~

素粒子原子核研究所 (素核研)の高力孝(こうりき たかし)氏が、2023年度の諏訪賞を受賞しました。この賞は、高エネルギー物理学研究所初代所長・諏訪繁樹氏の功績を讃えて作られたもので、高エネルギー加速器科学の発展への寄与が特に顕著であったと認められる研究者、技術者、研究グループならびにプロジェクトグループに対し(財)高エネルギー加速器科学研究奨励会より贈られるものです。今回は「衝突型加速器実験に於ける 検出器建設への長年にわたる不可欠な貢献」を行った高力氏にこの賞が贈られました。

すべての始まり、水素泡箱実験室

今から49年前の1975年、まだ高エネルギー加速器研究機構(KEK)が高エネルギー物理学研究所と呼ばれていた時代に、高専の機械工学科を卒業して当時20歳だった高力氏は地元の徳島県を離れKEKに就職しました。最初の配属先は水素泡箱実験室でした。

泡箱実験装置は、素粒子実験の測定器の一種で、液体水素を充填した容器に荷電粒子ビームを入射し水素原子核と相互作用をさせると、粒子の生成・消滅反応が起こります。生成した粒子の飛行経路に沿って発生した微小の泡の筋を直径1メートル、厚み15センチメートルのガラス窓越しに3台のカメラで同時に撮影することによってその飛跡を立体的に捉えることができます。
参考:KEK 1m水素泡箱実験装置(1977-1980)

泡箱実験は粒子反応の研究として当時の素粒子物理学実験の主流でした。水素泡箱装置には、泡箱本体上部のピストンシリンダーに直径40センチメートルの低温ピストンが付いています。そこまで液体水素を充填した状態で、それを急激に引っぱって内部の圧力を下げて液体水素を過熱状態にして泡箱内にビームを打ちこみます。この急激な圧力変化のためにガラス窓に衝撃が加わり、さらにその振動が装置全体に伝わります。この状態を一回の実験で数10万回から100万回繰り返すため、常に危険と隣り合わせの状況で、問題が起きるたびに当時研究主幹だった諏訪繁樹先生や西川哲治所長が実験室に来ては状況をうかがっていたそうです。高力氏は、その後も数々の実験プロジェクトに関わり難しい挑戦にも直面してきたものの、泡箱実験の大変さに比べればと思いながら何とか乗り越えられてきたと当時を振り返ります。

その後、高力氏はトリスタンVENUS測定器では、中央ワイヤー飛跡検出器グループ(CDCグループ)に所属してCDCの建設に従事しました。ワイヤーチェンバー製作の経験は全く無かったものの、一つ一つ理解しながら進め、その時の経験が現在にも生かされているといいます。CDCを覆う部分(内筒、外筒)にCFRPと呼ばれるカーボン繊維の積層板を用いることで、アルミ合金などに比べてより軽く、かつ強度が高まり、粒子が通りやすくなりました。 現在のBelle II実験で使われているCDCでもCFRPが使われています。また、ワイヤーを固定する端板の形状を、薄くてもたわみの少ないお椀型にするなどの工夫をし、KEKとしては初めての試みでしたが、当時世界最先端だったと話しました。

粘り強さと「ものづくり」へのこだわり

1994年からはスイス・ジュネーブ近郊の欧州合同原子核研究機関(CERN)のATLAS実験にて、衝突点付近のシリコン検出器開発を行うシリコングループ(SCTグループ)に参加しました。当時、日本に期待されているのはシリコンセンサーで、その他の技術的なことはあまり期待されていないという雰囲気を感じていた高力氏は、何か日本グループとして主要な部分に携わりたいという思いがあったと言います 。そこで、シリコンバレルモジュールに使用するフレキシブル・ハイブリッド回路基板の設計製造に目を付け、高力氏は、この基板製造に向けて、ものづくりの精神や経験を生かしながら中心的な役割を果たしました。

従来の基板は、酸化ベリリウム(べリリア)をベースにしたセラミック回路基板でしたが、ベリリアには毒性があり、当時の日本の規制では製造が難しく(今はもっと厳しいのですが)、また、回路を構成する基板の厚みやケーブルを別に準備してハンダ付けが必要など、結果的に物質量が大きくなっていました。そこで、高力氏は当時注目されていたフレキシブル回路基板技術を導入することを決心しました。過去にフェルミ国立加速器研究所のCDF実験でシリコン・バーテックス検出器SVX II開発に参加していた高力氏は、早速CDF-SVXのフレキシブル基板を試作していたメーカーに依頼をしましたが、断られてしまいました。それまでの試作がうまくいったりいかなかったりを繰り返していたため、メーカーとして商売にならないと判断されたのだろうと振り返ります。しかし、量産を考慮すると日本中でそのメーカーしかないので諦めるわけにはいきません。なんとか親会社を通じて工場長と会えることになった高力氏は近藤敬比古氏らと鹿島にある本社工場に乗り込んで日本のためと工場長を説得。無事にフレキシブル回路基板技術開発をスタートすることができました 。

