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last update:09/06/25  

   image がん治療の未来とGeant4    2009.6.25
 
        〜 高エネルギー物理学の成果を医学へ 〜
 
 
  高エネルギー物理学の分野では、放射線と物質の相互作用を正確に扱い、物理現象が測定器でどのように検出されるかをシミュレーションすることが非常に重要です。放射線と物質の相互作用は多岐にわたり、非常に複雑ですが、網羅的に取り扱い、物理現象を正確に再現することが求められています。この目的のために、日本の研究者とCERNを中心とする海外の研究者が協力してGeant4と呼ばれるソフトウエアを開発したことは、2002年の記事でお伝えしました。また、その医学応用に関しても、2006年及び2007年の記事でお伝えした通りです。がんの粒子線治療のシミュレーションにGeant4を応用する研究プロジェクトは、科学技術振興機構のCRESTプログラムの支援のもと、2003年10月に開始され、2009年3月に終了しました。このプロジェクトの終了を機会に、高エネルギー物理学の成果の応用という視点から、研究の成果をお伝えしたいと思います。

放射線の影響を「見る」

生きている人の体内で放射線がどのような影響を引き起こしているのかを直接見ることは不可能です。CTやPETは、体内の構造を教えてくれますが、放射線の影響を見ている訳ではありません。放射線によって、どのような影響が人体内にあるかを正確に「見る」には、シミュレーションが唯一の方法と言えます。Geant4を用いると、体内における放射線の振る舞いを正確にシミュレーションすることが可能です。その結果を可視化することで、画像として、放射線の影響を正確に「見る」ことも出来ます。がんの放射線治療に応用すれば、照射した放射線がどの部位にどの程度の効果を与えたかを知ることが出来ます。病院で利用されている放射線治療計画装置は、治療には十分な精度で、放射線の影響を見積もることが出来ますが、さらに多くの放射線の種類をさらに高精度に扱うことで、治療効果の向上に寄与し、新たながん治療の方法の開発に活かすことが可能となりました。

がんの粒子線治療

がんの粒子線治療は、効果の高さと副作用の小ささで注目を集めているがんの治療法です。加速器で、陽子または炭素イオンを必要なエネルギーに加速し、がんの治療に利用します。加速器の技術、陽子や炭素と物質の相互作用に関する理解は、高エネルギー物理学の成果であり、医療への応用の一例でもあります。陽子線のがん治療への応用に関しては、キッズサイエンティストのコーナーに説明がありますが、炭素は、陽子線に比べて、さらに狭い領域に影響が集中するという性質があります。また、同じ放射線の量で、陽子線よりも多数のがん細胞を破壊できる性質(生物学的効果)も持っています。陽子や炭素の物質との相互作用は複雑で、これまでは、正確にシミュレーションを行うことが困難でしたが、精力的に研究を行うことで、医学応用に十分な精度を得ることが出来ました。炭素線治療は、世界中で最も我が国が進んでおり、諸外国も追随しようとしています。

大規模ソフトウエアの開発

何も考えずに無理やりソフトウエアを作った結果、しばらくすると、機能の拡張に問題を来し、保守を続けることも困難になるという経験を高エネルギー物理学の分野では繰り返してきました。Geant4を作る際には、過去の経験と反省から、ソフトウエア設計と実装(設計をプログラムとして実現すること)にオブジェクト指向技術を利用することになりました。しっかり設計図を描き、ソフトウエアを部品の集まりとして実装することで、第3者にも理解しやすく、機能の拡張や保守も楽になります。部品の再利用をすることも簡単に出来るようになります。この技術を、がんの粒子線治療シミュレータの開発にも、活かしました。

このプロジェクトの成果

個々の患者に対して、粒子線治療を行った際に、どの範囲にどのくらい線量が分布するのか正確にシミュレーションを行うことが出来るようになりました。治療の際には、線量計画装置を用いて、体のどの部分にどの程度の線量を与えるかを決めます。線量計画装置の内部では、近似的に粒子線の影響を見積もっています。この程度の違いは考慮に入れて、治療計画が立案されますので、治療効果自体に問題があるわけではありませんが、近似に比べ、シミュレーションを精密に行った結果は、明らかな違いが見えます。今後、副作用を出来るだけ小さくし、治療効果を高めるために、シミュレーション技術が役に立つことを期待させるには、十分な結果と言えます。

そして、これから

このプロジェクトは、2009年3月で終了し、十分な精度で粒子線治療のシミュレーションが行えるようになりました。参加した研究者は、これに満足せず、今後もさらに研究を発展させ、実際に病院で役に立つソフトウエアとして育てたいと考えています。放射線を照射した結果、実際にがん細胞が死ぬ確率を正確に予言すること、異なる放射線治療の方法の中で、個別の患者に対して最良の方法を助言できることを目標に研究をさらに発展させ、がん治療の未来を切り開く道具となることを願っています。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→Geant4グループのwebページ(英語)
  http://geant4.web.cern.ch/geant4/
→兵庫県立粒子線医療センターのwebページ
  http://www.hibmc.shingu.hyogo.jp/
→国立がんセンター東病院のwebページ
  http://www.ncc.go.jp/jp/ncce/consultation/pbt.html
→放射線医学総合研究所(放医研)のwebページ
  http://www.nirs.go.jp/
→JST シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築のwebページ
  http://www.simulation.jst.go.jp/
→戦略的創造研究推進事業 CRESTのwebページ
  http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/
→キッズサイエンティスト:陽子線医学応用
  http://www.kek.jp/kids/class/human/class07-01.html

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[図1]
頭部腫瘍に対し治療計画装置により計画された照射線量分布。
拡大図(95KB)
 
 
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[図2]
照射を精密シミュレーションした結果。図1との明らかな違いが見える。
 
 
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[図3]
頭部に粒子線を照射した様子を3次元表示した例。
拡大図(139KB)
 
 
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[図4]
兵庫県立粒子線医療センター(HIBMC)の3億2千万電子ボルトの炭素ビームを水に入射して得られた照射エネルギーの深さ方向の分布をGeant4シミュレーションの結果と比較したところ、エネルギー分布が極大となる「ブラッグピーク」の位置が実際のデータをよく再現する結果が得られた。
拡大図(46KB)
 
 
 
 
 

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