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last update:07/08/02  

   image 善玉菌の酵素反応    2007.8.2
 
        〜 新種のフコース分解酵素 〜
 
 
  昨今の健康ブームを背景に、「腸内環境」とか「善玉菌」、「悪玉菌」などといった言葉もテレビコマーシャル等でお馴染みのものになりました。私たちの腸の中には様々な種類の細菌が混在しています。その中でビフィズス菌は「善玉菌」として、私たちの腸の働きを助けてくれています。ビフィズス菌は、母乳を飲んでいる赤ちゃんの腸の中では圧倒的に数が多い細菌で、大人になるとだんだん数が減ってきます。ビフィズス菌はたくさんの酵素を持っていて、私たちの腸内の物質を分解しています。今日のニュースの主役であるフコース分解酵素(フコシダーゼ)もそのような酵素です。フコシダーゼはどのようなしくみで糖を分解しているのでしょう。その小さなハサミの部分がフォトンファクトリーの放射光を用いた研究で明らかになりました。

フコシダーゼは善玉菌を増やす鍵?

フコシダーゼが分解するフコースは糖の種類のひとつで、ミルクなどに豊富に含まれています。ビフィズス菌のフコシダーゼは菌体の表面にあって、腸の中のミルクオリゴ糖などを分解していると考えられています。赤ちゃんの腸内にビフィズス菌が多いのは、この酵素のはたらきで母乳に含まれるオリゴ糖を栄養にしているらしいことがわかり、フコシダーゼは多くの注目を集めるようになりました。この酵素が糖を分解するしくみがわかれば、大人の私たちの腸内にももっとビフィズス菌を増やすことができるかもしれません。また、その逆反応を利用して、より簡単にフコースを生産できるようになる可能性があります。

石川県立大学の片山高嶺(かたやま・たかね)講師と京都大学の山本憲二(やまもと・けんじ)教授らのグループは、ビフィズス菌から新しいフコシダーゼを発見し、AfcAフコシダーゼと名づけました。このAfcAフコシダーゼは2000個ものアミノ酸からできている非常に大きなタンパク質ですが、その中に900個のアミノ酸からなる触媒ドメイン(領域)があります。フコシダーゼの化学反応はこの触媒ドメイン単独でも行われるため、この部分を詳しく調べれば新しい化学反応に関する情報が得られるのではないかと期待されました。

KEKの若槻壮市(わかつき・そういち)教授、加藤龍一(かとう・りゅういち)准教授、長江雅倫(ながえ・まさみち)博士(現・大阪大学蛋白質研究所)と片山講師、山本教授、京都大学大学院生の土屋敦子(つちや・あつこ)さんのグループは、AfcAフコシダーゼの触媒ドメインの結晶化に成功し(図1)、フォトンファクトリーのBL-5A、BL-6A、AR-NW12Aビームライン、および放射光施設SPring-8のBL41XUビームラインを使用して、この酵素のアポ体(何も結合していない状態)、および阻害剤、基質、分解産物の3つの複合体の立体構造を明らかにしました。

「はたらき」が違うのに「かたち」が似ている?

AfcAフコシダーゼ触媒ドメインの全体構造は、図2に示すようにαヘリックス(らせん)からなるヘリカルドメインを中央にして、図に向かって下側と後ろ側にβシートに富む領域が挟みこむような特徴的なかたちをしていました。

糖を分解する酵素についてはこれまでたくさんの研究がなされており、とても多くの酵素タンパク質が発見されてきました。現在ではこれらの酵素はその特徴ごとに100を超えるファミリーに分類されています。AfcAフコシダーゼはこの中でGH95と名付けられたファミリーに分類されています。このフコシダーゼは、このファミリー内で最初に構造が明らかになった酵素でしたので、この構造がこれまでに明らかになっている他のどのようなタンパク質の構造に近いのかを調べました。その結果、ラブレ菌や魚類腸内細菌のホスホリラーゼ(糖を切ってリン酸をつける酵素)とよく似ていることがわかりました。