また、この基板には放熱性が良く、支えるための強度が高く、しかも物質量の少ない補強板が必要です。高力氏は、高強度で熱伝導のよい「カーボン・カーボン」とよばれる新素材を選び、これが大ヒットしたといいます。この素材は太さ10ミクロン程度の炭素繊維を一方向にレジンで稠密(ちゅうみつ)状態(ぎっしり詰まっている状態)に固めて、3000度で焼成したものです。一方向には硬く熱伝導性が高く、もう一方向は熱伝導性は低いという性質がありました。この素材を取り入れ、より薄く軽い回路基板にするため、高力氏は日本のメーカーと何度も試行錯誤を重ねた結果、とうとう開発に成功してSCTグループに認められました。

ATLASジャパンはバレルモジュール2600台分の読み出し用銅ポリイミド/カーボン・ハイブリッド基板(ASICを除いて実装および 試験済み)を供給。また、モジュール2600台のうち、980台の製造を実現させ、ALTAS実験への重要な貢献をしました。 これも高力氏の粘り強さや「ものづくり」へのこだわりがあったからこそ実現した成果です。高力氏は、最先端の新しい技術を確立させるためには、物質材料の性質や一つ一つの製造過程を十分に理解することが必要で、この「ものづくり」における哲学が今回の成功につながったと、当時のKEKの取材に答えています。

 

2009年から高力氏は、Belle II実験のための検出器開発に携わります。今回の受賞理由にもあるように、衝突点部のビームパイプ設計において複雑かつ困難な製造工程を実現、半導体崩壊点位置検出器(VXD)の組み上げ工程と解体入替工程の実現、バレル部粒子識別装置(TOP)の機械工学設計やインストール手順の策定、CDC構造体の設計、製造工程の確立など、Belle II検出器高度化において 多大な貢献をしており、高力氏の貢献なくしてBelle Ⅱ 実験は成り立たなかったと言っても過言ではありません。現在はBelle II測定器の中心に接続している衝突点用超伝導電磁石(QCS)を次の運転停止期間中(LS2)にアップグレードするための検討会に参加しているということです。技術者として加速器科学や素粒子物理学実験の発展を支えてきた高力氏ですが、振り返ると、これまで頑張ってこられたのは沢山の方々に支えられ助けてもらったおかげだと言います。 加えて、毎日お弁当を持たせてくれた奥様のサポートのおかげで健康でいられたから、様々なプロジェクトにおける検出器開発に貢献することができたと話しました。 


高力氏の受賞コメント

今までできるだけシンプルを心掛けてものづくりをやってきました。それを約半世紀もの長い間続けられる機会を与えて頂いた上に諏訪賞に推薦して頂き受賞できたことは非常に光栄です。今後もお手伝いできればと思います。これまで良いプロジェクトに恵まれて幸運でした。また、私は機械屋で周りは物理屋さんばかりなので、互いをリスペクトしながら仕事ができたのも良かったと思います。そして、特にBelle IIアップグレード以降は困った時に機械工学センターにお世話になりました。

皆さま 、本当にありがとうございました。

素核研Belleグループ、田中秀治氏からのコメント

高力氏が関わられた高エネルギー物理実験プロジェクトは多岐にわたります。私が把握している範囲に限っても衝突型加速器実験における心臓部というべき崩壊点検出器のセンサーモジュール製造(ATLAS実験 SCT)、ガス飛跡検出器(VENUS実験 CDC, BelleII実験 CDC)、さらに特殊な設計を求められる衝突点ビームパイプなどの設計、製作、およびそれらの複合体(BelleII実験 VXD)の組み上げ作業などが挙げられます。高力氏は衝突型加速器組み上げのほぼ全ての工程において中心的にかつ指導的立場で指揮を採ってこられました。

また今回の加速器奨励賞ではSuperKEKB加速器を用いたBelleII検出器の衝突点ビームパイプの内部設計をされた加速器真空グループの金澤健一氏(冒頭の写真、右から二人目)、外部設計された高力氏が諏訪賞、さらにはこのパイプ製造でお世話になっている金属技研の土屋将夫氏が熊谷賞とそれぞれ異なるタイトルで受賞されるという偶然がありました。このことはビームパイプ製造に一緒に関わらせていただいている者として感慨深い出来事でした。

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