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宇宙の未来を探る ~ ダークエネルギーとダークマター ~

2010年5月6日

宇宙が誕生した頃には、今では見当たらない素粒子が数多く存在していました。加速器は空間の一点に高エネルギー状態を作り出し、宇宙の初期に存在していた素粒子を作り出します。そのため熱い膨張宇宙の始まりのビッグバンを再現するとも言われます。それでは物理学は宇宙の未来を語ることもできるのでしょうか。


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画像提供:Fermilab

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図1

宇宙のほとんどはダークマタ―とダークエネルギー(右)。星や私たち自身を形作る通常の物質は4%にすぎません。色のついたゼリービーンズの数(左)がそれに相当します。


宇宙の行く末を決めるふたつの成分

1929年にアメリカの天文学者、エドウィン・ハッブルは、遠方の銀河が後退する速度を観測して、距離が遠い銀河ほどより早い速度で地球から遠ざかっていることを発見しました。つまり、宇宙が膨張しているということが分かったのです。宇宙が今後どのようになっていくのか、を知るためには、今の宇宙を成り立たせている2つの成分を知る必要があります。それらは「宇宙膨張を減速させる成分(A)」と「宇宙膨張を加速させる成分(B)」です。(A)は宇宙にある物質の量に関連があります。物質と物質の間では重力が働きます。この重力が引力となるので、宇宙膨張は減速されます。一方、(B)は物質とは反対の負の圧力をもつ成分で、アインシュタインが、宇宙の膨張や収縮を防ぐために方程式に導入した「宇宙項」としても知られています。この成分は全く正体不明なため、「ダークエネルギー」または「暗黒エネルギー」と呼ばれています。最近の超新星の観測から、現在宇宙膨張はどんどんと加速されているということが分かり、暗黒エネルギーが現実に存在する可能性が高くなってきました。

更に2つの成分の比率も分かってきました。(A)は宇宙の27%、(B)は73%。なんと、宇宙の大半がダークエネルギーで占められているという訳です。しかも、これまでに私たちが知っている原子を作っている物質は、宇宙を満たす物質やエネルギー全体の4%にしかすぎないため、残りの23%を占める未知の物質があることも分かったのです。物理学者は、この正体の分からない物質をダークマター(「暗黒物質」とも呼ばれます)と名づけました(図1)。

未知の成分が何故わかるのか?

1965年に宇宙のどの方向からも電波(マイクロ波)が一様にやってきている宇宙マイクロ波背景放射という現象が発見され、かつて宇宙に高温・高密度のビッグバンと呼ばれる状態があったという重要な証拠となっています。この背景放射を宇宙の全天にわたって観測した、米国航空宇宙局(NASA)のWMAP衛星(図2)の実験では、背景放射は極めて一様なのですが、十万分の1程度の「むら」があることがわかったのです。図3は中央の水平方向に我々の住む天の川銀河円盤を横たえた座標にとり、天球面全体を2次元にその「むら」を写し出したものです。


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画像提供:NASA

図2

NASAのWMAP衛星


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画像提供:NASA

図3

WMAP衛星のとらえた宇宙背景放射の「むら」。


図4中の点々が衛星から宇宙を見込む角度での図3の「むら」のサイズを示したものです。このサイズ分布パターンから、宇宙初期における物質の分布や、宇宙膨張を制御するダークエネルギーの量、ダークマターの量、私たちが既に知っている物質の量や、現在の宇宙空間の曲がりの大きさなどが導き出されたのです。図4中の実線が観測点を最も良く再現する理論曲線で、この理論曲線を導く値が、ダークエネルギーが73%、ダークマターが23%、既知の物質量が4%という値になります。


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画像提供:NASA

図4

宇宙背景放射の「むら」の強度を見込み角度によって分解した図。点が実測値。実線が実測値を再現する理論曲線。


ダークエネルギーはアインシュタインが導入した「宇宙項」かもしれません。しかし、その大きさは時間的に変化するのかなど、まだ詳しい性質が分かっていません。一方、ダークマターに関しては、銀河の回転速度が、星が存在していない銀河中心から離れたところでも減少しないことや、銀河団を作っている銀河の速度のばらつきが大きいこと。さらには、銀河や銀河団が集まって存在する大規模構造の観測からも、その性質はかなり押さえられています。

ダークマターの正体は素粒子?

ダークマターの正体は何でしょう?明らかになってきたその性質から、「暗い天体」ではなく素粒子として存在し、しかも「ニュートリノ」のような軽い素粒子ではない可能性がわかってきました。ダークマターが全宇宙の23%を占めるという事実は、この地球全体にも500g分のダークマター素粒子があってもおかしくないことを示唆します。見えにくいこのダークマター素粒子をつかまえようとする実験が行われています。スーパーカミオカンデがある岐阜県神岡町でも、「XMASS」というキセノンを使った観測実験が始まろうとしています。ダークマター素粒子とキセノンの原子核とが反応して出てきた光を、高性能の測定器で感知しようという試みです。

ダークマター素粒子は、「光と反応せず、他の素粒子ともなかなか反応しない」、「安定している」、しかも、「重い」という性質を持ちます。しかし、標準理論の中には、こういった性質を持つ素粒子は存在しません。現在候補として有望視されているのは、標準理論を拡張した超対称性理論に現れる素粒子です。この理論は、もともとは素粒子に働く「強い力」、「弱い力」、「電磁気力」を自然な形に統一するために考案されました。超対称性粒子中では最も軽く電荷を持たない「ニュートラリーノ」が有力な候補となっています。

2010年3月末に再開した、ジュネーブにある欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロンコライダー(LHC)での実験は、まさに超対称性粒子を探索することがその目的のひとつです。図5はLHCのATLAS実験で、ニュートラリーノが作られたときの素粒子反応のコンピュータシミュレーション図です。シリンダー状の測定器をビーム軸で輪切りにしたときの粒子の軌跡と粒子の持っていたエネルギーを棒グラフで表しています。この図では、左上にエネルギーを示す棒グラフがないので観測されたエネルギーがアンバランスになっています。このことから、エネルギーを残さなかったニュートラリーノが左上に通過していったことがわかります。LHCは衝突のエネルギー7000GeV(ギガ電子ボルト)で2年間の運転を行う予定です。この間のニュートラリーノ発見に期待がかかります。加速器でダークマター候補を直接作ってその性質を詳しく調べる。これは、宇宙が今後どのようになっていくかを予測する基本データとなるのです。

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写真提供:CERN アトラス実験グループ

図5

LHC加速器ATLAS実験での素粒子反応のコンピュータシミュレーションの図。ATLAS測定器をビーム軸に対して輪切りにしたとき、作られた粒子の軌跡とそのエネルギーが表示されている。このシミュレーションではニュートラリーノは左上に抜けている。