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磁気と超伝導のふしぎな関係 2009.7.30 |
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〜 J-PARCから新たな成果 〜 |
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超伝導現象が初めて実験的に確認されたのは、1911年、−269℃(絶対温度4度)に冷却された水銀でした。その75年後の1986年、今度は金属ではなく銅酸化物からなる物質が、従来よりも遥かに高い温度で超伝導を示すことが発見され、世界に超伝導研究のブームを巻き起こしました。 21世紀に入り、金属系の高温超伝導物質である二ホウ化マグネシウムが日本で発見されて再び超伝導研究が活況を呈する中、第三の新しい高温超伝導物質が発見されたのは、2008年2月のことでした。東京工業大学の細野秀雄教授の研究グループが発見したその物質は、ランタン、鉄、ヒ素、酸素からなる化合物でした。一般に磁気は超伝導状態を壊す方向に働くので、磁石になるような物質は高温超伝導とは最も縁遠い物質と考えられていました。にもかかわらず、新しい高温超伝導物質が鉄を含む化合物であったことは、超伝導研究の専門家たちに大きな驚きと興味をかきたてました。 この新鉄系超伝導の発見は、新たな超伝導研究のブームを巻き起こしました。転移温度(Tc :超伝導状態になる温度)は数ヶ月のうちに−247℃(絶対温度26度)から−218℃(絶対温度55度)にまで上昇しました(図1)。日本でも多くの研究グループが、新鉄系超伝導物質の研究にチャレンジしています。 ミュオンで探る超伝導 物構研の門野良典教授を中心とするミュオン物性研究グループでは、新鉄系超伝導の研究に積極的に取り組んでいます。門野さんらは陽子加速器によって作り出されるミュオンという素粒子を利用して、原子のレベルで超伝導現象を直接観察しています。電子のおよそ200倍の質量をもち、まるで微小な棒磁石のような性質をもつミュオンは、物質中の電気や磁気を原子レベルで観測するのに非常に適した粒子なのです。彼らは青山学院大学の秋光純教授、岡部博孝研究員らと共同で新鉄系超伝導物質を調べ、超伝導を担うのが電子であるか正孔(ホール)であるかによって超伝導の性質が異なることを突き止めました。 新鉄系超伝導が銅酸化物超伝導とはしくみが異なっていることを示唆するといえるものであり、超伝導という現象の幅広さを示す彼らの成果は、今年2月の記事でお伝えしたとおりです。 木々を見て、森を知る 門野さんは、超伝導を動物園の"哺乳類コーナー"にたとえます。その一角にいる動物たちはすべて哺乳類なので、いずれも母乳で育つ動物であると言えます。でも、そこには様々な動物たちがいます。鼻の長いゾウ、イルカやクジラなどの海獣類、空飛ぶコウモリ、カンガルーやコアラなどの有袋類、みんな哺乳類の仲間ですが、それぞれ異なったからだのしくみをもっています。 "もし、真性社会性哺乳類が存在するならば、ほとんどの捕食者が侵入不可能な熱帯乾燥地域の硬い土壌にトンネルを掘って生息し、植物を掘って食べる動物であろう"(「ハダカデバネズミ」吉田重人・岡ノ谷一夫著/岩波書店)と、ミツバチや蟻のような社会生活を行う世にも奇妙なハダカデバネズミの存在を予言した進化生物学者リチャード・アレキサンダーのように、まだ見ぬ新種の哺乳類の姿やしくみを推察するためには、より多くの哺乳類についての知見が必要です。 超伝導も同じです。1957年、米国の物理学者J. バーディーン、L. クーパー、R. シュリーファーによって提唱された、"電子が格子振動に媒介され対をなすことで超伝導現象が引き起こされる"とするBCS理論(三人の頭文字をとってこう呼ばれています)は、超伝導現象の根本を説明するもので、いわば枠組みです。その枠の中に、金属系、銅酸化物系、新鉄系の様々な超伝導があります。それぞれの超伝導のしくみを解明し、それらを比較し体系化することではじめて、新物質やそのTc を予言することのできる定量的な理論が構築され得るのです。 「まずは、新鉄系超伝導のしくみを説明することのできるモデルを構築するために、新鉄系超伝導が示す様々な性質を見定め、金属系や銅酸化物系の性質と比較することが必要です」と門野さんは語ります。 実験がもたらす新たなる謎 新鉄系超伝導物質とある種の銅酸化物超伝導物質を原子レベルで見ると、よく似た構造をしています(図2、図3)。超伝導状態を支える骨格は面状に連なる(図中茶色の)部分で、ここに流れ込む余剰の電子や正孔が超伝導の担い手となります。新鉄系超伝導物質では、この部分は鉄(Fe)とヒ素(As)からできています(図2)。一方銅酸化物超伝導物質では、この層は銅(Cu)と酸素(O)でできています(図3)。