私たち生物の体は核酸(DNA、RNA)、タンパク質、脂質などといったさまざまな成分が、機械の部品のように精巧に組み合わさってできあがっています。当然、それぞれの部品には「はたらき」があり、それは部品の「かたち」と密接に関わっています。一般にタンパク質は、そのアミノ酸配列が異なると「はたらき」も「かたち」も異なるものです。今回のようにアミノ酸配列も「はたらき」も異なるタンパク質同士が似たような「かたち」をしているのは大変興味深いことです。

反応中のフコシダーゼの構造を捉える

続いて、このタンパク質がどのようにして反応を行うのかを調べるために、フコースに似せて作られた阻害剤との複合体の構造を解析しました。その結果、阻害剤はヘリカルドメインの中央の窪みにすっぽりと収まっていました。阻害剤複合体とアポ体の構造を比較すると、ヘリカルドメインにあるループ構造が構造変化を起こしていて、まるで巾着袋のように、中に基質を取り込むと袋の口が締まるような動きをして、阻害剤を固定していました。

フコースに似せて作った阻害剤は、この酵素中の本来フコースが結合する場所に、同じように結合していることが推測されます。そこで阻害剤の周辺のアミノ酸を別のアミノ酸に変えて酵素活性を測ったところ、2つの酸性アミノ酸(Glu566, Asp766)と2つの中性アミノ酸(Asn421, Asn423)が反応に重要だということがわかりました(図3)。一般に糖を分解する酵素では、2つの酸性のアミノ酸がハサミの刃の役割を果たすのですが、この酵素の場合刃になるアミノ酸のうちの片方(Asp766)が少しずれた位置にあり、本来刃にはならないはずの中性のアミノ酸(Asn421, Asn423)が刃の位置に来ていました。

では本当のところ切断はどのようにして起こっているのでしょうか? この様子を見るためには基質であるフコースとの複合体の構造を解析したいところですが、酵素をそのまま用いると反応が進行してしまいます。そこで活性に大切なアミノ酸Glu566を変異させ、反応が進みにくい酵素をつくりました。この変異体酵素の結晶に短い時間基質を注入することで、反応する直前の基質の状態をとらえることにしました。その構造(図4)は、確かに阻害剤との複合体の構造から予想された位置で切断が起こっていることを強く示していました。続いて行った分解産物複合体の解析と組み合わせることでより詳細な反応径路が明らかになり、2つの酸性アミノ酸が2つの中性アミノ酸に働きかけることで反応が進行する珍しい酵素であることがわかりました。

ビフィズス菌のAfcAフコシダーゼは、これまでに知られている他のフコシダーゼとは反応の仕方が異なる新種のタンパク質であることが明らかになりました。この特徴的な酵素のおかげで、ビフィズス菌は「善玉菌」として私たちの腸内に共存できているのかもしれません。また、この酵素の立体構造から逆反応を効率的に行う人工酵素を作成できれば、私達にとって有用なフコースをより安価に生産することができるようになる可能性があります。

この研究成果は、アメリカの科学雑誌Journal of Biological Chemistry誌の2007年6月22日号に掲載されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html
→文部科学省タンパク3000プロジェクトのwebページ
  http://www.mext-life.jp/protein/

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[図1]
AfcAフコシダーゼ触媒ドメインの結晶写真。大きさは約100ミクロン×100ミクロン×10ミクロン。
拡大図(113KB)
 
 
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[図2]
AfcAフコシダーゼ触媒ドメインの全体構造。N末端を青色、C末端を赤色にしてグラデーションをかけている。活性中心の位置を点線で囲った。
拡大図(72KB)
 
 
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[図3]
阻害剤と酵素反応に重要な四つのアミノ酸の構造。矢印の先の位置で切断が起こると予想される。
拡大図(43KB)
 
 
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[図4]
フコシダーゼ変異体(Glu566Ala)と基質との複合体の構造。矢印の位置で切断が起こる。
拡大図(35KB)
 
 
 
 
 

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