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last update:10/01/07  

   image いよいよ始まったLHC実験    2010.1.7
 
        〜 最高エネルギーでの陽子・陽子衝突 〜
 
 
  大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の運転が再開しました。2009年11月20日から12月16日までの26日間に様々なテストを行い、世界最高エネルギーでの陽子・陽子衝突を記録することに成功しました。本年は2月中旬から10月末まで長期に実験を進め、多くの物理成果が出てくることが期待されます。

LHC加速器

LHCは、スイスの欧州合同原子核研究機構(CERN)に建設された加速器です。世界最高エネルギーでの陽子と陽子の衝突を達成して、素粒子物理の最前線の研究を行います。約1700台の超伝導磁石を周長27kmのトンネルの中に並べ、光速近くまで加速した陽子ビームを貯蔵します。左右周りの2つの陽子ビームを衝突させて、衝突のエネルギーが14兆電子ボルト(14TeV)というとてつもなく大きなエネルギーの衝突を起こさせます。発生するたくさんの粒子の中から、ダークマターと呼ばれる謎の粒子やヒッグス粒子の探索を進めていきます。日本からはKEKを含む15の大学・研究所が国際共同実験アトラスの一員として、測定器の建設と調整を進めてきました(「国際協力の現場で」の記事参照)。

約14年の歳月をかけて建設が進み、2008年9月に完成しました。ところがビームを入射した試験を始めて10日後に、超伝導磁石の配線の不良からヘリウム大量流出が起こり、一部が破損して運転休止になっていました(「LHCの復旧へ」の記事参照)。故障した磁石の交換や汚れたビームパイプ内部の清掃など、復旧自体は5月まででほぼ完了しました。その後は、二度とこのような事故が起こらないように監視システムを改善し、また、万一事故が起こった場合にでも被害を最小限に抑えるための安全弁の設置などに時間をかけました。2008年の事故で問題になった配線の接続部の抵抗は200ナノオームでしたが、新しい監視システムでは1ナノオームの抵抗でも検出できるまで精度を高めています。

ビーム再入射からの順調な滑り出し

11月20日にLHCの中をビームが再周回して以来、加速器の調整は順調に進みました。23日には入射したビームを加速せずにそのまま衝突させ、アトラス実験を始め4つの主要なLHC実験グループが、待ちに待った初衝突を観測できました(図1、2)。その後、陽子の加速のテストに取りかかり、29日には両ビームをそれぞれ1.18TeVのエネルギーまで加速し、陽子加速の世界最高記録を達成しました(半端な数字ですが、超伝導磁石にちょうど2000アンペアを流し、それに対応するエネルギーです。これまでの最高は米国フェルミ国立加速器研究所のテバトロンで1TeV)。12月8日から9日にかけてのテストではこの最高エネルギーで2つのビームを衝突させることができました。

加速器の試験の合間に実験グループのためのデータ収集期間があり、アトラス実験でも100万近い事象を記録しました。これは、LHCの最終目標の強度で稼動させた場合は1秒もかからずに起こってしまうような事象の量ですが、長い間かけて建設してきた測定器の性能をテストするのに大変貴重なデータです。即座に解析が始まり、測定器が予定通り動いていることを示すたくさんの結果が得られています。例えば、衝突から出てきた2つの光子のエネルギーから、その不変質量を計算すると分布に「とがった山」が見えています(図3)。これは中性パイ中間子という粒子が崩壊して、この2光子が発生したことを示しています。パイ中間子自体は陽子・陽子の衝突ではたくさん出てくるありふれた粒子です。しかし、もしこの1000倍ぐらい高い質量付近にこのような山が見えたとすれば、そのときは、ヒッグス粒子の崩壊した信号である可能性が高いといえます。その領域を見るにはもっとたくさんのデータを集めないといけません。