銅酸化物超伝導物質では、この銅の一部を亜鉛や鉄に入れ替えると超伝導状態が壊れてしまうことが、実験からわかっています。 デコボコや傷が一切ない、ツルツルすべすべの床を想像してみて下さい。その床にこぼした水には抵抗や摩擦が働かず、ほんのわずかな傾きや力を加えることで、さらさらとどこまでも流れていきます。ではその床のところどころを、大きさの違う別の種類のタイルやブロックととりかえてみたらどうでしょう?底面に歪みやデコボコを生じ、水との間に摩擦や抵抗が生じるでしょう。 超伝導を担う骨格部分の原子を別の種類の原子、まして磁性をもつ鉄のような原子に入れ替えれば、超伝導が失われるのは当然、と多くの研究者が考えていました。 しかし今年1月、新鉄系超伝導の発見者でもある東京工業大学の細野秀雄教授、松石聡助教らのグループが、その最初に発見された超伝導物質LaFeAsOの関連物質であるCaFeAsFにおいて、また新たな事実を発見しました。超伝導の骨格となるFeAs層内の鉄を、鉄より1つ電子を余分に持つコバルトに置換することにより、−247℃(絶対温度26度)以下の温度で超伝導状態になることがわかったのです。コバルトは鉄と同じく磁性をもつ原子であり、磁石の原料に使われることもあります。超伝導状態を壊すように働くはずの鉄やコバルトでできた骨格をもつ新鉄系超伝導物質の中では、一体何が起きているのでしょうか。 ミュオンで見えた超伝導の"島" この「コバルト置換で起こる超伝導」をメールで知らされた門野さんは、さっそく細野教授・松石聡助教らのグループと共同で、「とりあえず何が起こっているのかをミュオンで見てみよう」と実験を始めました。 ミュオンは超伝導だけでなく磁性にも敏感で、両者を明瞭に区別しながら同時に見ることができる、という特徴を持っています。門野さんらは前回同様素粒子ミュオンを用いた"ミュオンスピン回転(μSR)"という手法を駆使し、コバルトの濃度を0%から15%まで変化させた試料[Ca(Fe1-xCox)AsF]の磁気的な性質、超伝導の性質を調べました。その結果、コバルトを含まない試料は、−153℃(絶対温度120 度)以下の温度では、反強磁性を示す磁性体であることがわかりました。 反強磁性とは、隣り合うスピン(小さな棒磁石にたとえられる、原子や電子などがもつ磁石の性質)がそれぞれ反対方向を向いて整列しているために、全体として鉄のような磁性(強磁性)を持たない磁気状態のことです(図4)。この状態は金属であるにもかかわらず、超伝導を示すことはありません。ところが鉄をコバルトで置換していくと、驚いたことに試料全体ではなくその一部分が超伝導状態になっており、その部分の体積がコバルトの置換量に比例して増えていくことがわかりました(図5)。しかも、このとき超伝導になっている部分では、超伝導を担う電子対の濃度が一定で変化しないことも確かめられました。 これらの結果から、コバルト置換の新鉄系超伝導物質においては、コバルト原子の周りの一定領域だけが局所的に超伝導状態になっている(図6)、という興味深い状況が実現していることが明らかになりました。門野さんはこの現象を"磁性の海に島状に発達する超伝導"と表現しています。島状の超伝導状態は、金属中を遍歴する電子が、場所によってその性質を大きく変える(コバルト原子の近くでは超伝導になり、離れると磁性を担う)ことの表れと言えます。また、本来原子レベルではお互いに相容れない状態である超伝導と磁性が、一つの金属中で共存できることも示しています。代表的な磁性原子である鉄ならではの、新しい超伝導の姿が明らかになったと言うことができます。 門野さんは今回の実験結果を、「研究チームの誰にとっても、全く予想外の結果でした」と振り返りました。 J-PARC MUSE最初の科学的成果 竹下聡史研究員(図7)は、「海外の実験施設で行った実験の段階では、データ点(実験した試料数)が少なかった事もあり、正直なところ半信半疑で結果を眺めていました。その後J-PARC物質・生命科学実験施設のミュオン科学研究施設(MUSE)でさらに多くの試料を測定しデータをそろえた訳ですが、グラフ化してみごとに全てのデータ点がグラフ上にビシッと綺麗に並んだのを見たときは、感動しました。」と述べました。 「今回の実験では、東工大細野研の松石さんに質の良い試料を提供していただけたことに、とても感謝しています。また、J-PARC MUSEが正式に稼働し、質の良いデータが取れるようになったことが嬉しいです。関係者の方々、特にミュオングループの方々の長年の努力があってこその結果だと思います。建設に従事された方々に本当に感謝しています。」と言葉を添えました。 次々と新事実があらわれてくる新鉄系超伝導の世界。門野さんは、「新鉄系超伝導のモデルを構築するために、次はこの現象に電子と正孔の非対称性があるかどうかを見極めたい」と語ってくれました。
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