今後の予定

まず、加速器の磁石を保護する監視システムの最終チェックを行います。システムの信頼性が確認できれば、さらに高いエネルギーでの運転が可能になります。各ビームエネルギー3.5TeV(総エネルギー7TeV)で衝突実験を、2月中旬から10月末までほぼ連続して進めていきます。その間、徐々に蓄積する陽子の量を増やして輝度(ルミノシティ)を上げて行きます。加速器の状況によっては5月ぐらいから重心エネルギーを10TeVまで上げるかもしれません。

2010年のデータから何が出てくるでしょうか? 正直言ってまだわかりません。何しろ人間がこれまで作り出したことのない高エネルギーでの現象を観測するのですから。ダークマターに関連した新粒子や、世界が3次元でなくより高い次元である兆候なども、見えてくる可能性はあります。ヒッグス粒子に関して言えば、もしその質量が160GeV付近の見つけやすい所にあるのならば、兆候が見えてくると期待できます。しかし、ヒッグスの質量の大きさはまだわからないので、広い質量領域をくまなく探査するためには3年ぐらいのデータを蓄積する必要があります。

物理の成果をみんなが待ちこがれていますので、早く強度とエネルギーを上げて欲しいところですが、LHCは現在のテクノロジーの最先端を使った加速器で、いろいろなテストをして動作を一つ一つ慎重に確認しながら進めなくてはいけません。CERNのホイヤー所長は「新しいモデルの新車を買った場合には最初からフルスロットルで運転はしないでしょう」と説明しています。

データの解析準備

実験グループも、収集したデータを見ながら、測定器の調整を進めて行きます(図4)。昨年長い期間宇宙線を使ってテストをしてきましたので、かなり測定器の性能の理解は進んでいますが、実際に衝突データを使って較正しなくてはならないものもたくさんあります。

アトラス日本グループは12月24-26日、東京工業大学にて、実験グループ内の学生向けに解析ソフトウェア講習会を開催しました(図5)。12月に収集した実データを使って解析の基本を習得する実習で、クリスマス期間にもかかわらず、学部生10人を含む39人の出席者が熱心に参加し、中性パイ中間子の探索などを行いました。これら若い人たちが今後新粒子の発見に大きな役割を担っていきます。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→LHC加速器の現状とCERNの将来計画のページ PDF
  http://www.jahep.org/hepnews/
            2008/Vol27No3-2008.10.11.12Kondo.pdf

→CERN研究所研究所のwebページ(英語)
  http://public.web.cern.ch/Public/
→LHC加速器(英語)
  http://lhc.web.cern.ch/lhc/
→アトラス日本グループのwebページ
  http://atlas.kek.jp/
→アトラス実験のwebページ(英語)
  http://atlas.web.cern.ch/Atlas/

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[図1]imageCERN/ATLAS
アトラス実験のコントロールルームでの風景。初データ収集の喧噪の中で、名古屋大の杉本氏が、元ミューオン検出器全体責任者のMikenberg氏とともに、測定器の状態をモニターしている。
拡大図(77KB)
 
 
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[図2]imageCERN/ATLAS
11月23日の最初の陽子・陽子衝突運転(総エネルギー0.9TeV)でアトラス実験が記録した衝突事象。測定器の中心からたくさんの粒子が放出されているのが見える。中心付近に描かれている白い四角形は日本のグループが担当したシリコン検出器で、粒子が通過して信号が出たもののみが表示されている。
拡大図(51KB)
 
 
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[図3]imageCERN/ATLAS
陽子・陽子衝突事象から出てきた2つの光子のエネルギーの情報から計算した不変質量の分布に、中性パイ中間子の崩壊から出てきた光子によるピーク構造が見える。横軸の単位MeVは100万電子ボルトであり、TeVの100万分の1。
拡大図(43KB)
 
 
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[図4]imageCERN/ATLAS
2つのミュー粒子が発生した事象。日本グループが建設した前方ミューオン検出器が生成したミュー粒子を捕らえている(青色の台形で表されている検出器)。
拡大図(53KB)
 
 
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[図5]
東京工業大学で行われた解析ソフトウェア講習会の様子。学部生10人を含む39人が参加した。
拡大図(80KB)
 
 
 
 
 

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